第06話:6月上旬、火曜日
マドカに届いたメールとは?
一通のメールから、カズマたちの日常は動き出す――!
放送劇のテーマが学園の七不思議に決まった翌日の放課後。
僕、こと門真一馬は学校の体育館裏に潜んでいた。
阿鳥学園の体育館裏は、『体育館裏』の一般的なイメージをそのまま再現したような状態になっている。
外からはまるで城壁のような高い壁に覆われているため中の様子が見えず、また体育館自体校内の端っこにあって学内の人間もあまり目をやる機会が無い場所であるため、人知れず何か……例えば決闘や告白をするには持って来いの場所なのだ。
そのため、アト学では定番の呼び出しスポットとして使われている。
同性から呼び出されたくない場所としてはぶっちぎりでワーストワンなのは言うまでもない。
……まあそれはいいとして。
潜んでいる、という表現で既に察している人もいるかもしれないが、今日ここに呼び出されたのは僕では無い。
僕は一度考え事をやめて、改めてその呼び出された本人の観察に集中した。
視線の先には、ランドセルを背負っていても違和感が無さそうな身長体型それに顔つきをした高校3年生、僕の姉さんである門真円が、どこか落ち着かない様子でそこに立っている。
そう、呼び出されたのは僕の姉さんだった。
姉さんを呼び出した人間と、その目的は。
昨日の放課後、姉さんに届いたメールにすべて書いてあった。
「えええええええ!? か、カズマ! これ見て、見て、見て!」
僕との雑談中に携帯に届いたメールを開くと、姉さんは近所迷惑極まりない驚きの声を上げた。
そしてその直後に、今度は興奮した様子で僕にメールを見せ付けてきた。
また厄介事かなあ……などと内心面倒に思いながら、僕はメールを読む。
「えーと、なになに……『門真円様へ。生徒会長の園口高司です。貴女にどうしてもお伝えしたいことがあり、突然ではありますがこうして直接、メールを送らせて頂きました。明日の放課後なのですが、体育館裏にお越しいただけないでしょうか。よろしくお願いします』……」
えっと……つまりどういうことだろう。
1回読んだだけではいまいち事態が飲み込めなかった僕は、何度かそのメールを読み返す。
早い話が、呼び出しメールのようだった。
時間は明日の放課後、場所は同性には呼ばれたくない場所ワーストワンな体育館裏。
そして呼び出し主は、今年度の生徒会長である園口高司。
名前から想像する限り、性別は男性で間違い無さそうだが……正直、それ以外は知らない。
ってか、普通生徒会長の顔とか人柄なんて覚えてないって。
「……なるほど、決闘の申し込みか」半分くらい思考を停止した上で、僕は投げやりに呟く。
「なわけないでしょ!」姉さんに全力で突っ込まれた。
「……だよねぇ。じゃあやっぱり」
同性には呼ばれたくない場所ワーストワンの体育館裏だが。
逆に異性から呼ばれると、目的はほぼ告白、というのが定説だったりする。
「へー、あの生徒会長が私に、ねえ……」
姉さんは年上の余裕を示すかのように、どこか尊大な言葉を放った。
しかしその顔はだらしなくニヤけている。
まことに残念だが、年上の余裕も威厳も何も感じられなかった。
「って姉さん、生徒会長のこと、知っているの?」姉さんの知ってる風な口振りが気になって、僕は思わず食いつく。
「うん、直接話したことは無いんだけど、色々聞いてるよ。ってかカズマ、知らないの?」
「……んー、外見と中身以外なら知ってるかも」
「何を知ってるのよ!?」
なんとなく『知らない』と言いたくなかったのでそう答えたら、姉さんに再び突っ込まれた。
「……名前だけ、かな」
「それ、絶対今メールを見て知ったことだよね……?」
ジト目で姉さんに睨まれ、僕は仕方なく首を縦に振った。
だから普通、1年生が生徒会長のことなんかおぼえてるわけないってば。
