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後編

 国王の命令でリアム達に同行することになったスズカたち大急ぎで準備をした。なにせ出発までたった一週間しかなかったのだ。どうせならもっと早く言って欲しかった。

 祈りの旅に行くのはリアムとあの三人、それにスズカとロイドの六人のみ。正直不安しかない面子である。

 これでも国の将来がかかっているのだからもっと大人数で行くか、別の人間に頼んだ方がいいのではないかとスズカは思ったが、ロイドによると聖女の旅のお供は四人から五人程度で高貴な身分の者に限定されているらしい。

 ロイドと同じく公爵家生まれらしいあの三人が同行者なのはわかるが、その高貴な者の中にどうして自分が入っているのか謎だ。しかし、じゃあロイドと離れて一人城で待っているというのも嫌なのでそこは素直にありがたいと思っておくことにした。

 なんとか支度を整わせた出発当日、大勢の人が見送りに来てくれたが、その大半である貴族はリアム達ばかりに声をかけスズカ達のことはまるっきり無視である。だが元より期待などしていなかったので特に気にならなかった。

 こうしてとうとう旅は始まったわけである。ロイドの話によればここから快調に行って一ヶ月までの道のりを歩いて、祈りを捧げる神殿まで向かうらしい。

 ただ、当然と言うかなんというか、スズカの不安通りこの旅路は決して順風満帆とはいえなかった。




「はあああ!!」


 雄叫びと共に角の生えた狼のような生き物は真っ二つに切り裂かれ、悲鳴を上げる間もなく事切れる。


「大丈夫か?」

「は、はい、なんとか」


 周囲の安全を確認した後、ロイドはずっと木陰に隠れていたスズカに駆け寄った。

 王都を離れてからというもの度々こうして魔物に襲われる。初めの頃は遭遇するたび腰が抜けそうになったスズカだが、その都度ロイドが助けてくれたので命の危険にさらされることはなかった。あえて言うなら、逃げる時に足がもつれて転んでしまい、手と足を擦りむいたのが今のところ最大の怪我である。

 ちらりと横目で見ると、リアムを囲むように三人が固まっていた。


「リアム大丈夫だったか?怪我ないか?」

「何かあったらすぐに言ってね」

「無理をしてはいけませんよ」

「ふふ、私は大丈夫だから心配しないで。でも、ずっと傍にいてくれてありがとう」


 気遣う三人にリアムは笑顔で答える。できればその労わりの言葉はロイドにかけてほしい。

 あの三人が魔術で倒した魔物は合わせても5、6匹。ロイドの半分にも満たない。いや、それでも最初よりましになったのだろう。

 何せ初めの頃はロイドのまかせっきりで戦おうともしなかったのだから。

 リアムの「魔術を見てみたい」という一言で三人がこぞって使い始めた時はため息が出たが、結果としてロイドの負担が減らせるのだからとやかく考えないことにした。

 そしてこれは、魔術を実際に見て気付いたことだが、魔術は思っていたより使えない。

 魔術自体は確かに強力で一回使えば確実に魔物を倒すことができるが、詠唱がやたらと長くて発動されるまで大分時間がかかり、さらに一つの魔術で魔物一匹しか倒せないという効率の悪さ。それでいて詠唱中は術者は完全無防備になり隙だらけになってしまう。

 彼らが怪我一つないのはロイドが前線で食い止めているからなのだが、あの三人はそれをきっと理解していないだろう。


「あーあ、疲れちゃったなぁ」

「本当だぜ。…おい、お前らなにぼーっとしてんだよ。さっさと野営の準備しろよ」

「そうですよ。まったく、こんなことも言わないとできないなんて、気の利かない……」


 でなければこんな態度がとれるはずがない。

 魔術を数回使っただけでどうしてそんなに疲れるのかわからないが、本人たち曰く、魔力の消耗は体力の消耗よりも体に負担をかけるらしく疲労感もひどいとのことだ。それを聞かされますます魔術が使えない感が増した。

