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青春  作者: 海治
5/9

5   晴れ上がり CLEAR UP

 午後になると風が無くなり、晴れ間が広がった。吹き返しの風は僅かだった。辺りの空間に静けさが広がり、そこら中に木の葉や看板、訳の分からない物が散らばっていた。大通りに木が倒れているのが見えた。作業員がチェーンソーで木を細切れにしてトラックに積み込んでいる。


 休校の連絡が有った。空いた時間、さくらと一緒に過ごした。外はまだ危なくて出歩けない。しばらくボールで遊び、朝御飯をあげた。食べ終わるとさくらはリラックスして長く伸びをして眠った。僕は側に座り本を読んだ。さくらが寝息を立てている。なんだか幸せな気分がした。誰かが側に居るような気がしてきた。


 優香は僕のことをどう思っていたのだろう。僕のことを好きでいてくれたのだろうか。それとも、ただの友達だったのだろうか。


 体育祭の打ち上げは同級生のやんちゃな連中が行きつけていた居酒屋だった。


 こんな店に友達同士で来るのは初めてだった。皆、酎ハイやビールを平気で頼んでいた。僕はカルピス酎ハイを頼んだ。初めてのお酒はジュースの様だった。何杯か飲んでいると調子が出てきた。体育祭をやり切った興奮がまだ続いていた。みんな大声で騒ぎ盛り上がった。


 居酒屋を出て、カラオケに行くことになった。優香が一緒に歌おうと言い出し、デュエット曲を歌った。


 随分遅い時間になり、それぞれタクシーを拾って帰った。


 帰る方向が同じだったので、優香と二人でタクシーに乗った。一緒に帰れるのは嬉しかった。優香は元々一学年上だった。3年生の1学期、彼女は突然学校に来なくなり、そのまま留年したらしい。僕は彼女のことはほとんど知らなかった。


 僕らが3年生になると、同じクラスに彼女が居た。同じクラスの女子に無い大人っぽさと、謎めいた不思議な存在感があった。


 家の手前でタクシーを降りた。一人歩きは危ないので、結局彼女の家の前まで歩いて送ることにした。深夜の住宅街で、周りは静まり返っていた。自然に彼女と手を繋いだ。手の平に汗をかいたので彼女がハンカチを握らせてくれた。並んで歩いているとバニラに似た甘い香りがした。静けさで辺りの空間が固まっている。話の間が空くのが怖いので、絶え間なく会話を続けた。彼女は酔っているのだろうか。どちらか分からなかった。


 やがて家の近くに着いた。


 「 シィーッ。 」


 と人差し指を口に当てて言った。


 「 キスして。 」


 彼女のおでこにキスをした。彼女は目をつむり、唇を向けてきた。唇と唇を合わせた。鼻息が顔にかからない様に息を止めた。胸がキュンと苦しくなり、意外な生理現象が起きた。男がこういう場面で、こういう風になることは全く予想していなかった。ドギマギしてしまった。彼女の顔をまともに見ることが出来なくなり、自分の顔がこわばっているのが分かった。おやすみと無理に笑顔を作って言い、その場は別れた。


 次の日は休日だったので、彼女と会えたのは月曜日だった。その日は何事も無く終わった。いつも通りの二人に戻っていた。


 すぐに夏休みがやってきた。


 一度だけ優香から電話があった。服を買いに付きあって欲しいと言われ、ショッピングモールに出掛けた。あちこちの店に入り、優香は服や小物を沢山買った。一日中彼女に付き合った。優香の気持ちを聞くチャンスは幾らでもあった。彼女の本当の気持ちを聞くのが何故か怖くて、結局聞けなかった。


 優香はその夏休み中に事故に遭い亡くなってしまった。彼女の気持ちはもう聞くことが出来ない。彼女は永遠の謎を僕に残したまま去ってしまった。


 今更何も分からない。しかし、これだけは言えると思う。少なくとも彼女は僕のことを好きでいてくれた。例え気まぐれだったとしても。


 部屋の窓の向こうに、今まで見たことの無い綺麗な晴れ間が広がっている。普段霞がかった空が、台風の風で一掃された。地平線の彼方まで透き通り、地球が裸になった。


 学祭の準備は驚くほど順調に進んだ。これまでクラス全員が積極的に何かに取り組んだことは無かった。作業している1週間のうちに何故か一体感が生まれた。


 恵里菜との噂は急速に影を潜め、友達との関係はあっけなく元に戻った。

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