「じゃあ、私が知ってる限りで話すけど。今年の生徒会長……あ、うちの生徒会長って、基本的には3月に1、2年生の中から選ばれるんだけど」
「あー、なんか4月くらいに担任から聞いた気がする。2月中に立候補した人の中から投票だっけ」
「そうそう。で、今年生徒会長の園口くんは当時1年生だったんだけど、票数ダントツトップで生徒会長になってた。しかもテニス部にも所属しているらしくって、去年は1年生でありながらレギュラーとして大会に出場、しかも彼が出て負けた試合は無かったとか」
「……何の漫画?」
1年生でレギュラー出場、しかも全試合負け無しって……。
僕は思わず、姉さんもついに現実と妄想の区別がつかなくなったのかと疑ってしまった。
「実在してる人物だってば。しかも成績も優秀で、テストでは常に学年10位以内なんだって」
「文武両道で2年生の超人生徒会長か……ますます漫画だなあ。で、その非現実的な存在が、姉さんに何の用なんだろうね」
「体育館裏ってことは、やっぱり告白なんじゃない?」
嬉しそうな声で、姉さんはそう言った。
どうやら、まんざらでもないようだ。
「なるほど、完全無欠と言われた今年の生徒会長は、年上の女性が好みかぁ」
姉さんはどこか自慢げにそう呟く。
「……なるほど、完全無欠と言われた今年の生徒会長はロリコンだったのかぁ……」
なんだかムカついたので、全力で皮肉で返す。
と同時に両腕を前に構えてガードの体勢。
予想通り、直後に姉さんが無言で飛び回し蹴りを放ってきた。
「読めてるよ!」 言いつつ腕で姉さんのケリを弾く。
「ちっ! 大人しく食らえぇ!」
姉さんは着地するとすぐに、その反動を利用して後ろ回し蹴りで僕の中断を狙ってくる。
「させるか!」
流石にガードは間に合わないので、後ろに飛んでそれを避ける。
そしてステップから前進、殴りに行く。
もうお互いに攻撃パターンが分かっているため、最近の姉弟ゲンカは基本的に攻撃と回避の応酬になる。
それは日が沈んでから、二人がバテて飽きるまで続いた。
そして。
その後は若干険悪になったせいか生徒会長のことはそれ以上聞けないまま、今に至る、というわけだ。
なんだかんだで気にはなったので、僕は指定された場所である体育館裏に潜んで、様子を見ることにしたのだった。
僕がここに来たのは帰りのホームルームが終わってすぐで、姉さんはその5分後くらいに、走ってきたのか少し息を切らせながらやってきた。
隠れている僕に気付いた様子は無かった。
姉さんは基本、思っていることが顔というか全身に出るので、僕を見つけているなら間違いなく何らかの反応を起こしている。
それが無いため、気付いていないと言えるのだった。
また、生徒会長はホームルームが長引いているのかまだ来ていない。
姉さんの表情は、僕に背を向けているため分からない。
しかし後姿でも、そわそわとした様子なのが分かる。
明らかに、生徒会長を待っていた。
なんだか、面白くなかった。
僕は姉さんに聞こえないよう、控えめにため息を吐く。
そもそもなんで、僕はこんなことをしているんだろう。
姉さんにカレシが出来ようが、僕には関係ないことだ。
というか今まで浮いた話なんて一度も無かったのだから、むしろ弟としては喜んでやるべきじゃないんだろうか。
そんなことを考えていると、がさ、と足音が聴こえてくる。
音が聞こえたほうに目をやると、そこには1人の男がいた。
近くの建造物から目算するに、身長は175cmくらい。
……姉さんとは、30cmものさし1.5本分以上の身長差があることになる。
さらにその男が近づいてくる。
その姿がはっきり見えて、僕は今度はやや荒っぽくため息を吐いた。
生徒会長が、想像以上のルックスだったからだ。
髪は見るからにさらさらで、顔立ちも整形でもしたんじゃないかと疑いたくなるくらいに整っている。
