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第10話:6月上旬、水曜日~エピローグ。

自身の勘違いを知ってなお、シズネはカズマにぶつかってくる。

門真一馬の愛すべき日常、最終話。カズマの決断は?


お楽しみください。

2012年1月19日に一部修正しました。


 放送終了後、反省会議のさなかで。

「カズマさん。だったら、改めて。わたしと、お付き合いしていただけませんか?」

 シズネは僕にそう言った。

 今まで見なれたぽややんとした雰囲気ではなく、まっすぐに僕を見据えた、真剣な眼差しだった。

 思い返してみれば、それは予測できたことだった。

 昨日……僕がヒロコさんを"誤解させることになった"相談をした直後に。

 ヒロコさんは「やりたいことが出来た」と言って、すぐに帰ってしまった。

 今なら分かる。

 その『やりたいこと』とは、僕の話をすぐシズネに伝えることだったのだ。

 そうしてシズネは、僕がシズネを好いている、と思うことになった。

 でも。

 よく考えてみたら、それだけではこんな事態には成り得ない。

 シズネが僕を『旦那さま』と呼ぶような事態には。

 つまり。

 シズネが僕を『旦那さま』と呼んだのは、ヒロコさんから話を聞いて"両想いだった"と思ったからなのだ。

 今日シズネが見せた異常なまでの行動力は、それが原因と見ていいだろう。

「…………シズネ」

 僕の呟きめいた呼びかけが聴こえたのか、シズネは僕に目で返事をする。

 その瞳にはさっきまでの強い意思はなく……むしろ不安で、今にも泣き出しそうな目をしていた。

 僕は思わず、言葉を止める。

 言おうとしていた言葉を、続けられなくなっていた。

 返事は……返事の内容は、もう決めていたつもりだったのに。

 目の端に映った、姉さんの顔を見た瞬間から。

 ……そう、僕は断るつもりだったのだ。

 姉さんは昨夜、『私にはカズマがいる』と嬉しそうに言っていた。

 そしてさっきは『カズマも不安だったんだね』とも。

 多分姉さんは、僕が姉さんのことを想っている以上に僕のことを必要としている。

 だから、今はまだ姉さんの傍にいてあげたい。

 そう思っていたけど……シズネの顔を見た瞬間に、シズネの本気さと必死さに気付いてしまった。

 そして僕は、シズネを拒絶しようとする言葉を止めてしまっていた。

 思い返してみれば。

 今朝、いきなり僕を『旦那さま』なんて呼んだこと。

 僕の分までお弁当を作ってきてくれたこと。

 他にも、まだまだ思い当たる節はある。

 今日の授業中は、やたらと僕に微笑みかけてくれていた。

 さらに放送中はずっと、僕に幸せそうに寄りかかったりしていた。僕の肩に掛かるシズネの微かな重みを、姉さんに悪いとは思いつつも正直、心地よく感じていた。

 そんな今日のシズネの行動を見るだけでも、シズネの気持ちはかなり強いのだと思える。

「………………」

 かち、かち、と時計の針が進む音だけが部屋に響いていた。

 それくらいに、部室は静かで。

 僕は何も言えないまま……時が過ぎていった。

 いっそこのまま、昼休みが終わるまでだんまりを決め込んでしまおうか、なんて情けない考えが脳裏をよぎる。

 それは逃げだ、分かっている。

 でも、実はそれが一番波風立たないいい方法なんじゃないか、なんて甘いことまで考えてしまっていた。

 そんな、僕に。

「カズマ」

「……姉さん?」

 姉さんが、どこか躊躇いがちに声を掛けてくれた。

「えっと………………」

 しかし僕が呼び返すと、姉さんは何かを言いかけて黙り込んでしまう。

 見ると、口元はもにょもにょと動いている。

 何か言おうとしている、しかし決心がつかず迷っている…………そんな風だった。

 言葉を待って姉さんをじっと見ていると……姉さんは突然、目を閉じる。

 そしてそのまま、すー、はーと軽く深呼吸をした。

 それで落ち着いたらしく、再び目を開いた時には、どこか優しい光がその目に宿っていた。

 姉さんはそんな目で、改めて僕を見据える。

 そして。

「カズマ」

 今度ははっきりした声で、僕の名を呼んだ。その声色は、慈愛に満ちた優しいものだった。

「カズマは……」

 そのまま姉さんは言葉を続ける。

「カズマは、シズネちゃんが好き?」

 とても、シンプルな言葉。

 しかしシンプルであるが故に……僕もそれで良かったんだ、と納得してしまっていた。

 同時に、まさか姉さんにこんな簡単なことを諭されるとは、とちょっと悔しくも思う。

 姉さんの言うとおりだ。

 難しく考える必要なんか無かったのだ。

 シズネもそうだった。

 彼女はただひたむきに……僕に真っ直ぐ、ぶつかってきてくれただけだ。

 だから、あとは僕の問題。

 それを受け入れるのかどうか……受け入れたいかどうか。

 つまり。

 僕が、シズネのことが好きか、どうか。

