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青春  作者: 海治
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4   核の結合 NUCLEAR BINDING

 雨が激しく降り始めた。夕方、急に風が冷たくなり、雷が鳴った。


 父と出掛けるのは久し振りだ。最近一緒に食事に出掛けることも無い。父は仕事が順調にいっていて、忙しくなってきている。車を運転する父の横顔は、さくらを迎えに行くことで、少しはしゃいでいるように見える。父の機嫌はすこぶる良い。さくらを飼う事が多少なりとも息抜きになるだろうと思う。


 優香の家に着き、ガレージに車を入れた。家でおばさんとさくらが出迎えてくれた。平日なので、おじさんは勤め先に出ている。さくらを預ける話をしたら、寂しそうにしていたそうだ。時々会いに行ってもいいか尋ねられた。もちろんいいですよと父が答えた。


 家では優香の遺影の方を向かないように意識していた。しかし、父が挨拶するように言った。線香をあげ、手を合わせた。


 仏壇の前に座っていると自然と涙が溢れてきた。優香を感じさせる空気が僕を包み込む。怒涛の様に優香との思い出が押し寄せた。スローモーションの様に時間が流れる。


 さくらが近付いて来た。手を伸ばすと、飛びついて顔を舐め回した。おかげで涙がばれずに済んだ。父とおばさんはリビングで話をしている。


 帰り道、雨が上がっていた。


 飼育道具一式を車に乗せ自宅に向かった。僕は助手席でさくらを抱えた。地下の駐車場に車を停め、荷物を抱えエレベーターに乗った。家に着くと、皿に水を入れ、飲ませた。さくらはピチャピチャ音をさせながら水を飲んだ。サークルはリビングの、父の部屋から覗ける場所に置いた。


 バルコニーでさくらを遊ばせた。


 優香と暮らし、優香が愛したさくらが目の前にいる。


 大好きなボール遊びでひとしきり遊ばせた後、しばらくの間撫で続けた。優香は体育祭の打ち上げの帰り、別れ際に僕にキスをせがんだ。おでこにキスをした。その後、唇と唇を合わせた。でもそれ以来、そのことに全く触れずにお互い過ごした。彼女を意識すればする程、余計に好きになっていった。しかし、キスの理由は聞けなかった。


 さくらを家に迎えた翌日、学校へ行くと同級生から、軽く無視された。初めは何のことか全く分からなかった。恵里菜が教えてくれた。僕と恵里菜が付き合っているという噂が広まっているらしい。それを聞いて笑った。男どもの焼きもちは相当なものだ。付き合ってもいないし、それが事実だったとしても誰と誰が付き合おうと好きな者同士の勝手だ。友達と思っていたやつまでもそうだった。ここはあえて言い訳しないで放って置こうと思った。時間が解決してくれるまで、いつも通りに振舞うことにした。誰も恨む必要は無い。恵里菜もそういうつもりで通すと言ってくれた。


 学校は学園祭の準備でごたごたしていた。模擬店の看板作りで放課後まで居残って作業した。60年代の洋楽レコードアルバムのジャケットを参考に、目立つけれども落ち着いた雰囲気を狙ってデザインした。バンド出演が決まった。オールドインストゥルメントのエレキギターバンドで、サイドギターを担当した。以前から音楽好きのメンバーで自主的に練習していた。みんなの前で演奏出来るレベルになってきていた。しかし、噂のおかげでメンバーとの間もぎくしゃくしていた。いっそのこと本当のことを問いただしてくれれば気が楽だと思った。


 わざわざ誤解を招く必要は無い。恵里菜とは距離を置いた。同じクラスなので少し面倒だった。


 父も母も多くは教えてくれない親だった。聞けば教えてくれたが、あえて何かを教えるということは無かった。ただ、決して人に心を閉ざすなとだけ教えてくれた。如何いうことなのか未だにはっきり分からない。どんな人でも受け入れる寛容な心を言っているのか、人を信じなければ人からも信頼されないということを言っているのか。それは僕なりのテーマとして考えるとして、日頃は兎に角、人に心を開くように努めている。


 家に帰るとさくらが待っていた。父はさくらの為におやつやおもちゃを買い込み、サークルの中には柔らかい毛布とクッションを敷いていた。飼育環境がしっかり整えられていた。父の細やかな心遣いが微笑ましかった。優香がしたように、学校から帰るとさくらを連れ出し、散歩に出掛けた。学祭の準備で晩くなり、日が暮れ始めている。


 優香の家の前を通って歩くことにした。家に近付くと、さくらの足取りが速くなる。通いなれた道。家の匂いに惹かれて、真っ直ぐに進む。さくらにも愛しい人がいる。さくらが歩くに任せる。家の玄関の前で立ち止まり、チャイムを鳴らす。家には誰もいない。さくらを抱え、家を少し離れ、優香と歩いた同じ道を歩いて行く。途中から道を逸れ、帰り道を辿る。思い出に引き摺られてはいけない。辛い思い出は忘れて、良い思い出で心を包み込みたい。いつの間にかマンションの目の前を歩いている。地下へのスロープを下り、駐車場の隅に置いたケースにさくらを入れ、エレベーターに乗る。家に着くと父がフードを与えてくれた。さくらは満腹になると、水を飲み、満足そうに寝そべった。


 日が落ちると雲行きが怪しくなってきた。天気予報では台風が接近し、強風が吹き荒れると言っている。


 早朝、風が吹き荒れた。高層マンションは風を受けると結構揺れる。揺れて力を逃す柔構造になっている。最大30cmは揺れる設計だ。父は建設会社で構造設計の仕事をしていた。このマンションも父が設計を担当した。風向きにもよるが、最上階よりも中間階のほうが揺れるらしい。今回の揺れは相当なもので、まるで船にでも乗っているかのようだ。不安そうな顔をするさくらと目が合った。外を見ると、下から物凄い勢いで風が吹き上げている。何かは分からないが、色々な物が飛び交っている。どうみても今日は休校だ。交通機関もしばらくは動かないだろう。

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