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第05話:6月上旬、月曜日

ついに、今年の放送劇の原題を決める日がやってきた。

みんなが持ってきた案とは。

そして、最終的にカズマたちは何をすることになるのか?

第5話。

お楽しみください。


*2011年12月26日に推敲、加筆修正を行いました。


 放送部の部室内には今、放送部のメンバー6人、つまり全員が集まっていた。

 今日もっとも大きな議題は、今年の放送劇の原題は決めることだ。

 僕ら門真姉弟の案は土日に姉さんと話し合ったので、既に決まっている。

 思いつく限りで最善のものを選んできたので、正直、自信があった。

 後は他の人たちがどんなのを考えてきているかだけど……。

 僕が黙考していると、姉さんが「それじゃあ始めるよ」と全員に合図をした。

「えーっと、兄弟姉妹で一つ考えてきたところってある?」

 開始と同時に、ヒロコさんが全員に向かってそう訊ねる。

「うちはそうです」

 まさに僕らのことだったので、迷わず肯定する。

「俺ンとこもそうです」

 キョウさんも続いた。

 これでウチと守口兄妹は確定だ。

「ヒロコさんのところは?」ヒロコさんの聞き方でなんとなく予測は付くが、一応訊ねる。

「アタシらもそうだから……結局、案は3つしか無いのか」

 ヒロコさんはだいたい、僕が想像した通りの答えを返した。

「みたい。まー、部のメンバーが3組の兄弟姉妹だから、そうなっても仕方ないかなあ……」

 ヒロコさんの言葉に、姉さんが苦笑いで同意する。

 個人で案を用意している人が1人もいないので、誰もそのことに文句を言えなかった。

「ま、とりあえずはあるものから聞いていけば最終的には何か浮かぶでしょ。各家ごとに発表しよう。というわけで……シズネ」

 先手必勝とでも言いたそうに、ヒロコさんは先陣を切ってシズネを促す。

「はい、お姉ちゃん。私たちで考えてきたのは、『不思議の国のアリス』です」

 促されるままに、シズネは堂々と作品名を挙げた。

「あー、いいね。有名作品だし、大きく外れることが無さそう」

 桜ノ宮姉妹から出てきたのは、有名な文学作品だった。

 去年はシンデレラであったことを考えると充分に順当なのだが……桜ノ宮姉妹の言動は突飛なイメージがあるせいか、少し不思議だった。

 正直もっと、斜め上のところでくると思っていたのだが。

「んー……思ったより無難な作品で来たね?」

 姉さんも僕と同じことを思ったのか、率直にそれを口にする。

「あー、まぁなんていうか。シズネ相手だと、アタシがツッコミに回らざるをえなくなってさ」

 ヒロコさんは、一度軽くため息を吐いてからくたびれたような表情と声で語り始めた。



 土曜日夜の夕食時、桜ノ宮邸にて。 

「ねーシズネ。結局今年の放送劇、何が良いと思う?」

 シチューを口に運びながら、ヒロコはシズネに訊ねる。

「んー、クトゥルフ神話とかどうかなぁ。最近、それにちなんだアニメやっていたし」

「それ、どう再現するんだよ」

 なぜか自信満々に語るシズネに、ヒロコが全力でツッコミを入れる。

 クトゥルフ神話なんて詳しく知らないが、確か人外の物語だったはずだ。

「……じゃあ、アーサー王物語は?」

「長すぎだって。上映時間は前半・後半あわせて1時間しかないからね?」

 さっきよりはまともだが、それでも上映時間を考えるとそこまで壮大な物語をやるのは難しい。

 去年・一昨年から脚本自体を手伝っていたため、どれくらいだと『長すぎ』なのかの目星はもうヒロコにはついている。

「んー……じゃあ日本の作品で……白雪姫とか?」

「んー、そっちだと短すぎかな。前回のシンデレラも、原作だけだと短すぎたから大分肉付けしてたし……原型が分からなくなるくらい」

 去年の超展開が多発した放送劇を思い出し、ヒロコは密かに苦笑いをする。

 ガラスの靴がぴったり合う人がシンデレラ以外にも何人か居たので、さらに細かい選定に入る……なんてシーンを考え、台本を書き切った先輩は今でもヒロコにとっては尊敬すべき人だ。

