第04話:5月下旬、水曜日~木曜日
マドカが買った本の内容は?
そしてキョウとメイの日常が垣間見れる第4話。
お楽しみください。
*2011年12月26日に推敲、加筆修正を行いました。
姉さんが本屋で都市伝説に関する本を見つけてきた日、夜。
夕飯を終え、さらに風呂から上がって、ベッドに寝転がりながら本を読んでいると。
ドンドン、という荒っぽいノックの音が聴こえてきた。
「カズマ、いい?」
そして僕が返事をするより早く、ドアが開けられる。
年頃の男の子の部屋に、何の遠慮もなく立ち入ってくるのは……言うまでもなく僕の姉さんだ。
僕の後に入ったのだろう、姉さんは風呂上がりなのが一目でわかる上気した顔をして、さらにお気に入りらしい三毛猫模様のパジャマに身を包んでいた。
しかもうちで飼っているトラネコ、ファングも一緒だ。
姉さんがドアを開けたときに、するりと僕の部屋に入ってきたのだ。
「ドアを開けるのは返事してからにしてよ……」
とりあえず文句は言っておく。
まあ正直、今夜姉さんが部屋に来ることは予想していたので特に問題は無かったのだが。
……具体的に言うと、見られたらアレな本とかDVDはちゃんと隠してある。
「まあまあ。じゃ早速、付き合って」
そんな僕の考えを推測するそぶりも見せずに、姉さんは嬉しそうに本屋で買っていた都市伝説の本を僕に見せつけた。
同時にファングが「なー」と鳴く。
普通猫の鳴き声って文字で表したら「にゃー」になると思うのだが、うちのファングの鳴き声はどう聴いても「なー」だったりする。
いや、別にどうでもいいことなんだけど。
「いいよ」
どうでもいいことに思考を巡らせつつ、僕は姉さんの誘いを快諾した。
というか、元々そのつもりだったのだ。
僕の答えで姉さんは機嫌を良くしたのか、嬉しそうに僕のベッドのふちに座ると、ぽんぽん、と自分が座っているすぐ横を叩いた。
隣に座れ、という合図だ。
僕が動こうとすると、先にファングがその合図に応えて、姉さんが指示した位置でごろんと丸くなった。
姉さんはそれを見て少し微笑み、ファングをひょいと持ち上げて膝の上に乗せて、僕の方を見る。
早く来なさい、と目で訴えかけていた。
「はいはい」
膝の上で不満げになーなー鳴いているファングを無視しつつ、僕も姉さんに応える。
腰掛けたのを見計らってから、姉さんが僕にもたれかかってきた。
姉さんが小柄なだけあって重くはないが、ややうっとおしい。
そろそろ暖かいを通り越して暑い季節になってきたし。
しかし、昔この状態で姉さんを離そうとして軽く弾いたら、そのまま戻る、弾く→戻る、また弾く→また戻ると無限ループになったことがあるので、それ以来大人しく肩を貸すことにしている。
ベッドは壁際に置いてあるのだから、もたれたいなら奥に座ればいいのに……。
「ふふん♪」
僕に抵抗する気がないのを察したのか、姉さんは上機嫌なまま本を開いた。
本はB5サイズとあまり大きくないため、ある程度密着しないと読めない。
「……………」
「……………」
しばらくの間、無言になってページをめくり続けた。
内容的には首なしライダーや人の缶詰といった、ホラー要素の強いものが多かったように思う。
しかもわざわざ不気味なイラストが付いているせいで色々想像させられてしまい、結構怖かった。
そしてなんとなく。
お互い最初から無言だったせいか、先に口を開いたら負け……という感じの雰囲気になってしまっていて。
結局2人とも途中一言も喋らないまま、本を読み終えた。
「………」
読み終わっても、姉さんはまだ口を開こうとする気配がない。
僕はもういいかと思って、姉さんに言葉を投げ掛けることにした。
「どうしたの?」
「いや、んー……えっと……」
とりあえず声をかけても、姉さんはなんと言ったらいいのかわからない、そんな感じの反応をする。
「どれかベースにしたい話はあった?」
待っていても進展しなさそうだったので、もう少し具体的に話題を振る。
「………」
だが返答は無い。
改めて姉さんの顔を見ると……その顔色は、やや青ざめているように見えた。
………もしかして。
「姉さん……もしかして、怖かった?」
からかうつもりは無く、むしろ心配してそう訊ねたのだが。
「こ、怖くなんかないよ! そういうカズマだって怖いんじゃないの!?」
キレられた。
このバカ姉……せっかく人が、親切で言ってあげてるってのに!