そして体つきもどっちかといえば細く見えるのだが、ちゃんと筋肉が付いているのが分かるためなんだか頼もしく見える。
いかにも女子にモテそうなタイプだった。
成績優秀スポーツ万能でさらにイケメン……どこの漫画の登場人物だと、改めて思ってしまった。
その男は、姉さんの姿を見つけるとまるでテレビのCMに出ている芸能人のような爽やかな笑顔で手を振った。
少女漫画なら、きっと歯が光って背景には薔薇がちりばめられていただろう。
……もう、いい。
これ以上、そこにいるのが嫌になった僕は、黙ってその場から駆け出した。
「んー……すっきりしないなあ」
適当に走って、気付くと商店街にいた僕は、そのままゲーセンに入って憂さ晴らしでもしようと格ゲーの筐体にコインを入れた。
しかしいまいち集中できず乱入してきた誰かにあっさり負けてしまい、何度か再戦を申し込むも返り討ちにあって。
今は不貞腐れて、ゲーセン内のベンチでジュースを飲んでいるところだった。
なんだかんだで長い時間やっていたため、既に時刻は19時を回っている。
でも、なんだか帰りたくなかった。
帰って、姉さんに今日の話を聞くのが嫌だった。
さて、今からどうしようか……そんなことを考えていると。
携帯が震えた。
この震え方は電話だ。
姉さんだったらやだなあ……なんて思いながら、携帯の画面を見る。
そこには、『桜ノ宮広子』と表示されていた。
ヒロコさんからだ。
珍しいなと思いつつ電話に出た。
「はい、カズマです」
「今どこにいる?」
僕が答えると、ヒロコさんはすぐにそう訊ねてくる。
「えっと……アト学の傍のゲーセン、で分かります?」
ヒロコさんたちの家、反対方向だった気がするけど。
「ああ、あそこか。こんな時間にゲーセンにいるなんて、カズマは不良だなあ」
と思ったら、すぐに把握したようで、茶化すように僕にそんなことを言ってきた。
「……切りますよ?」
「あー、待った待った、悪かったって!」
何だか嫌な予感がしてきたので強引に切ろうとすると、ヒロコさんが慌てた様子で僕を止めてくる。
「もう、突っ込み担当のくせに沸点低いんだから……突っ込むの担当、ってなんかエロくない?」
「ナチュラルにセクハラ発言してないで、さっさと本題を話してください」
女性の先輩から男性の後輩にセクハラって、めったに無いことだと思うんだけどなあ……。
「あー、ごめんごめん。えっと、今から学校に来れる?」
「は?」
あまりにもいつも通りのトーンで非常識なことを言うヒロコさんに、僕は思わず敬語を使うのも忘れて素で返してしまった。
「いや、今何時だと思ってるんですか」
とりあえず全力でヒロコさんに突っ込む。
ヒロコさんに突っ込む……いや、エロくなんか無いから。
「そうだね……PM7時半って言われるのと、19時半って言われるのどっちが好み?」
「AMとPMを略されると何時か分かりづらいので24時間制で言われる方が好きですが……ってそういう話じゃなくって。こんな時間に学校って、もう最終下校時刻過ぎてるじゃないですか」
アト学の最終下校時刻は19時である。
生徒会・部活共に例外は無く、生徒は必ずそれまでに下校しなければならない、と生徒手帳に明記されているのだ。
というか18時半くらいになったら、先生達に追い出され始める。
以前放送部の会議が長引いていた時も、18時半になったら見回りの先生がやってきて早く帰れ、とどやされたのは記憶に新しい。
今から入ろうとしても、まず間違いなく門前払いを食らうだろう。
「いったい、何をするつもりなんですか」
呆れながら、僕がそう訊ねると。
「もちろん」ヒロコさんは、とても楽しそうな声で。
「肝試しさ♪」
すでに辟易している僕に、そう言ったのだった。
――続く。
お楽しみいただけたでしょうか。
次回は、ヒロコさんとの肝試しです。多分。