「じゃあ……もうちょっと長い作品の方がいいのかな。水滸伝とか」

「『ちょっと』どころじゃなく長くなった! しかも何人要るんだよ、それ!」

 キャストが108人以上必要な作品なんて、無茶振りもいいところだ。

「じゃあ……三国志?」

「水滸伝と同じ理由で却下!」

 ……そんなやり取りが夕食を終えてから、丸一日ほど続いて。

 最終的には、ヒロコが去年候補として出ていたものの中から、一番無難そうなヤツを選んで強引に終了せざるを得なくなったのであった。



「……なんていうか、お疲れ様です」

 ヒロコさんの簡潔な回想を聞いて、メイさんが苦笑いしながら辛うじてそう告げる。

「ええ、大変でしたよ~」

 なぜかそれにシズネが応えた。

「大変にした張本人がねぎらいの言葉を受け取るなって……」

 僕は呟くようにツッコむ。

 あと、シズネの無邪気で無意識な無茶振りの前半部分が、姉さんがやりたそうにしていた案と同じなのはどういうことだ。

 シズネも姉さんと同じようなアニメを観ているんだろうか。

「ちなみに不思議の国のアリスの場合、アリスは誰で考えてる?」

 僕が割とどうでもいいことに思考を廻らす隣で、姉さんはヒロコさんに質問していた。

「あぁ、メイにやってもらうつもり。アタシはちょっとアダルティすぎるし、シズネだと緊張感出ないし」

 ヒロコさんは最初から想定していたのか、それにすらすらと答える。

「私の場合も、あだるてぃーすぎるから?」

 姉さんが懸命に色っぽい声を出して訊ねる。

 しかしなんというか……中途半端すぎて、かえって微笑ましいものになってしまっていた。

「いや、マドカは幼すぎ」

「…………」

 しかもヒロコさんには普通にスルーされ、否定されてしまった。

 ……哀れだ。

「……なるほどね。えっと、キョウくんらは?」

 やや凹みながら、姉さんは次にキョウさん達に訊ねる。

「あ、ハイ。俺たちは……メイの強い希望で、ロミオとジュリエットです」

 メイさんの強い希望…………

「ということは、配役はキョウさんがロミオでジュリエットがメイさんですか?」

 嫌な予感がした僕は、とりあえずそう訊いた。

「ん? ああ、よくわかったな」

 僕の問いに、キョウさんは、感心した様子で頷いた。

 なぜ分かったんだろうと思っていそうな、不思議そうな顔で。

 ……いや、メイさんあからさま過ぎでしょう。

 なんで『なぜそれを言い当てられたのかが分からない』みたいな顔してるんですか。

 そんなキョウさんの様子に、メイさんもなんとも形容しがたい微妙な表情をしていた。

「なるほどねー。じゃあそろそろ私らの番かな」

 姉さんが意気揚々と立ち上がる。

 姉さんも僕同様に、自信満々だったようだ。

「うちの学校にさ、七不思議ってあったよね。あれを題材に出来ないかなって」

 姉さんはハキハキと、いつも以上に良く通る声でそう言った。

「あぁ、あったね」

 姉さんの意見に、ヒロコさんが食いついた。

 そう、要は『学園の七不思議』だ。

 だいたいの学校にあるメジャーな話であるため、ある意味身近という点も相俟って面白いのではないか。

 それが、以前買った都市伝説の本を眺めていて浮かんだアイデアだった。

「うちの学校、七不思議なんてあったんですか?」

 シズネは聞いたことが無かったのか、おおよそ全員に向かってそう訊ねていた。

「ああ、いくつか聞いたことがあるぜ。夜中にブレイクダンスする人体模型とか、真夜中に逆再生されるチャイムとか」

 シズネの質問に、キョウさんが答える。

「メイも知ってるよ。深夜2時、職員室の窓ガラスが全てマジックミラーになるとか真夜中の3時に二宮金次郎の像が薪でジャグリングを始めるとか」

 メイさんも続けて話してくれた。

 僕は一応、既に姉さんからひと通り聞かされていたので知っていたのだが……なんていうか。

 うちの七不思議っていちいち突っ込みどころがあって素直に怖がれないんだよなあ……。

「深夜4時、グラウンドに巨大なダンスホールが浮かび上がって、学校で死んだ生徒や職員のゾンビや亡霊たちがダンスパーティをしている、なんてのもあるよね」

「……いつも思うけど微妙に楽しそうだよなあ」

 姉さんがまだ上がってないのを言うと、ヒロコさんがぼそっと突っ込みを入れた。

「あとは……無限階段の計6つで全部でしたよね」

 記憶を辿るように、キョウさんが最後の一つを挙げる。

「そだね。7つ目を知ってしまった人は、怪死してグラウンドのダンスホールに送られるから、知っている人間はいないって言われてる」

 姉さんがそう言って、七不思議の概要を締めくくる。

「……怖いような、シュールすぎてむしろ笑えるような」

 ヒロコさんが再びツッコミを呟いた。

「無限階段ってなんですか?」

 七不思議についてまったく聞いたことのないシズネが、唯一名前だけではいまいち概要のつかめない『無限階段』について確認してくる。

「よくぞ聞いてくれました!」

 その質問に、姉さんが嬉しそうに反応する。

 まあ当然といえば当然だろう。

 何しろ。

「何を隠そう、私たちが本筋にしようとしてるのはこの話なんだよ。なんだかんだで、これが一番深いからね」

 ……ということだ。

「そうなんですか?」

 姉さんの断言に、シズネが不思議そうな反応を示した。

「うん。これだけ変に、ストーリーがしっかりしてるんだよね」

 それにヒロコさんが補足する……というか語りだした。

「夜の8時。部活が終わって帰ろうとしたある生徒が、途中で忘れ物に気付いてね。最上階である3階にある教室に取りに行こうとしたんだけど……どれだけ階段を上っても、階段が途切れず、最上階に辿りつかないんだ」

