物語を街角で配る女の物語
フィクションです。
ある街でのことです。
毎日、街角に立って、自分の作った物語を配っている女がいました。
物語はビラ1枚にびっしりと書かれていて、最初はみんなそれを無視しました。
女は、自分があまり物語が上手くないことをわかっていて、
出版社に持っていっても本になどなるはずがないことをわかっていました。
だけど、もしかしたら喜んでくれる人がいるかもしれない。
そう思って書いたのです。
女の物語は、うまくなかったので最初はみんな受け取ろうとしませんでした。
初日は、たった一人の男だけが「おもしろいね」といってくれました。
女はその男だけのために、続きを書くことにしました。
男は毎日、女から物語を受けとり、読んでくれました。
そうやって毎日配っているうちに、だんだん「面白いね」「続きが気になる」といってくれる人が増え、1年ののちには1000人の人が女の物語を心待ちにしてくれるようになりました。
ところで女は、食べるために別の仕事を持っていました。
安い給料で一日中働かないと食べていけない仕事でした。
休みも普通の人の半分もありません。
その仕事だけで毎日、女は、くたくたでした。
だけど、楽しみにしてくれる人がいる、というその情熱だけで、寝る時間を減らして物語の続きを書きました。
すでに、女は倒れる寸前でした。
そんなある日のことです。
K・K・Kのような覆面の人たちが群がってきて
「面白くない」「なんだこの紙は」「レイアウトが読みにくい」
と物語を受け取るなり、女を罵倒し始めました。
女はショックを受けて、寝込んでしまいました。
すると、女の物語を楽しみにしているたくさんの人が、女のもとに励ましのお便りをくれたのです。
女はそれを見て泣きました。
そしてなんとか立ち直ることができたのです。
でも体力の限界を感じた女は、毎日ではなく一日おきに街に立つようにしました。
それでも女の物語は、タダというのもあり、飛ぶようにもらわれていきました。
そんなに喜んでもらえるなら、と女はまたできるだけ毎日物語を配るよう努力しました。
たくさんの人に喜んでもらえる……それだけが女の原動力でした。
やがて長い長い物語も、いよいよクライマックスにさしかかりました。
大事な場面ですから、女が物語を書く時間は3倍になり、もとより少なかった寝る時間はほとんどなくなってしまいました。
しかも女の本職のほうもちょうど忙しくなっていました。
女は再び倒れる寸前になり、それを「皆が続きを待っている」それだけで持ちこたえていました。
そんなある日、いつも楽しみにしている街の人が
「ちょっとここに書かれた主人公ってサイテー」
「呆れちゃった」
「私もサイテーだと思う」
とくちぐちにいいました。その日はたまたま主人公が少し悪いことをしてしまう場面でした。
女は、「次の話を読めば、少しはわかってくれるかな」と思いました。
「すいません」と謝りました。
だけど次の日。
「次の話を読んだけど、単なるいいわけだよね」
と言われて、こんどこそ女はショックを受けました。
普通の状態だったら「そう思う人もいてしかたがない」と思うところでしたが、女はなにしろ倒れる寸前を無理して書いていたものですから、そのショックはひどいものでした。
ショックを受けた女は、
「じゃあ続きは自分で書いてください」
と叫ぶと再び筆を置いてしまいました。
でも、仕事のほうは休んだら、おかねがもらえなくなります。
おかねがもらえないということは死ぬということですから、女は倒れそうになりながらも仕事はつづけました。
そんな女のもとには、また街の人からたくさんのお手紙が届きました。
その大半は、励ましの内容でしたが、二度目のお休みということもあって、
「なんてわがままなんだ」
「責任感がない」
という叱りつける内容もありました。
なかには、街角に立って
「この人は、前にもこんなことをしています。信じちゃいけません」
と女の目の前で怒鳴る人もいました。
女はもっともだと思いながらも、悲しいと思いました。
あの物語を書くのに、どれだけ女が苦労していたのか。
苦しい貧しい生活の中で、女がどれだけせいいっぱい頑張っていたのか。
女がつらくてたまらなかったこと。誰も頼れなかったこと。
わかるはずもないけれど。
ぼろぼろになった女の心に、その罵倒の言葉は刺さりました。
怒られるたびに、自分は最低の人間だと思うようになり、
続きを書く気はどんどん失せていきました。
そのうちに……女はもうなにもかも嫌になってしまいました。
生きている値打もないほど、自分がちっぽけな人間に見えてしまったのです。
物語を書いて街角で配って褒められることだけが、若くもなく、お金もなく、お嫁にもいけなく、子供ももたない女のたったひとつの生きる喜びだった。
だけど、その物語が、今度はこんな苦しみを生むのなら。
女は、立ち上がりました。
それまで書きためた物語がそこにはありました。
女はそれを空地に持ち出すと、火を付けました。
女のたったひとつの生きがいはどんどん灰になっていきました。
燃え尽きていく紙の束を見ながら、女はもう生きている意味もないと思いました。
「みんなさよなら」
つぶやくと女は油をかぶりました。そして小説を燃やし尽くそうとしている火の中に飛び込みました。
自分に火が燃え移る一瞬前、女は思いました。
もし、自分が強かったなら。
仕事と物語で寝れないくらいでへとへとにならないくらい強かったら。
もしくは、どんなにひどいことを言われても刺さらない鉄のハートを持っていたら。
こんなことにはならなかっただろう。
でも、弱かったのも自分自身なのだから――。
弱くてすぐに人の言葉に傷つく自分だから、小説がかけたのかもしれないし。
いずれこうなる運命だったのだ。
そう納得したとき、火は勢いよく燃え移りました。
<FIN>
代償行為として30分で書いて吐き出しました。
吐き出すことで、少し気持ちがおさまりました。