8 太陽と水の世界 WORLD OF THE SUN AND THE BLUE PLANET
受付で秋山の病室を尋ねた。さっき集中治療室を出て、個室に入ったということだった。病室に着くと秋山と恵里菜、秋山のお父さんがいた。
「 ニーノ、今朝お母さん意識が戻って、もう大丈夫みたい。 」
「 そうか、良かったな。秋山、おめでとう。 」
秋山の肩に手を掛けて回復を喜んだ。恵里菜の目に涙が滲んでいる。
「 お父さんもおめでとうございます。 」
「 あー良かった。本当に良かった。ありがとう。 」
「 まだ、気を付けなきゃいけないんだけど、でも先生がもう大丈夫だろうって。良かった。 」
恵里菜は自分のことの様に喜んでいる。
恵里菜は何不自由無い家庭に生まれた。姉と二人姉妹で両親は元気だ。でも彼女は僕以上に両親に放って置かれて育った過去があった。自宅の隣にお婆さんが住んでいた。恵里菜は何故かお婆さんと二人で暮らしていた。恵里菜の家に遊びに行っても両親の影が無く、いつもお婆さんと一緒だった。土日は両親の住む家で一緒に食事したが、夜になるとまたお婆さんの家に戻る。姉は両親と一緒に暮らしていた。彼女にとって小さいころからそれが普通であったが、自分だけ親と離れて暮らすのは何故だろう、といつの日からか不思議には思っていたらしい。お婆さんが恵里菜を甘やかすと、お婆さんが親から怒られるので、彼女は我侭を言えなかった。自分が我侭さえ言わなければ全てが上手くいった。いつの日からか彼女は自分のしたいことを口にするのが悪いことと思い始めた様だ。
秋山のお母さんが回復を見せたことで取り敢えず一安心し帰途についた。家に帰ってさくらと遊んだ。優香の愛犬さくらは相変わらず元気だ。食欲旺盛、ご機嫌でバルコニーを走り回っている。43階は屋根がセットバックしていて、バルコニーが他の階より広めになっている。足の短いコーギーが運動するには十分な広さだ。ただ、さくらの体が最近おかしなことになっている。前よりますます太った、と言うよりもお腹が張ってきた。水か何か溜まっているみたいに見える。お腹が横に張り出してきた。父と相談し、動物病院に連れて行くことにした。
動物病院の午後の診療は5時からだった。待合室の椅子が埋まるくらい沢山の人が診察に来ていた。受付でさくらの生年月日と名前、症状を聞かれた。診察券は優香のお母さんから預かっていた。さくらの掛かりつけの病院だ。
「 岡田さくらさん 」
優香の苗字とさくらの名前で呼ばれた。父と顔を見合わせ笑い、さくらと一緒に診察室に入った。ガラスの向こうに沢山のスタッフが走り回っている。地元では評判の動物病院だ。
「 こんにちは。さくらちゃんどうしたのかな?これはお腹大きいね。エコーを撮りましょう。 」
「 はい、よろしくお願いします。 」
獣医師の先生がスタッフに指示し、キャスターに乗ったエコーの機械を運んできた。
「 ちょっと横にしますね。 」
スタッフの看護士がさくらの両足を抱え込んで簡単にひっくり返した。お腹にゼリーを塗り、エコーの機械を当てる。医師はモニターを覗き込みながら、機械を下腹部で上下した。
「 妊娠ですね。見えますかこの丸いの。こちらにと、こちらに。んー、少なくとも3頭は入ってるみたいですよ。もう45日は超えてますね。いつ頃ですか交配したのは? 」
先生は事も無げに原因を突き止めた。
「 さあ。 」
父は困った様子で答えに詰まった。事情を伝え、とりあえず出産までどうしたら良いか先生に聞いた、診察室を出て受付で妊娠犬用のフードを分けてもらい、病院を出た。
妊娠していることなど全く知らずに散歩したり遊んだりして大丈夫だったのだろうか。食欲が凄いのもこれで納得した。先生の説明によると犬の妊娠期間は62日前後なので、あと2週間ぐらいで出産するということになる。帰りがけに優香の家に立ち寄って話を聞いて帰ることにした。
優香の家に来た。さくらは大喜びだ。
「 こんにちは、新野です。 」
「 こんにちは。どうも。ちょっとお待ちください。 」
優香の父親は今日は休日の様だ。
「 いらっしゃい。久しぶり。おー、さくら。元気か? 」
さくらは撫でられると嬉しそうにお尻を振った。そして、優香の母親に飛びついて大きくなったお腹を揺らしている。
「 さくら、どうしたの、こんなことになって。 」
お母さんはさくらの変化に気付いた。
「 それが、獣医さんに診てもらったんですけど、赤ちゃんが出来ちゃったみたいで。妊娠して45日は経ってるらしいです。 」
「 まあ、どうしたことかしら。あなた、どうしてこんなことに。 」
「 えー、どうしてってお前。そう言えばすっかり忘れてたな。そうだよ。事故があってからすっかり忘れてたよ。ほら、さくらの発情がきた時、優香が子犬を産ませたいって、ペットショップに相談するけどいいかって、言ってただろう? 」
「 そうよ。優香、自分でお世話するから、お金も自分の貯金があるから大丈夫って。さくらのことは何でも優香がしてたから。 」
「 ペットショップに聞いてみよう。どこだっけ。えっと、駅前の、スマイル何とかっていう。 」
「 そうそう、ハッピースマイルよ。ペットショップハッピースマイル。 」
「 電話帳、電話帳。ぺ、ね。ぺ、ぺ、ぺ。有った。えっと、何て聞けばいいんだっけ。犬のさくらの、赤ちゃんだから。 」
「 交配よ。交配したのかどうか。多分、優香の名前で聞いたら分かるわよ。 」
「 そうか。そうだな。優香のだな。よし、と。えー、あ、あった。早速掛けてみよう。 」
「 もしもし、岡田と申します。岡田優香の父ですが、犬のさくらの交配の件で。はい。えーコーギーです。そうです。はい。ちょっと事情が有りまして。優香が事故に遭いまして、はい。そのさくらの交配したのかどうか、はい、8月22日と25日に確かに交配していると。はい、予定日が10月22日で、分かりました。そうです。無事赤ちゃんが出来て。えー、知らなかったもので。また、分からないことがあれば教えてください。お手数おかけします。どうも。 」
「 そういうことでした。びっくりさせて済みませんでした。こちらも突然のことで、気が動転していたもので、すっかり忘れていました。 」
「 いえいえ、それは当然とても大変なことだったので、お察しします。 」
「 でもお父さん、どうしたものかしら。優香はいないし、かといってそんな御面倒もお掛け出来ないし。 」
「 お父さん、うちで生ませようよ。お父さん面倒見れるでしょ。僕も協力するから。 」
「 もちろんそうだな。父さんもさくらの子供見てみたいし。うちで生ませよう。よろしいですね? 」
「 それは申し訳ないですが、御負担でなければ、よろしくお願いします。内分、不在の時が多いもので。新野さんにはお世話になりますが、さくらをよろしく御願いします。 」
結局さくらはうちで産ませることになった。無事に済ませることが出来るだろうか。