「そんなわけないだろ! こんな子ども騙しで怖がるの、姉さんくらいだよ!」
「誰が子どもよ!」
そう言いながら、手元にあった僕の枕を投げつけてくる姉さん。
枕は僕の顔に当たり、一瞬目の前が真っ暗になる。
そして枕が落ち、再び視界が広がった頃には、部屋には姉さんの姿はなかった。
直前に聴こえた足音から察するに、自分の部屋に戻ったのだろう。
――もういい、知るもんか。
そう思いながら、僕は部屋の電気を消し、不貞寝した。
朝。
日の光を顔に感じて意識が戻る。
あのまま眠ってしまったため、雨戸が開きっぱなしになっていたようだ。
太陽光が僕の顔面に直撃している。
眩しすぎる……このままでは寝られない。
寝ぼけた頭でそれだけ考えた僕は寝返りを打つ。
すると、何か柔らかくて暖かいものに触れた。
目を閉じたまま、それが何かを探るため手に意識を集中する。
そこにあったのは、ふさふさした体毛に覆われた、柔らかい感触だった。
……どうやら知らない間に、ファングが僕のベッドにもぐりこんでいたらしい。
そういえば昨日、姉さんが部屋から飛び出した時にはまだ部屋にいた気がする。
ということは、閉じ込めてしまっていたのかな……。
ぐだぐだと、寝起きのあまり回っていない頭で考えていると、「すぅ………」と寝息が聞こえてきた。
明らかに人のものだ。
まさかと思いながらも、僕は目を開ける。
目の前に、姉さんの顔のアップがあった。
「うわあ!?」
慌てて飛び起き、勢いに任せて掛け布団を剥ぎ取る。
そこには、可愛らしい三毛猫模様のパジャマのまま、猫のように丸くなって眠る姉さんの姿があった。
「もう……なに……?」
姉さんは、寝ぼけた声で返事をしていた。
「なに? じゃないよ! なんでここで寝てるのさ!」
昨日の今日でカッとなった僕は、迷わず姉さんを怒鳴りつけた。
「………」
姉さんは気まずそうに、顔を赤らめてそっぽを向いた。
「………」
僕も黙って、姉さんの返答を待つ。
しばしの沈黙の後、姉さんがとった行動は……
「……あ、あれは人を怖がらせるための本なんだから! これが自然な反応なのよ!!」
逆ギレだった。
しかし内心恥ずかしいのだろう、顔が真っ赤だ。
「あー、はいはい……」
それを見たら、なんだか怒るのもバカらしくなって。
僕もそこから、あえて追求はせずに。
姉さんがまだ言い訳がましく何か言っていたが、それも適当に聞き流して。
いつものように、二人で学校へと向かうのだった。
それから。
昼休みの放送はいつも通り(お察しください)にこなした木曜日の放課後。
担任がいつも通り帰りのHRを適当に終わらせて去っていったのとほぼ同時に、キョウさんからメールが来た。
『今から一緒に、ゲーセンいかないか?』
キョウさんはゲーセンに行くのが趣味らしく(やっているのはだいたい音ゲー)、最近はよく僕を誘ってくれる。
ケータイのカレンダーを確認。
今日、この後は特に用事もない。
……よし、前フルボッコにされた格ゲーの、リベンジマッチを挑むとしよう。
そんな想いを胸に秘めて、僕はすぐに『行きます!』と返信した。
すると。
「よし、じゃあ早速行こうか」
「うわあ!?」
後ろから、いきなり声が聞こえてきた。
振り向くとそこには、機嫌良さそうに微笑んでいるキョウさんの姿が。
「よう、カズマ。驚いたか?」
「驚きますよ……ってか何で返信とほぼ同時に声を掛けてくるんですか」
とりあえずツッコんでおく。
「ああ、実は教室の影でずっと張ってたんでな。行こうぜ」
言いながら、キョウさんはどこかそわそわしている。
まるで、何かに追われているような……。
あ、もしかして。
「そういえばキョウさん……」
メイさんは一緒じゃないんですか? と訊ねようとした、その時。
「準備できたな? 行くぞ!」
僕の言葉はあっさりと遮られ……
「って、うわあ!?」
そのまま、強引にゲーセンへと連れて行かれたのだった。
