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中編

 スズカ達が異世界に呼ばれて、気付けばもう二ヶ月が経過した。

 最初の頃は毎日元の世界のことを思い出していたスズカだったが、今は少しずつその時間も減り、泣くこともなくなっている。その事に一抹の寂しさを覚えるスズカだったが、落ち込んでばかりもいられない。

 この世界で生きていくと決めた以上、学ばねばならないことは多い。

 まずは文字。この世界に召喚された際、魔方陣に言語自動翻訳能力を付与する効果があったので意思疎通は可能だが、文字の方はさっぱりだった。なので、毎日毎日ひたすら書き取りをして、単語を山ほど頭に詰め込んだ。

 それから一般常識やマナー、歴史についても必死に勉強した。

 これらの知識は全てロイドから教わったものである。彼はこの世界でも高い教養の持ち主らしくどんな質問にも答えてくれた。

 そして今現在、スズカは魔術について教わっている。


「……というわけで、魔術を使うには魔力が必要であり、魔力はこの世のあらゆるものに宿っている。そして生き物にとって魔力とは生命力であり、魔力が無ければ生きていけない。…ここまではわかるな?」

「はい」

「生き物の魔力は時間経過とともに生み出されるが、一定量になるとそれ以上魔力が生み出されなくなる。これを魔力保有量という。この魔力保有量というのは生まれた時から決まっていて変化しない。つまり生まれた時から魔術が使えるか否かが決まるんだ…さて、では人間全体の中で魔術が使える程の魔力保有量がある者はおよそ何割か…さっき言ったな?」

「えっと…二割です」

「そうだ。しかし、その二割の中でも、実際に魔術を使える者は半分にも満たない。それは魔力を使いこなし魔術を発現させるまで長い修行が必要だからだし、自分の魔力が高いことに気付いていない場合もある」

「そうなんですか?」

「ああ。魔力保有量を量るには専用の魔術具が必要で、これはどこにでもあるようなものではないからな」

「なるほど」


 ロイドの説明を聞きながらノートをとる。この世界の紙は質がちょっと悪いけど書くには問題ないし、鉛筆まであるので大助かりだ。


「あ、ロイドさん。一つ質問して良いですか?」

「何だ?」

「魔力は空気とか水とかいろんなに宿っているんですよね?そう言ったものの魔力を利用することってできないんですか?」

「いい質問だ。先人たちも同じように考え、研究したがその結果判明したのは、自分が宿している魔力以外は制御できないということだ」

「へえ…あ、それともう一ついいですか?」

「構わない」

「そんなに魔術を使える人が少ないなら、どうしてこの国の貴族たちってみんな魔術が使えるんです?」


 魔術の勉強で一番驚いたのは、魔術が栄えている国にこの国が挙げられていたことだ。それも貴族は皆魔術が使えると言うのだから驚きである。


「ああ。それは長い間行われている政策が理由だ。そもそも魔術を使える者が少ないのは、魔術を使えるだけの魔力を持っている者が少ないからだ。この国では魔力の高い者は誰であれ爵位を与えられ貴族になり、貴族になれば同じ貴族としか結婚が許されない」

「つまり、魔力の高い者同士が結婚することで、同じように魔力の高い子供を残していったんですね」

「そうだ……まあ」


 そう上手くいかないが。

 ぽつりと呟かれたその言葉になんとなく違和感を覚えスズカは顔を上げた。


「何だ?」

「あ、や、何でもありません」


 しかし、それを追及することは彼女にはできなかった。

 この二ヶ月間ほぼ毎日一緒にいる二人だけれども、その間には未だ距離がある。それはロイドが常に一線を引いて接していて、スズカもまた彼に遠慮しているからだ。

 ロイドがスズカの面倒を見てくれるのは仕事だからで、それなのにあまりに馴れ馴れしくすると迷惑なんじゃないか不愉快に思われるんじゃないかそう思うとどうしても躊躇ってしまう。