 文句を言っても無駄なのはわかっているので、さっさと食事の支度をする。あいつらの為ではない。ロイドの為だ。他の誰も気付いていないが、彼は疲れている。

 それも無理はない話で、何せ戦いはもちろん、野宿の際は他の者が寝ている間もずっとあたりを警戒し、町につけばリアム達が観光を楽しんでいる最中でも宿を手配して食料や消耗品を補充しているのだ。疲れないはずがない。

 スズカが食事の準備をしている間もリアムたちは楽しげにお喋りしている。金髪が近くに綺麗な花畑があるらしく、それを餌にリアムを釣ろうとしているようだ。リアムが興味を示すと赤髪と青髪がそれに便乗し、自分と行こうと誘って金髪が文句をつけている、つまりはスズカには全く関係のない話だ。


「何か手伝おうか?」

「いえ、大丈夫ですからロイドさんは休んでいてください」

「……すまないな」

「いいえ、私にはこんなことぐらいしかできませんから」


 この旅を始めて以降、スズカは自分の無力さを痛感するばかりだ。ロイドは当たり前として、リアムには結界を張りなおす使命があり、あの三人ですら、大多数をロイドに任せているとはいえ魔物を退治している。

 そんな中、スズカのできることといえば、こんな風に料理をしたり町で買い物の際荷物を持ったりする程度だ。しかも荷物の方はロイドがあまり持たせてくれないし、料理だってロイドの方が手際よくやるので実情いてもいなくても大差ない。

 はっきり言ってしまえば、一番の役立たずだったりする。


「……はあ」

「どうした?具合でも悪いのか?」

「あ、いえ、なんでもないです」

「そうか……無理はするな」

「はい、ありがとうございます」


 気付くとリアム達の姿はどこにもなかった。きっと先ほど話していた花畑に行ったのだろう。

 ロイドは適当に座ると剣を抜いて手入れを始めた。


「その剣、とても丈夫なんですよね。あんなに斬ったのに刃こぼれ一つない」

「……これは、五年前亡くなった師から授かったものなんだ」

「師?」

「ああ……親に代わって俺を育ててくれた人だ。あの人からは剣だけではなく、生き方そのものを教わった……」

「へえ、そうなんですか」


 そう語るロイドの表情はいつになく柔らかい。

 本当に、心の底からその人を慕っているのが見て取れた。

 スズカはそのことに安堵した。確かに彼は不遇の少年時代を過ごしただろうが、決して誰にも愛されなかったわけではなかった。

 そのことが嬉しくも、悲しい。

 何故ならその人はもうこの世にはいない。

 五年という時間が、長いのか短いのか、愛する人を喪ったことのないスズカにはわからなかったが、ロイドの顔を見るにその人のことは彼の中で色あせていないのは確実だろう。


「その人から教わったから、ロイドさんはあんなに強いんですね」

「別に俺は強くない」

「そんなことありませんよ。さっきだってあんなにいた魔物をあっと言う間に倒しちゃったじゃないですか」


 しかし、ロイドは首を横に振る。


「今まで襲ってきたのはどれも下級ばかりで、知識と多少腕に自信のある者であれば誰でも対処できる…あれぐらい大したことはない」

「そんなことありません。ロイドさんはすごいです」

「買いかぶり過ぎだ」


 謙遜などではなく、ロイドは本気でそう思っているようだった。

 だが訓練とつんでいると言っても魔物の群れに臆することなく向かっていくには相応の胆力が必要だろうし、魔物を一撃で屠る剣技も一朝一夕で身につくはずがない。

 しかし、それを言ったとしてもロイドの気持ちは変わらないだろう。

 長年の待遇故か、ロイドは自分に対してやたらと過小評価するきらいがある。スズカは彼をそんな風にした環境と周囲の人間に強い憤りを覚えていた。

 もっと言えば彼が長年嘲笑と侮蔑に晒されてきたのだと思えば胸が射されたように痛み、彼が幸せな人生を歩めるのなら何でもしたいと思っている。できるなら、深く傷ついているであろう彼の心を、自分や癒したいとも。