学校から歩いてなら10分くらいのショッピングモールに、ゲーセンもある。
というか学校周辺のゲーセンもそこくらいしか無いため、僕ら阿鳥学園の生徒が『ゲーセン』と言ったら、だいたいここを指す(キョウさん談)。
ちなみにこのゲーセン、お世辞にも都会とは言いがたい町の雰囲気と違ってかなりゲームの揃えがいい。
首都圏や都市部にしか置いてなさそうなネット通信前提の筐体も、当然のように置いてあるのだ。
「けっこう空いてるみたいですね」
しかし、その割にはあんまり客は入っていなかった。
「この時間は穴場なんだよ。HR終わってすぐにダッシュで来たなら、な。混むのはこれからだ」
「なるほど……」
さすがはセンパイ、という感じだった。
キョウさんに連れてこられるまでゲーセンに通う習慣が無かった僕には、そこら辺の勝手はさっぱりなのだ。
「じゃあキョウさん、さっそく『ウエマ』やりましょうよ。この前のリベンジです」
「いいぜ。手加減はしないからな?」
僕がそう言うと、キョウさんは勝気な笑みを浮かべ返していた。
ウエマ……正式名称『ウエポンマスターズ』は最近出たばかりの対戦格闘ゲームである。
原作はラノベらしいのだが、微妙にレアなのか見つけられていない。
一回読んでみたいんだけどなあ……。
とまあ、それはさておき。
ゲームの特徴としては、開始時にキャラクターだけでなく、そのキャラクターが使う武器も選べるという点がまずは挙げられる。
プレイヤーキャラは6人と一般的な格闘ゲームにしては少なめなのだが、武器も6種類あって、キャラクター選択時にそれも別で選ぶ事になるため、使えるキャラクターのパターンは実質、6×6で36通りある。
僕が愛用しているのは加奈というキャラクターで、能力としてはパワーは無いけど小柄でスピーディ、トリッキーな動きで相手を翻弄するタイプ。
それに6種類ある武器の中で最も攻撃力が高いバトルアックスを持たせたタイプが、僕の主力になっている。
対するキョウさんは、高いパワーとスピードで相手を叩きつぶす、本編の主人公、太一を使ってくる。
キョウさんは原作を知っているらしく、装備も原作に従って双剣を選んでいる、とのことだった。
「さあ行くぜ、カズマ!」
「はい、キョウさん!」
キョウさんの合図で、僕とキョウさんの死闘が始まった。
先に仕掛けてきたのは、キョウさんだった。
ダッシュで一気に接近、斬りかかってくる。
僕は飛んでそれを回避、後ろに回り込んでバトルアックスで襲いかかった。
しかしそれは読まれていたらしく、あっさり中段ガードで止められてしまう。
だが、こっちもそこまでは想定済みだった。
すぐにしゃがんで、下段にローキックを叩きこむ。
加奈のスピードは全キャラ中でも最速だ。
だからこれは――読めていても、防ぐことが出来ない!
バシッ、というサウンドエフェクトと共に、相手にダメージが入った!
……最大HPの5%くらい。
やっぱ加奈は、武器で攻撃しないとダメージが低いなあ……。
そんなことを思っていると。
「そう来るのを、待っていた」
キョウさんが、どこか嬉しそうにそう呟く。
「しまった……」
やばい――そう思った時には、もう遅い。
キョウさんは双剣の特性を最大限に活かして、攻撃を仕掛けてきた。
双剣の特性。
それは一撃の威力の低さを引き換えにした、全6種類の武器の中でも最高クラスの……連続攻撃の速さに他ならない。
ゼロ距離での、連続攻撃。
しかもキョウさんが使っている太一は、元々のパワーが高いため、双剣の攻撃力の無さは充分カバーできてしまうのだ。
その連続攻撃だけで、一気にHPの4分の3くらいを持っていかれてしまった。
やむを得ず、後ろに飛んで距離を取る。
まずい。
これでかなり不利になってしまった。
でも……高いスピードによる回避性能の高さが、僕の持ちキャラ、加奈の魅力だ。
HPが0になるまでは……まだ、勝負は分からない。
ここから逆転勝ちすることだって、きっと出来る!