 故に二人の関係は知人以上友人未満に留まっている。スズカはそんな関係に、物足りなさを覚えていたが、一歩踏み出す勇気がでなかった。


「と、ところで、その魔力保有量を量るのって私にもできるんですか?」


 少々方向転換が強引だった気がしないでもないが、ロイドは訝しむ様子もなく答える。


「ああ。そのうち試させる」

「はい、わかりました」


 ロイドの言葉にスズカの心はちょっと浮足立つ。可能性が低くとも、もしかしたら漫画やアニメで見た魔術が使えるかもしれないのだ。平静でいろというのが無理な話だろう。

 そんなスズカの様子を見て、ロイドは「ただ」と続けた。


「仮に魔力保有量が高くとも、俺は魔術を教えられないし、指南できる者のツテもないから…下手をすれば独学になってしまうかもしれない…」

「…多分、そうなるでしょうね」


 もし先ほど受けた説明が本当なら、この国で魔術を使えるのは貴族だけとなる。しかし彼らを頼るのは無理だ。

 聞くところのよると、リアムのところには連日のように貴族が訪ねてくるか、贈り物が届けられているらしいが、スズカのところには一切そういうことはない。

 つまり聖女でもない、ただの小娘であるスズカには誰も興味がないのである。あからさまというか露骨というか、ここまでくると逆に清々しい。

 そんな彼らに頼んだところで取り付く島もなく拒否されるのが目に見えている。


「さて、無駄口はここまでだ。勉強を続けよう」

「はい」


 ロイドの言葉に従い、スズカはまた机に向かう。




 国王に呼び出されたのはこの一週間後のことだった。




■■■




「近々リアムは聖女の祈りを捧げる為の旅に出る。お前たちにも同行してもらうぞ。よいか?聖女たるリアムはまさしくこの国の救世主。何があっても命を賭して守るのだ。特に娘の方、そなたはただただリアムについてきただけの身。リアムに尽くし、支えるのだ。くれぐれもリアムの足を引っ張らぬように。よいな!」


 二ヶ月ぶりに遭った国王は椅子の上でふんぞり返りながら言った。

 意味が分からない。

 そう思うのはこの世界に来て二度目だ。

 この二ヵ月間まるっと放っておいていきなり呼び出されたかと思ったら突然旅に出ろと言う。もう一度言おう。意味が分からない。

 聖女の祈りというのがどういったものか知らないが、少なくとも自分は必要ないはずだ。それなのに何故自分も一緒に行かねばならないのか。娘って、名前を覚えていないのか。ついて来たって巻き込まれたの間違いだし、それなのにどうしてリアムとそんな主従関係にならなければいけないのだ。意味が分からない。

 そんな言葉がスズカの頭をぐるぐる回るが、口にではなかったのは相手は仮にもこの国の王様でこの世界に来た初日に牢屋にブチ込んだ張本人で、周囲には臣下の方々がずらっと並び、実に物々しい雰囲気だったからだ。とてもこちらから何か言える状況ではない。

 何より横で同じように膝をついているロイドが「はっ、承りました」と答えてしまったので、スズカもそれに続かざるを得なかった。

 そもそも、曲がりなりにも国王からの命令。否の言えるはずもない。

 ちなみに少し離れたところにはこの世界に来てから一度会ったきりだったリアムと彼女と取り囲むようにして立っている三人の美青年がいた。そのやたらと煌びやかな背格好から察するに貴族なのだろう。

 あの三人は誰だろうかとスズカが頭を捻ると三人のうち、赤髪で俺様っぽいイケメンが口を開いた。


「国王!神殿への旅路は我らだけで十分です。このような者たち必要ありません!」


 本人を目の前にして飛び出した言葉にスズカはぎょっとした。しかしこれだけでは終わらない。

 続いて青い髪をしたインテリ系美男子と金髪の中性的な美少年もそれに続く。


「その通りです。我々の実力は国王もご存知でしょう?お荷物は必要ありませんね」

「そうそう。それにこの旅は国を守るための神聖なものなのですから、『加護堕ち』がいては汚されてしまいます」


 一部聞きなれない言葉があったが明らかに自分たちを謗る三人をスズカの目元は吊り上る。

 ロイドもさぞ腹を立てているだろうと思って見てみれは彼は相変わらずの無表情で、三人のことなど見てもいなかった。耐えているというよりは心底どうでもいいと言った様子なので、スズカもそれに倣い三人を無視することにした。


