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青春  作者: 海治
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7   星の誕生 STARBIRTH

 さくらの鳴き声がして目が覚めた。背中にじっとりと汗をかいていた。「はぁ」と大きくため息をついた。怖い夢を見ていた。やっと起き上がると顔を洗った。お湯を沸かしながらぼーっとした頭でフライパンに卵を落とし、目玉焼きを作る。クチュクチュとした音と共に卵とサラダ油の匂いが広がった。珍しく父が朝から起き出してきて、さくらに挨拶している。今日は出掛けるのだろう。


 「 おはようお父さん。今日は早いね。最近思うんだけどさ、さくらちょっと太ってきてない? 」


 父はさくらのお腹を撫でながら、「そうだな。ちょっと太ったな。」と頷いた。話し合いの結果、おやつはしばらくお預けにすることになった。


 秋山と恵里菜が欠席した。病院にいるのだろうか。きっとあいつのことだから付き添いをしているのかもしれない。


 昼休み、メールがあった。案の定、入院先の病院にいた。秋山のお母さんは術後の様子が思わしくなく、集中治療室に入っているという内容だった。


 夜になり、恵里菜から電話があった。


 「 ニーノ、ちょっと聞いてくれる? 」

 「 どうした? 」

 「 それが、秋山のお母さん、まだ意識が戻らないの。 」

 「 手術うまくいかなかったのか? 」

 「 うん。もう9時間も経つのに、集中治療室に入ったままで。その間、病院の人が出たり入ったりして。 」

 「 病院の方から何か説明は有ったのか? 」

 「 私は何も聞いてない。秋山君とお父さんが呼ばれて説明聞いてた。でも面会謝絶で病室には入れないの。 」

 「 秋山は何だって? 」

 「 何も聞いてない。だって、何も聞ける雰囲気じゃなくて。 」

 「 そうか。」 

 「 今、何処にいるの? 」

 「 待合室。 」

 「 お前、食事とったのか? 」

 「 ううん。まだ。 」

 「 ちゃんと食べないと、また倒れちまうぞ。 」

 「 うん、分かった。でも心配で心配で。 」

 「 そこに居て何かやることあるのか? 」

 「 えー。別にやることは無いけど。もしものことがあったら嫌だし。 」

 「 そうか。でもやること無いなら、もう帰ったらどうだ。あとは病院と家族に任せたほうがいいんじゃないか? 」

 「 何で、それは無理よ。だって秋山君の家族、仲がいいんだよ。お父さんとお母さん凄く仲良しで、それに秋山君もすごく大切にされてて、両親のことも尊敬してるし、私も何回か遊びに行ったことあるし。知らん顔は出来ないわよ。 」

 「 でも、そこに居てどうすんだ。かえって気を遣わすから良くないぞ。 」

 「 うん。気をつける。でも、もう少し待ってみる。 」

 「 分かった。食事はしたほうがいいぞ。ちゃんと食べて、ちゃんと寝ろよ。そこは寝る所あるのか? 」

 「 うん。待合室のソファーがあるから。ちゃんと寝るから大丈夫。 」

 「 じゃ、無理すんなよ。 」

 「 うん、大丈夫。 」


 母が入院していた時のことを思い出した。うちの両親も仲が良くて、いつも一緒だった。母は病室で言っていた。早く良くなって、お父さんに食事を作ってあげたいと。母の手料理を父が美味しそうに食べるのを見るのが、とても好きだった。父の食事の心配や体の心配、家は片付いているかとか、自分のことよりも父のことを心配していた。父は仕事が終わるとすぐに病室に駆けつけて、ずっと母の側にいた。


 母は体調を崩して検査入院し、そのまま入院生活が始まった。癌の勢いと抗癌剤や放射線治療の副作用でみるみるうちに弱っていった。父には仕事があったので、学校帰りに毎日病院に通い、母の面倒を見た。母は癌と闘っていた。抗癌剤の副作用はかなり酷くて辛そうだった。それでも母は良くなるつもりで必死だった。僕も治ると信じていた。ひと月ぐらいすると抗癌剤の点滴が終わり、母の体調も良くなった。食事も取れるようになって元気が出た。外出許可をもらい親子3人でテーマパークに出掛けた。そこは両親の思い出の場所だった。父は母のことを思い続け、ついにこの場所でプロポーズしたらしい。めったにこんな話を聞くことは無かったが、唯一聞いた結婚のエピソードだった気がする。母は本調子では無かったが、楽しそうだった。時々休みながらゆっくり園内を回った。


 病院に戻ると、今度は激しい痛みが母を襲った。癌が母の体を蝕んでいた。痛み止めを飲む間隔が徐々に早くなってきた。


 家族で出掛ける前の日曜日、父は担当医の先生に呼ばれ話を聞いた。母の治療の効果が無く、癌の転移が思ったよりも進んでいること、これから治療の望みは少ないこと。父は母の余命を知ったとき、それを母には告げなかった。


 母は急速に力を失った。僕は聞かされてなかった。でも母と一緒に病気と闘った。しかし母には痛み止めだけが頼りだった。


 死ぬ間際まで、きっと治るからと言い続けた。父は最後まで母の望みを断たなかった。


 秋山のお母さんの手術が終わり、5日が過ぎ、土日の休みがやって来た。秋山と恵里菜は休んだままである。お母さんの回復の兆しはが見えないそうだ。恵里菜のことも心配になってきたので、午前中にお見舞いに行くことにした。


 駅への通路は閑散としていた。家族連れで買い物にでも出掛けるのか、小学2,3年生ぐらいの子供が両親の間に挟まって、手を繋いで楽しそうに歩いている。


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