6 銀河の形成 GALAXY FORMATION
秋の装いに色を変えた並木が、その葉を精一杯輝かせている。学園祭は無事に終わり、クラスの模擬店は盛況だった。自分でデザインした看板の評判は悪くなかったが、バンドの演奏は最悪だった。緊張しすぎて演奏がバラバラになり、人に聴かせられるような演奏では無かった。まずは舞台慣れしないといけない様だ。
あれから毎日真面目に学校に通っている。三年生は受験に向けて追い込みに入り、クラスはピリピリしている。就職を希望する数名と、まだ何も決めていない僕を除いて。これから何を目指していくのか、未だに決めかねる自分に少しあきれている。
優香が残した愛犬のさくらは相変わらず元気だ。父はさくらを溺愛し、おやつの食べすぎか、少し太りだしてきた。
学校帰りに恵里菜に会った。
「 ニーノ、 最近ちゃんと出て来てるね。 」
「 ああ。もう休んでられないから。 」
「 これから秋山の所に行くの。一緒に行かない? 」
「 ちょっと無理。俺、遠慮しとくよ。 」
秋山は母親が病気で入院して、人手の足りなくなった酒屋を手伝っている。恵里菜は昔から困った人を見捨てられない性格だ。秋山の母親が入院して以来、酒屋に足繁く通っている。
「 酒屋手伝ってるんだって? 」
「 そう。秋山が一人で大変なのよ。お父さんも頑張ってるけど、配達があるから。 」
「 良くやるな、お前。あんまり無理すんなよ。 」
「 分かってる。秋山のお母さんが明日手術だから、順調に回復すればあと1週間ぐらいかな。多分大丈夫よ。 」
「 お前の大丈夫が一番心配なんだよ。 」
学習発表会の時のことを思い出す。恵里菜の親友、千絵はクラスの代表に選ばれ、張り切っていた。ろくに寝ずに資料作りに頑張ったのだが、無理がたたって熱を出した。思ったように作業が進まず、とても間に合いそうに無かった。困っている人を見ると放って置けない恵里菜はいつもの調子でしゃしゃり出た。ところが恵里菜まで熱を出し、千絵よりも先に倒れてしまった。倒れる直前に「無理すんなよ。大丈夫か?」と声を掛けた。あまりにも苦しそうで、呼吸するのもやっとの様に見えた。一緒に帰るように引き止めたが、彼女は「大丈夫だから、頑張る。」の一点張りで譲らなかった。彼女はその日のうちに救急車で運ばれた。これが初めてじゃなく、似たようなことは何度かあった。だから、彼女の「大丈夫」は全く信用ならない。
「 分かってるよ。だって大丈夫なんだもん。 」
「 何が分かってるのか、分かんないけど、とにかく無理すんなよ。 」
「 じゃーね。ニーノも頑張ってね。 」
「 ところでさ、お前はさ、何でそんなに人の為に頑張れるの。 」
「 そんな、分かんないけど。だって、みんなが幸せになるのはいい事でしょ。どの人も皆幸せでいられるのが私の理想なの。それをお手伝いして感謝されるのが生き甲斐かな。 」
「 みんながみんな幸せに成れる訳ないだろ。競争社会なんだから。それよりもお前は自分のこと大丈夫なのかよ。 」
「 そうよね。ちょっと成績落ちてるし、勉強しなくちゃいけないんだけど。 」
みんなが幸せになんて所詮無理な話だ。全ての人を幸せにするなんて、自分を何様だと思ってるんだろう。恵里菜は人のことばかり心配して自分の事は放ったらかしにしている。自分の事さえ出来ないのに、何故他人の事が出来るのだろう。
進路については何の決め手も無いまま時間だけが過ぎていく。とりあえず大学に進学して、経済学部でも狙って受験に専念する。今は当たり障りの無いそんな考えが芽生え始めている。あの夏の思い出は、優香と過ごした時間は本当に現実だったのだろうか。自分の中で幻の出来事になりつつある。
恵里菜と別れて、そのまま真っ直ぐに帰った。
バルコニーに出て夜景を眺めた。市内の夜景が煌めいている。高層ビルの航空障害等が各々好きなタイミングで点滅している。真下を覗くと足元の薄暗い公園がブラックホールの様に全てを吸い込もうとしている。フェンス際の室外機に足を掛け身を乗り出してみた。そのまま頭を下げると、スルリと身体が滑り出した。約130メートル。5.15秒の間が永遠に感じた。
人間は何の為に生きているのだろう。生物学者が言っていた。全ての生物は、遺伝子を次の世代に渡す為に生きているのだ、と。生物は死んでも遺伝子だけは子供に引き継がれる。でもきっとそれは人間には当て嵌らないと思う。人間は遺伝子を残す以外に、人生に様々な意味を持たせていると思う。例え子供を残す前に死んだとしても。そして子供を残せも残せなくても。その後々まで人間は生きる意味を持ち続けていると思う。