「皆、そんなことを言ってはいけないわ。この旅は国の命運がかかっているの。一人でも多くの協力が必要よ」

「…リアムは俺たちだけじゃ不安なのかよ」

「そんなわけないじゃない。三人のこととは信じてるわ。あなたたちは強いし、この旅でも私のことを守ってくれるって。でもだからこそ私を守る為にみんなが危険な目に遭ってしまうんだって、不安なの。自分が危ない目に遭うこと以上に怖い」

「リアム…貴方って人は……」

「そんなの当然だよ。僕たちはリアムを守る為にいるんだもの」

「うん、わかってる。私は弱いから一人じゃ神殿まで行けなくて、誰かに守ってもらわないと駄目だって。でも、私を守る為にあなた達が怪我をするのも嫌なの。旅の仲間が多ければ、あなた達が危ない目に遭うことも少なくなるでしょ?」

「はっ…護衛の心配するなんてお前は本当に変な女だな。だけどまあ、お前の気持ちはわかった」

「…ふう、リアムは本当に人がいい…貴方がそこまでいうのなら仕方がありませんね」

「ちぇ…リアムはずるいや。そんなこと言われたら反対できないじゃないか」


 どうやら話はまとまったようである。なんだが空間全体がすごく感動的な空気になっているが気にしないでおくことにした。

 その後、宰相らしき人から旅に関する説明を受け、ようやく退出を許された。

 何時間と立っていたわけではないが、なんだかすごく疲れた気がする。

 早く戻ろうとロイドに声をかけようとした時、「おい」と後ろから呼び止められた。振り向くと例の三人が立っている。


「いいか、『加護堕ち』絶対に俺たちの邪魔をすんじゃねぇぞ?」

「そこのお嬢さんも、リアムの同郷だかなんだか知りませんが、分を弁えてくださいね。聖女たる彼女と自分の立場を常に顧みるように」

「あーあ、リアムのお願いじゃなかったら、絶対こんな奴ら連れて行かないのに」


 相変わらずこの三人は好き勝手なことを言う。こっちだって旅になんてついていきたくない。それなのに、どうしてこんなことを言われないといけないのか。

 先ほどは場所は場所だっただけに無視したスズカだったが、いい加減我慢ができない。ロイドほど達観していないのだ。


「あの!何なんですかあなた達は!さっきから人のこと馬鹿にして何様のつもりよ!!あっち行って」

「はあ!?なんだ、俺たちに口答えする気か」

「うっわ、生意気。リアムと違ってホント可愛くないの」

「全くです。どうしてこんな人がリアムの友人なのか」

「あなた達が一方的に突っかかってくるのが悪いんでしょ!いい加減にしなさいよ!!」

「いい加減にするのはそっちだろブス!!」

「やれやれ、性格が顔に出るとは本当ですね。見ている方が惨めだ」

「身の程知らずのブサイクてホントうざいよね~」

「あ、あんたたち…」


 もはや堪忍袋の緒が切れた。性差や数の差に構わず殴ってやろうと拳を握ると、突然目の前に壁が出来た。


「…いい加減にしろ」


 それはロイドの背中だった。


「俺のことを言うのは構わない。好きに言えばいい。だが、彼女に対するこれ以上の侮辱は許さん」


 そして聞こえてくるその声は間違いなくロイドのものであるが、それはスズカが今までに聞いたことがないほど低く冷たい。後ろに立っているだけで怒気がびしびし感じる。スズカでもそうなのだ。対面している三人にはそれが嫌というほど伝わっていることだろう。


