第二日目 鍬>勇者の剣
勇者ユーリアの朝は今日もにわとりの声と共に
始まった。伸びをして起きた彼女は、汲んで置いた
冷たい井戸水で顔を洗い、つやつやとした栗色の髪を
とかしてから寝間着を服に着替える。
三つ編みにしっかりと結ったら朝の準備は万端だ。
「おはよう、鶏たち。明日もいい卵を出してね」
真っ先に卵を産んでくれる鶏にあいさつして卵を集め、
ぱっちりとした目で愛しげにヒヨコを眺めてから今度は
牛のたくさんいる小屋に歩いて行き全部の牛を撫でてから
手なれた手つきで乳を搾る。
「おはよう、牛たち。明日もいいミルクを――」
「っておい勇者ああ!!」
ずっと後ろから様子をうかがっているのにも関わらず、
スルーする勇者についに魔王が痺れを切らした。
喚くが、ユーリアは一瞥もしない。
「明日もいいミルクを出してね」
「聞けええええっ! 何やり直してんだよ、気づいてん
だろ反応しろよ勇者ああ!!」
「出ましたね、ひ弱変態ストーカー魔王」
「変なあだ名をつけんな! ってかお前が俺の城に
やってくれば俺がこんな所に来る必要ねえんだよ!」
「毎回のように叫んでてよく声がかれませんね」
「誰のせいで叫んでいると……!?」
イラっとして小さな拳を握る魔王。しかしユーリアは
もう興味がなくなったらしく小屋を出ようとしていた。
「おい勇者待て俺が出てないだろうが! 鍵かけんな、
牛達に手を振んな、ここから出せえええ!」
鍵をかけられてしまい、金網をがちゃがちゃ揺らすも
魔王個人の握力と腕力だけでは出れないようだ。
「……すみません、調子乗ってましたここから出してください」
ついにはぎゃんぎゃん叫ぶ元気もなくなってきたらしい
半泣きの魔王を見ていたユーリアは黙って鍵を外すと魔王を
外へ出してやった。
魔王は半泣きで鼻をすすっている。
ユーリアはぽんぽんと軽く魔王の頭を叩くと仕事に戻ろうとした。
「待てよ勇者! 俺と戦え!! ……一度戦ったら帰ってやる、
有りがたいと思え!!」
「はぁ……分かりました」
ユーリアは背中に背負っていた鍬を抜くと構えた。
魔王はコイツなにやってんだ、とでも言いたげな表情をしている。
勇者はその表情の意図する意味が分からないのか首をかしげていた。
無表情でなければかなり可愛いらしかった事だろう。
「おい、勇者」
「なんでしょうか、何か問題でも?」
「問題大アリだよ! 何で鍬なんだよナメてんのかテメエ!!
勇者の剣とかどうしたんだよ!?」
「勇者の剣はうっぱらいました。そして私はあなたをナメてます」
「何だこの駄目勇者!!」
「それほどでも……」
「褒めてねえから!!」
だんだん突っ込むのが大変になって来た魔王だった。ユーリアは
頭のいい娘ではあったが、どこか天然ボケというか村からほど出る事が
ないために常識外れな部分があった。
「今すぐ勇者の剣買い戻せよ! ってか何で勇者の癖に女神からもらった
剣うっぱらってんだよ!?」
「嫌です、買い戻したら鍬を手放さなければならないじゃないですか」
「鍬>勇者の剣!? どこまで駄目なんだよこの勇者……」
魔王は愕然として地面に手をついてしまった。勇者は戦わないの
ですか、と魔王を一瞥もせずに言う。
「戦うよ! 勝ち逃げされてたまるか!!」
「一つ思ったのですが、今日は手下の魔物はいないので?」
鍬を素振りしながらユーリアが言う。それに対して、魔王は胸を張ると
これ以上もないドヤ顔で語り出した。
ユーリアは黙ってそれを聞いている。
「俺は思ったんだ、か弱い人間を倒すのに手下をぞろぞろ引き連れて行くの
は卑怯だと! ありがたく思え勇者! 一騎討ちにしてやるぜ!!」
それは強い者が弱い者に言う台詞なのでは?
か弱いというのなら一度でも勝ってから言って欲しいのですが。
というか、前口上などどうでもいいので早く戦ってください。
思わずユーリアはそんな事を思ったが、さすがにそれを言ったら魔王が
本気で泣くような気がしたので言うのは止めておいた。
「鍬だからって甘く見ないでください、この鍬の強度は私が保証しますよ」
「鍬なんかで俺に勝とうなんて笑止! ――いいぜ、本気出してやるよ。
いでよ、魔剣・ルシフェル!!」
ユーリアは魔王の体から魔力の高ぶりを感じぎゅっ、と鍬を握った手に
力を込めた。魔王は聞いたこともない呪文のようなものを唱えるや、地面に
巨大な大剣を出現させた。
禍々しき闇色のオーラを放つ剣にユーリアは思わず一歩下がる。
「どうした、勇者、来ないのかぁ!?」
魔王は剣の柄に手をかけた。ユーリアが魔王から距離を取り、鍬であれに
勝てるのかと逡巡した。今まで感じた事のない恐怖が彼女に
襲い掛かって来た。
そして魔王は大剣を引き抜く――。
……事が出来なかった。うんうん唸りながら今度は両手で挑戦するが、
やっぱり引き抜けない。ユーリアは呆れたような顔で魔王に近づいた。
「戦わないのですか?」
「ちょ、ちょっと待ってろ!」
ユーリアはこのまま魔王を軽く押せば勝利出来るような気がしたが、
さすがにそれは可哀想だったので止めることにして待った。
一時間が経過した時の事である。
「ぬ、抜けた!」
ようやく魔王が震える両手で魔剣・ルシフェルを抜いた。しかし、
ユーリアは動く様子もなく魔王を見つめ続けている。
ユーリアには分かっていた。魔王はそれを振り抜く事は絶対に
出来ない、と。
「オイ勇者! さっきまでの緊迫した表情はどうしたんだよ!?」
「それ、あなたの身の丈に明らかにあってないと……あ」
「んぎゃ――――ッ!!」
魔王の汗で滑り両手から離れた魔剣が魔王をそのまま押しつぶした。
かなり痛そうな音がしたのでユーリアはふぅと一つため息をつく。
魔王はしばらくわんわん泣きながら手足を振りまわしていたが、
ユーリアが軽々と魔剣を持ち上げてどかしてやると、涙目で顔を
真っ赤にした。かなりの間があった。
と、魔王が服の埃を払いながら立ち上がるとユーリアに
指をびしっとつきつけるといきなり宣言した。
魔王はどうやら自分の失敗をなかった事にし、勇者に攻撃を受けた
事にしたらしい。まあ自滅したなどど部下に報告はしずらそうだが。
「よくもやりやがったな!! つ、次は負けないから覚えとけ!!」
「私は……まだ何もやっていないのですが」
うわあああん!と泣きながら魔王はそのまま村を出て突っ走って行った。
魔剣は魔王が村から消えた直後に消失したようだ。
ユーリアはまた彼は来るのだろうか、と思いながら畑仕事の続きをする
ために鍬を振りあげた。
二日目 魔王自滅のため、勇者不戦敗――。
今回も駄目駄目だった魔王様でした。
魔剣を準備したものの、自分の身の丈に
あってたので一度しか持ち上げる事も出来ず
――。でも魔王様はまだ諦めません(笑)。