3 光の海 OCEAN OF LIGHT
進路指導はあっさり終わった。
サボテンも分かっていた。進学するのか就職するのか。進学するなら推薦もあるし、願書のことを考えるとそろそろ結論を出すように。とだけ言われた。
残りの授業は受けずに、早退して帰ってきた。あとは恵里菜がうまく言っといてくれる。
父は出掛けていた。背広やコートのポケットを叩いて小遣いを探した。父はわざと小銭をポケットに残して置いていてくれる。叩いて音を聞くだけで、およその金額が分かる。まあまあ集まったので、本を買いに出掛けることにした。
午後の日差しはまだ暑く、短い距離だけどバスで行くことにした。出来るだけ建物や木の陰を探しながら歩いた。
優香のお母さんが家の前の木陰で立ち話をしているのが見えた。側にさくらを連れている。
「 お散歩に行けなくて可哀想なのよ。仕事でなかなか抜けられなくて。 」
さくらのことを話しているのが聞こえてきた。おばさんも仕事をしており、どうやら日中はさくらの世話をするのが難しいらしい。
「 おばさん、こんにちは。 」
「 あら、新野くんこんにちは。久しぶり、元気にしてた? あれから顔を見なかったからどうしてるかと思ってたのよ。 」
「 ご無沙汰してます。お元気そうですね。さくらも元気そうだな。 」
しゃがむとさくらが嬉しそうに近寄って来た。お腹を見せて寝転がった。
「 そうなのよ。元気すぎて困っちゃって。今日は学校早かったのね。そうだ、上がっていきなさいよ。お茶でも出すから。 」
「 さくら、うちで預からせてもらっていいですか? 」
「 さっきの聞こえてたのね。 そうね、さくらは不思議と新野君に慣れてるから。ほら、いつか優香と一緒にお散歩に行ってくれた時、優香が帰ってくるなり、さくらが新野君初めてなのに、いきなり慣れて普通に散歩したってびっくりしてた。この子、意外と臆病で初めての人には懐かないんだけど。 」
「 そうなんです。うちの父にも聞いてみます。父は一日家に居るし、犬好きだから。 」
「 そうなの。じゃー、そうして貰おうかな。寂しくなるけど。この子、一日中お留守番で可哀想で。 」
「 後で連絡します。待っててな、さくら。用事があるから、僕行きますね。 」
「 あら、お茶飲んでいかなくて良かったのかしら。じゃあね。よろしくね。 」
家に上がって仏壇の遺影を見たら、多分自分を見失ってしまう。
さくらがうちに来る。以前から父は犬を飼いたがっていたので、二つ返事で決まると思う。
すぐにバスが来た。2つ目のバス停で降りると書店がある。ペットのコーナーでコーギーの本を選んだ。その他にもう1冊、小説を買った。クーラーが効いていて涼しかったので、しばらく本を選んで過ごした。
帰りはバスに乗らずに歩いて帰った。日が傾いて少しは涼しくなった。恵里菜と約束したことを考えていた。
僕が学校へ行かなくなってしばらくして彼女が尋ねてきた。言わずとも、何をしに来たか、だいたい分かった。
「 ニーノ、元気にしてる? 」
「 まーな。元気付けに来てくれたのか。ご苦労様。わざわざ済まんね。 」
「 そう。わざわざ来たの。はい、これ。先生から預かってきた。 」
「 サンキュー。入りなよ。何か飲むか? 」
「 うん。コーヒーがいいな。温かいの。 」
やかんに水を入れ、ガスに火を点けた。トレーの上にコーヒーカップ、ティースプーン、スティックシュガーを並べた。
優香を好きだったことは恵里菜も知っていたから、それを慰め、励ますつもりだろう。
「 サボテン、何か言ってた? 」
「 引っ張ってでも連れて来い。本人の為だって。 」
「 俺は行かないよ。優香が居なくなったし。 」
「 可哀想だったね。学校に来なくなった理由は分かるよ。もう学校来る意味無いもんね。 」
お湯が沸いて、やかんから湯気が立った。コーヒーの粉を入れ、お湯を注いだ。テーブルに向かい合わせにコーヒーカップを並べた。
「 ニーノが学校に出てくるのを待っている人がいるんだ。今日はそれを言いに来たの。ニーノが学校に来ないと、その人も学校に行く意味が無くなる。その人の為に学校に出てくることは出来ないかな? 」
「 へえ、そうなんだ。俺のことを思ってくれる人がいるんだ。物好きだな、そいつ。 」
「 そうでもないよ。ニーノはそれ程悪くないよ。 」
「 まあ、悪い気はしないけど。そいつの為に成るかどうか分からないけど、行ってもいいよ。来週からかな。でも、誰なんだそいつ? 」
「 今は教えられないけど、いつか言えると思うよ。同じクラスの子よ。とにかく学校出てきなよ。 」
その後、コーヒーを飲みながら、僕が居ない間に起こった学校での出来事など、取りとめも無い話をした。恵里菜は長居をせずに帰った。
父はまだ帰って来なかった。ボロネーゼのソースだけ作っておいた。父が帰ったら麺を茹でてすぐに食べられるように、お皿やフォークも出しておいた。ボロネーゼは父の大好物だ。
2階に上がり、参考書を開いて勉強をした。勉強しながらいつの間にか眠ってしまった。
父が起しに来た時、外はもう真っ暗だった。8時を回っていた。父はめったに2階に上がってこないが、食卓に並んだ皿を見て気付いたみたいだった。
食卓に下りると、食事が出来上がっていた。父はさくらを飼うことを快諾してくれた。すぐに優香の家に電話をした。明日、父と一緒に迎えに行くことになった。