「な、なんだよお前、許さないってどうする気だ?お前がお、俺たちに敵うとでも思ってんのか?」

「そそそうですよ!『加護堕ち』の、剣しか使えない貴方が、魔術の使える私たちに敵うわけがないでしょ!?」

「そうだよ!!お、お前なんかに負けるわけないじゃん!!いい気になるなよ!」

「…………」

「け…けどまあ、ここは古馴染みのよしみだ。見逃してやるよ」

「ええ…誇り高い侯爵家の者はみだりに決闘などしないものです」

「ふ、ふん!次までにその女にきっちり口のきき方を教えておくんだね」


 尻尾を巻いてという表現がよく似合う様子で去っていく三人にスズカの胸はすっとした。


「ありがとうございました、ロイドさん」

「……」

「ロイドさん?」


 返事をしないロイドを訝しんでいると彼は振り返る。


「スズカ…話さなければいけないことがある」







「『加護堕ち』が何かわかるか?」


 部屋に戻ったロイドの第一声がそれだった。


「いえ…わかりません」


 『加護堕ち』

 それはあの三人が使っていた言葉だ。

 意味が分からなくとも侮辱的な言葉であることは察っしていた。そしてそれがロイドのことを指すとも。


「…前に説明したと思うが、この国では魔力の高い者は貴族となり、貴族は貴族とした結婚できない。だから代を重ねるごとに魔力の高い子供ばかり生まれるようになる。古い家ではそれが顕著で、魔力保有量のが多くて当たり前、魔術が使えて当然。しかし、ごくまれに魔力の低い子供が生まれることがある。それが『加護堕ち』だ」


 先祖伝来のこの国では神の加護ともいわれる魔力を、引き継ぐことなく、国を守る貴族としての役目を果たせぬ者。それが『加護堕ち』。

 ロイドが生まれたのは侯爵家であった。この国では侯爵家は四つあり、四大公爵家とも呼ばれている。この家に生まれたものは皆高い魔力を有しており、当主ともなれば要職に就き国の実権を握れる。

 そんな由緒正しい家から、貴族の中では不吉とされる『加護堕ち』が生まれ、家中大騒ぎになった。結果、彼は生まれてすぐ別邸で隔離され、騎士として立身するまでそこでずっと育ったという。


「そんな……」


 スズカは言葉が出なかった。ロイドは詳しく話さないが、そこでの生活は決して幸せなものではなかっただろう。

 魔術が使えない。ただそれだけの理由でどうして彼がそんな目に遭わなければいけないのか、彼女にはわからなかった。


「すまない…もっと早く話すべきだったな……」

「ロイドさんが謝ることありませんよ…」


 ロイドは無表情だった。いつもの通りの無表情だった。辛さも苦しさも何も訴えないその顔に、スズカはやるせなさを感じる。


「よく言われたよ。貴族の家に生まれながら、魔術が使えないなんて…お前は生まれてきたのが間違いだと……俺もそう思う」

「それは違います!!」


 思わず、そう声を張り上げた。これ以上は聞いていられなかった。


「ロイドさんは、私にとっても優しくしてくれましたっ!!元の世界が恋しくて泣く私の背中をずっと摩ってくれたし、八つ当たりしてもそれを受け止めてくれた!勉強がだって、できるだけわかりやすく説明してくれました。さっきだってあいつらから庇ってくれました。私が、私がこの世界でやっていけると思ったのはあなたがいたからです!あなたが支えてくれたからです!それなのに、あなたが、生まれてきたのが間違いだなんて…そんなこと…絶対……」


 気付けば涙が流れていた。ここしばらく、泣くことなんてなかったのに、次から次へと溢れてくる。


「……すまない…」


 ロイドがその涙を指で拭う。


「だが、聞いてくれ。俺は、お前がそうやって泣くほどの価値などない…生まれについて話さなかったのも、『加護堕ち』だと知られたくなかっただけだ」


 ロイドの顔が痛みを耐えるように歪む。


「お前は、俺を本当に慕ってくれた。あんな風に好意を寄せられるのは初めてで、嬉しかった…だから、他の連中と同じような目で見られたらと思うと、恐ろしかった。だから聞かれないのをいいことに、何も話さなかったんだ。…異世界から来たお前には、『加護堕ち』なんて関係ないのにな」


 俺は卑怯でどうしようもない男だとロイドは語る。

 それをスズカは首を振って否定した。


「違う。違います。あなたは、優しい人です。例え他の誰が言おうと、あなたが言おう私の答えは変わりません。…あなたは優しいひとです」


 きっぱりとそう告げるスズカにロイドの顔が固まる。そして、ゆっくりと変化し、やがて少しだけ泣きそうな顔になると、震える声で言った。


「……すまない…いや、ありがとう…」


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