 ややおどろおどろしい雰囲気で、ヒロコさんが話を紡いでくれる。

 普段明るくておおらかなヒロコさんだから、こういうダークな雰囲気を作って話すのは何だか新鮮だった。

「どれだけ階段を歩いても、ずっと踊り場に出ていて一向に上の階にたどり着かない。不安になって今度は下の階に向かって歩いた……というかもう、ほとんどパニックになって駆け下りてたらしいんだけど……やっぱりというか、今度は下の階にたどり着けない。ふとどれくらい時間が経ったのか気になって時計を見ると……デジタル時計は8:08と表示されたまま、止まってたんだ」

「止まってた?」唯一詳細を知らないシズネが、続きを促すように訊ねる。

「うん。デジタル時計にはちゃんと、数字が映ってるんだよ。でも、秒の単位が08のところで止まってて、ずっと見つめていても動かないのね。それでその子はもうどうしようもないくらいパニックになって……腕時計を外して、壁に投げつけたらしいの。そうしたら時計が壊れて、気付くと1階と2階の間の踊り場に立ってたんだって」

「……えーと、なんで?」特に怖がる様子も無く、シズネは淡々と訊ねていた。

「うーん、算用数字の『8』ってさ、90度傾けると∞(無限大)の記号になるじゃない? だから、デジタル時計でもっとも多く、そして早く8が並ぶ瞬間である8時8分8秒に、それが起こったんじゃないかって言われてる。時計を壊したら、脱出できたっていうラストだしね。で、マドカ。これに肉付けして、話を作ればいいの?」

 シズネに話し終えてから、ヒロコさんは姉さんにそう確認する。

「んー、そのつもりで考えてたんだけど……改めて聞くと短い気がしてきた」

 少し考えてから姉さんが答える。

「そうですね……確かに、肉付けするにも短すぎると思います」

 キョウさんが姉さんの懸念に同意した。

 長すぎ、短すぎの感覚はさすがに一年生である僕には分からない。シズネも僕と同様らしく、きょとんとしていた。

「じゃあ、こういうのはどうですか? 一組のカップルが学校に迷い込んで、前編と後編でそれぞれ3つずつで6つの不思議を体験する、っての」

 僕が戸惑っていると、メイさんがそんなことを言い出した。

「あー、それいいな。それで行こう!」

 それにヒロコさんが食いつく。

 脚本はヒロコさんがメインで書くことになっているため、最終的な決定権はヒロコさんが持っている。

 彼女が『行こう』と言えば、それで決定だ。

「じゃ、決まりだね」

 それを察した姉さんが、嬉しそうにそう言った。

「ああ。今年の放送部の演目は、『阿鳥学園七不思議』だ!」

 ヒロコさんも、楽しそうに声を張り上げた。

 メイさんも満足そうな顔をしているのは……考えないようにしよう。

 とりあえず。

 今年の放送部の演目は、無事決定したのであった。



 そして、その日の帰り道。

「決まって良かったね」

 他の4人と下駄箱や校門で別れてから。

 僕は姉さんに話しかける。

「そうだね。ちょっと考えてたのとは違うのになったけど」

 やや不満そうな内容の台詞を、姉さんは弾んだ声でそう言った。

 なんだかんだ言っても、自分の持ってきた案が最終的な内容のベースになったことが嬉しいんだろう。

「にしても、カズマもいいの思い付いたよね。うちの学校に七不思議があったこと、知らなかったんでしょ?」

 上機嫌なまま、姉さんは日曜日辺りの話を引っ張ってくる。

「んー、まあ去年まで行ってた中学にあったからね。もしかしたら高校にも、って思ったんだよ」

「さすが私の弟! 姉さん鼻が高いよー」

 僕が答えると、姉さんが相変わらず上機嫌にそう言った。

 いつもなら「そうだねー、高いねー」って言いながら姉さんの絶対的な小ささを強調してやるのだが、今日は僕も機嫌がいいからやらない。

 そのまま、姉さんとまた他愛も無い話を続けていると。

 ぶーん、というバイブレーションの音が聞こえた。

 ズボンの、ケータイを入れているポケットに触るが、震えている手触りは無い。

 となると、僕じゃなくて姉さんか……そう思ったのとほぼ同時くらいに、姉さんがスカートのポケットから携帯を取り出していた。

 姉さんは「ちょっとごめんね」と言いながら、ケータイを開いた。

 電話に出る素振りは無いため、メールだと分かった。

「? 誰だろう」ボタンを押してから、姉さんはそんなことを呟く。

 どうやら登録されてないアドレスからのメールらしい。

「えっと…………」

 姉さんはやや怪訝な顔で、ケータイを操作していた。

 きっとメールを読んでいるのだろう。

 ま、しばらくは黙っておこうか……なんて、僕が暢気に考えていると。

「え、えええええええええ!?」

 姉さんは、僕の隣で驚きの声を挙げたのであった。




――続く。

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