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勇気と

作者: 黎井誠

 臆病だった俺を変えたのは、小学六年生の時の担任の言葉だった。


 「勇気を持て」



 最初は「無理だ」と思った。「持てるのならば、とっくにそうしている」と。

 しかしそんな俺の気持ちなど知る由もなく、彼はしつこいほどに繰り返した。


 「勇気を持て。実行しろ。成功の確率は、それだけでぐんと上がる」

 と。


 そのうち学校を卒業して、中学校に上がり、高校に入ると、俺はいじめの標的になった。

 だが、いじめの標的になったのは、一年の二月。もうすぐ二年生になるその直前だったし、仲のいい人たちは絶対に同じクラスになれないということで、いじめグループも解散になるだろうと、俺は耐えることにした。


 しかし、二年生になっても奴らは放課後になれば集い、俺をいじめた。



 人気のないある日の放課後、使う人はほとんどいず、寂れに錆びれたトイレ。

 服の上にばかり拳と足が勢いよく落とされ続け、ついでに罵倒も叩きこまれ、意識が遠くなりかけていた俺の耳に、ふっと幻聴が聞こえた。


 「勇気を持て」


 俺は、脱力した。

 あの時と同じように、「無理だ」と思った。

 けれどその言葉は、それ以来ずっと、頭の中でリフレインしていた。




 ******




 ある日俺は、とうとう担任に告発した。

 いじめの証拠を、言い逃れが出来ない様に、これでもかと徹底的に抑えた。

 いじめグループ(奴ら)の主要メンバーは退学になり、いじめはぱたりと止んだ。


 奴らの退学が決定したと知った日。

 帰り道の夕日の美しさは、今でも時々思い出す。




 ******




 それ以来、俺の座右の銘は、『忍耐』から「勇気」に変わり、人生を謳歌出来るようになった。

 まさに、バラ色。

 一流の大学に入り、一流の企業に就職し、しばらくして彼女が出来、同棲し、結婚した。友人にも恵まれ、会社でも多くの功績を上げた。



 だから、彼は羨んだのか。

 ある友人、もとい、友人だと思っていた奴が、俺の妻と不倫した。

 妻は、とびきりの美人という訳でも、人を引き付けるタイプでもなかった。

 その為、不倫が判明した時、正直怒りより驚きの方が大きかった。その相手が、仲の良かった友人だったということも踏まえて。


 妻は離婚したいと言ったが、俺は認めたくなかった。徹底的に反対した。

 無論、妻の事は許せないし、この件で持っていた好意は全て宇宙の果てへと吹き飛び、塵よりも小さく砕け散った。

 しかし、認めたくなかった。

 悪い事は何もしていないのに、何故俺が嫌な気分にされなくてはならないんだ、と。

 少し依怙地になっていた部分もある。


 そして、離婚裁判までに発展したその結果は……俺の負けだった。

 その日の夕刻の薄い色の空。

 それは、あの日の夕日の美しさと正反対で、苦々しく記憶に残った。



 法廷で決着が付いたにも関わらず、やはり認めたくない俺は、とある計画を立てた。

 実行する気は無いが、その様子を想像するだけで少し、胸が晴れる気がした。

 しかし、次第に想像だけでは満足できなくなってきた。


 そして今日の夕刻。

 最近下を向いてばかりで、その存在を忘れていた空を見上げた。

 その夕日の美しさに暫し見とれた後、久々に恩師の言葉を思い出した。




 「勇気を持て」

 「実行しろ」




 ******




 妻は、離婚後の結婚が認められる期間を過ぎて直ぐに、不倫相手と再婚した。


 今は、夜。

 紺色に染まった天の下。

 二人が住む家の前に、俺は今来ている。




 白い手袋をした両手。

 左手には勇気を宿して。

 右手には――。






 「履き違え」をテーマに書いてみた作品です。

 勇気を出すのは良いが、それを使うべき所を……、という。

 ヒューマンドラマというジャンルと題名に騙された人もいるんじゃないでしょうか。

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― 新着の感想 ―
[一言]  怖い!  まるで火サスのような展開。  「勇気」の向く方向が犯罪に行ってしまったのですね。おそらく主人公は殺人をこの後行ってしまうんだろうな。  文章もとても読みやすく、伝えたいことが明確…
[良い点] 面白かったです! 最初から最後まで、続きが気になって止まらずにスルスル読んでしまいました。さくっと読めて、ちゃんとオチがあって、楽しかったです!
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