 しかし、今の状況ではそれは夢のまた夢だ。先ほども言った通り、スズカは一行の中で一番のお荷物。ロイドを助けるどころか助けられてばかり。

 そんな自分が虚しくて情けなくて、スズカはまた小さくため息をついた。






 その後も、いくつもの町を通り、いくつもの道を歩き、いくつもの戦いを(主にロイドが)乗り越えた一行はついに神殿にたどり着いた。

 そしてリアムが祈りを捧げることで結界は再生し、見事国救済の旅は終わったのである。ちなみにこの結界の再生は、スズカが拍子抜けしてしまうほどあっさりとしたものだった。

 それからまた来た道を戻り、王都にほど近い町の宿屋に一行は宿泊している。

 明日はいよいよ王都に帰れるということもあり、リアムたちは宴を開いて羽目を外しているのだがスズカはやんわりとお断りし、早めの就寝につこうとしていると控えめなノックがされた。

 ドアを開けるとそこにいたのはスズカと同じく祝宴を辞退したロイドである。


「ロイドさん?どうしたんですか?」

「夜分遅くにすまない……少し時間をくれないか?」


 そう頼み込むロイドは、いつもと少し様子が違うように思えた。うまく言えないが、例えるならこれから特攻でもするかのような僅かな怖気と重い決意を感じる……ような気がする


「実は…大事な話がある」

「大事な話?」


 明らかにただ事ではない雰囲気に思わず背筋が伸びる。

 ほんのわずかな逡巡を見せた後、ロイドは重々しく口を開いた。


「……スズカ、お前は国に戻ったら、恐らく貴族になる」

「……え?」


 告げられた言葉はスズカにとって全く予想だにしなかった言葉だった。


「貴族?私が?どうして?」

「…以前、魔力の測定をしただろう」


 最近いろいろあり過ぎてすっかり忘れていたが、そういえばそんなこともした。


「その結果が旅の直前にわかってな……お前には大量の魔力が宿っている。それも桁違いのだ…」

「そんな……」


 魔力が高いということは魔術が使えるということだがスズカの胸に喜びは生まれず、あるのは戸惑いだけ。

 そんなスズカにロイドはさらなる衝撃的な言葉を告げた。


「そしておそらく、あの三人のうちリアムと結ばれなかった者の誰かと結婚させられるだろう」

「えぇ!!」


 思わずロイドを見つめる。しかし彼は真面目な顔のままでどう見たって冗談や嘘を言っているように見えない。


「そ、そんな、どうして…!」

「先ほども言ったと思おうが、お前の魔力は桁違いだ。国王や侯爵たちがそれをみすみす放っておくわけがない」


 気付けばスズカは苦虫を噛み潰したような顔になっていた。

 勝手に異世界に連れてきてのにずっと放置しておいて、それで利用価値が分かった途端いいように扱おうとする輩に怒りと嫌悪感が収まらない。

 だが、そんなスズカにさらなる追い打ちがかけられる。


「……それから……俺は王都に戻らない。このまま出奔する」


 一瞬、何を言われたのかわからなかった。

 しかしロイドの言葉を理解した瞬間、頭が真っ白になってぐらりと眩暈が襲う。


「まっ……」


 嫌だ。待って。行かないで。

 頭に浮かんだのはそんな言葉だ。

 しかしそれを口にするのはぎりぎり耐えた。

 だって、彼が今までどんな扱いを受けてきたか考えればそんなこと言えるわけがない。おそらく、彼がこの先どんなに頑張ろうとも、この国にいる限り彼が認められることはない。それなら他の国に行った方がきっといい。むしろ、とっくの昔に飛び出していてもおかしくはない。