僕はそう信じて、スティックを握り直すのだった。
そして。
「……まあ、そうだよね」
結局。
あの後は、一撃も与えることなくあっさりと負けてしまった。
そもそも序盤に4分の3も食らってしまってる時点で、『回避性能の高さ』に信憑性なんてねーよ畜生。
「まだまだだな、カズマ」
嬉しそうに、キョウさんは勝ち誇った様子でそう言った。
「つ、次こそは勝ちます……」
完敗してしまった僕に言えるのは、それだけだった。
「まあ、そうしょげるなって。次ギタマやるから、ついてきてくれ」
「あ、はい」
ギタマ……ギターマイスターは、キョウさんお気に入りの音ゲーである。
ギター型のコントローラーを使って、曲に合わせてボタンを押していく、いわゆるリズムゲーという奴だ。
いつも放送室で散々、アコースティックギターを掻き鳴らしているはずなのに……まだ鳴らし足りないんだろうか。
「わかりました」
そんなことを密かに思いつつ、僕は素直についていった。
途中、UFOキャッチャーが目に入る。
中身は猫を丸っこくデフォルメした感じのぬいぐるみだった。
あれ取って帰ったら、姉さんが喜びそうだなあ……。
などと思っていると、ブーン、という振動音がかすかに聴こえてくる。
ポケットに上から手を当てて見るが、僕のケータイが震えているわけでは無さそうだった。
となると……
「キョウさん、ケータイ鳴ってません?」
厳密にはバイブレーションなので、『鳴っている』はおかしい気がするのだけど。
……日本語って難しいなあ。
「ん? ああ、みたいだな」
と言いながらも、キョウさんはポケットからケータイを取り出そうとする素振りすら見せなかった。
「……良いんですか?」
念のため、聞いておくことに。
「ああ、大丈夫だ。メイからだしな」
「メイさんから?」
って、見なくても分かるの?
バイブレーションのパターンとかで区別しているんだろうか。
「ああ。どうせ『今どこにいるの』っていう電話だろ。あいつもいい加減、兄離れするべきだと思うんだけどな……」
「兄離れって……」
キョウさんの何気ない呟きを、僕は思わず拾ってしまっていた。
「あいつ、今でも俺にべったりだからな。いい加減兄離れしておかないと、彼氏とか出来ないと思うんだよ」
それに気付いたのか、キョウさんは続きを話してくれる。
「言われてみれば……確かにメイさん、うちの姉さんよりべったりな気がしますしね」
「だろ?」
僕が同意すると、キョウさんはようやく理解者が出てきた、とでも言いたげな感じで言葉を続けた。
「いつも俺に抱きついて甘えてくるし」
「あー……」
うちの姉さんも、中学生くらいまではそんな感じだったなあ。
……いや、今もか?
「それに俺の姿が見えない時は、どこで何をしているかを聞いてくるし」
「……うちはそれは無いですね」
ってかそれ、兄妹としてはおかしくないかな?
「しかも抱きついてくるの、学校とかでもお構いなしだぜ? 恥ずかしいからやめろ、っていつも言ってるんだけどなあ」
「うちの姉さんでも、さすがに人前ではやらないなあ……」
「極めつけに、この間は俺が風呂入っている時に一緒に入ろうとしてきたんだぜ? もう子どもじゃないんだから、いい加減恥じらいとかを覚えてほしいんだがな……」
呆れたように、キョウさんはそう言った。
「うちの姉さんはむしろ、入浴中に風呂場に近づいただけで怒りますね……」
このヘンタイッ! って。
色気という単語からは程遠い体つきをしているくせに……。
しかも血の繋がった姉なんだよ?
あれに欲情したら、確かにヘンタイだとは思うけど。
………………ん?
そこまで内心で悪態をついてから、頭に何かが引っかかった。
というか、あることに勘付いてしまった。
「? どうした、カズマ?」
それを敏感に感じ取ってくれたのか、キョウさんが声をかけてくれる。
「いや……ちょっと思ったんですけど」
もしかして、メイさんって……僕が率直に、思った事を言おうとしたその時。
「あああああああああああああっ! キョウッ! やっぱりここだった!!」
ハキハキしていて通りの良い……通りが良すぎて、比喩表現でなく物理的に耳が痛くなるほどの騒音が聞こえてきた。
メイさん、やっぱり声量凄い。
「め、メイ? どうしてここが?」
突然現れたメイさんを見て、キョウさんは困惑した様子で訊ねていた。
「なんで電話出ないのよ!」
対するメイさんは怒り心頭、といった感じだ。
ってかもう、会話が噛み合ってない!?
「しかもメイを差し置いて、カズマなんかと二人きりで出掛けて!」
そのままメイさんは、キョウさんに対してまくしたてる。
ってか『なんか』ってなんだ、『なんか』って。
「カズマは関係ないだろ!」
キョウさんも言い返す。
ってか何だろう、これ。
兄妹ゲンカって言うより………
「関係なくないもん! メイより、カズマの方がいいっていうの!?」
もはや、痴話喧嘩だ。
もしかしてメイさんって、キョウさんのことが……。
2人のケンカを見ながら。
僕は密かに、そんな不穏なことを思うのであった。
――続く。