 スズカ自身、ロイドはこんなところにいるべきじゃないと思っていた。

 思っていたが、まさかこんな形で彼と別れることになるとは全く考えていなかった。

 沈黙し涙を耐えるスズカにロイドは続けた。


「お前が嫁ぐことになるあの三人の家は国王に次ぐ財産を持っている。一生贅沢して暮らせるし、魔力の高いお前を周りは決して邪険にしない。……対して俺は、明日どうなるかわからない身だ。剣の腕には多少覚えはあるが、仕事にありつけず空腹で倒れるかもしれないし、魔物や賊に襲われ命を落とすかもしれない。それを踏まえて聞いてほしい…………お前が好きだ。俺と一緒に来てくれ」

「……え?」

「いやわかっている、こんなことを言われても迷惑なのは。しかし、最後にどうしてもこれだけは伝えておきたかった。スズカは俺を、教育係か保護者としか見ていないのは知っていたが、それでも伝えずにいられなかったんだ。お前からしてみれば全く予想もしていなかっただろうが、俺は前々からお前のことを好ましく思っていた。別にこの想いに応えてくれとは言わない。忘れてしまっても構わない。俺はただ伝えられただけで満足」

「ちょ、ちょっと待ってくださいロイドさん!!」


 別人のようにしゃべり続けるロイドをスズカは慌てて遮る。


「えっと……その、好きって……私を?」

「ああ」

「ほ、本当ですか?う、う、嘘とか冗談じゃくて」

「そうだ」


 信じられない、まるで都合のいい夢を見てる気分だ。だけど、これは間違いなく現実で、そう思うと顔どころか体中が熱くなった。

 気恥ずかしくなり、思わず顔を俯けたがそれを間違ったほうに解釈したらしいロイドは沈鬱な表情を浮かべ、「すまない」といってそのまま立ち去ろうとしてしまう。


「ま、待ってください、違うんです!」


 スズカはその腕を掴んで何とか引き留める。


「違う?何がだ?」

「だ、だから、その、えっと……」

「……別に無理なんてしなくていい」

「待ってくださいって!私もロイドさんと同じなんですっ」

「同じ?」

「だ、だからその……察してくださいよ!」

「一体何を察すればいいんだ?」


 もしかしてわざとやってるのかと問い詰めたくなるが、ロイドは本当にわかっていない様子だ。

 前々から思っていたが、ロイドはどうも自分に対する好意には鈍い傾向があり、ここはどうあがいてもはっきり言うしかなさそうである。スズカは目を瞑って口を大きく開いた。


「わ、わ、私も、ロイドさんが好きってことです!!」


 言った。とうとう言った。

 しかしいつまでたっても反応が返ってないので恐る恐る目を開けてみればロイドは目を見開き、口をぽかんと開けた、らしくないほど呆けた表情をしていた。


「……好き?」

「は、はい」

「お前が?俺を?」

「はい」


 次の瞬間、スズカはロイドの腕の中にいた。

 ロイドの抱擁は力強く、息苦しさを覚えたが構わずその背中に手を回す。


「……本当に、ついてきてくれるのか?」

「はい」

「絶対に苦労を掛ける。後悔するかもしれないぞ?」

「大丈夫です」

「……もう、放してやれないからな」

「望むところです。私も絶対放してあげませんからロイドさんも覚悟してくださいね?」


 スズカの言葉にロイドは笑う。

 ひきつり不慣れにみえるそれは、決して朗らかと言えるものではなかったが、まるで今まで固く結ばれていた紐がほどけるように、ロイドの中にある凝り固まった何かが柔らかくなったように見えた。

 そしてその晩のうちに二人は荷物をまとめこっそりと宿を抜け出した。






 数年後、凄腕の剣士と魔術師の夫婦が世界に名をとどろかせることになるのだが、今は誰も知る由もない。

長い間時間が空いてしまい申し訳ありません。

これにて本編は終了。あと番外編を二話ほど更新する予定です。

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