 僕が考えることなんて、それだけで良かったのだ。

「………………」

 姉さんに倣って、僕は一度目を閉じる。

 そして、自分に問いかける。

 シズネが、好きかどうか。

 そして、答えは出た。

「姉さん、僕は……」

 腹を括った僕は、目を開けて姉さんを見る。そしてそのまま、その答えを姉さんに伝えようとした。

 しかし姉さんはそれを手で制止して、そのまま目でシズネの方を指し示す。

 目で「それを言う相手は、私じゃないでしょ?」と言っていた。

 まったく、おせっかいな姉だ。

 そう思いながらも、胸に熱いものがこみ上げてくる。

 僕は、そんな暖かい気持ちで改めてシズネを見据えた。

 彼女は僕に、真剣にぶつかってきてくれた。

 だから僕も、それを真っ直ぐに返すことにした。

「シズネ。僕は……」








エピローグ



 シズネに告白された日から一週間が経った。

「ほーらー、カズマ! 朝だよ! 起きて!」

 朝、最初に聞くのが姉さんの声というのは今でも変わっていない。

 今朝も白と黄緑のストライプな下着が見えるのを気にせずに、馬乗りになってがくがくと僕を前後(上下?)に揺すって起こしてくれる。

「おはよう……姉さん……」

「おはよう。もう、カズマったら相変わらず、朝に弱いんだから」

 僕が眠そうに返事をすると、姉さんは文句を言いながら挨拶を返した。

 しかしこれだけは弁明しておく、僕は別に朝に弱いわけではない。

 姉さんが元気すぎるから、そう見えるだけだ。

 まぁまだ寝起きで頭が回りきっていなかったり、寝起き早々頭をまるでミックスジュースでも作るかのような勢いでシェイクされたせいでちょっと吐きそうなのを密かに堪えていたりするため口には出さないが。

「じゃあ起こしたからね? 二度寝しないで、着替えたらすぐ降りてきなさい!」

 念押しするようにそう言ってから、姉さんは僕を置いて降りていった。

 僕はゆっくりと息を吐く。

 正直まだ気持ち悪い……くそう、あの馬鹿姉め。

 人の頭を何だと思っているんだ、万歩計かなんかと勘違いしてないか。

 いや、そもそも万歩計も手で振って歩数増やすものじゃないんだけど。

 母さんが一日一万歩は歩く、って張り切って万歩計を買った一週間後くらいに手で振って歩数をごまかしていたのを知ってしまったせいか、なんか万歩計に対して振るもの、というイメージが出来てしまっているようだった。

 ……寝ぼけた頭でそんな意味不明なことを考えつつ、僕は着替えを済ませて1階へと降りていく。

 携帯の時計を見ると、今日はいつもより5分くらい早い。

 姉さん、起こす時間を間違えたんだろうか……などと思いながら、僕は台所兼リビングに着くやいなやすぐに「母さん、今日の朝ごはんは?」と訊ねていた。

 なんというかいつもの習慣であるため、別にどう返されても「そう」で終わるのだが。

 まあ日常のコミュニケーション、と言うやつだ。

「えっと、今日の朝ごはんはシンプルに、お味噌汁と焼き魚ですよ」

 ……そう思っていたのだが、返ってきたのは非日常的な声だった。

 聴こえてきたのは、母さんの声ではない。もちろん、姉さんの声でも。

「シズネ!?」

「ええ♪」

 僕がその声の主の名を呼ぶと、本人はそれを嬉しそうに肯定した。

 改めて台所を見ると、そこには本来学校で見慣れているはずの少女、クラスメートであり僕が所属している放送部の仲間であるシズネ……桜ノさくらのみや静音しずねが朝ごはんの支度をしていた。

 ちなみに母さんは姉さんと一緒に、テーブルについてお行儀良く(?)朝ごはんが出来るのを待っている。

「え、なんでシズネがここに!?」

 正直何が何だか分からず、僕は慌てた様子を隠せないままその場にいた人間全員に訊ねた。

「んー? シズネちゃんが来たい、って言ったから」

 その質問に、姉さんが悪びれる様子も無くさらっと答えてくれる。

「いや、えっと……えー」

 あまりにも当然のように言われてしまったため、なんだか返す言葉が思いつかなかった。

 いやまぁ、確かにある意味それで納得できてしまえるような存在ではあるんだけど、シズネって。

 それでも何か突っ込むべきだと思って、僕は再び考えようとすると……

「……もしかして、ご迷惑でしたか?」

 ちょっと不安そうな声で、シズネが僕にそう訊ねてきた。

「まさか。シズネがいてくれるのは嬉しいよ」

 気付くと僕は、そんな言葉を返していた。

 こんな言葉が自然に出る自分に、内心ちょっと驚きだ。

「えへへ、ありがとうございます……旦那さま♪」

 僕の言葉に、シズネは嬉しそうに微笑んでそう言った。

 正直言ってから少し恥ずかしかったけど、シズネのこの笑顔が見られたから良しとしよう……そんな気になれた。

 ……照れ臭いからさっきはスルーしたけど。

 桜ノ宮静音。

 クラスメートであり僕が所属している放送部の仲間で……そして、僕の恋人でもある。

 と、やっぱり宣言しておくことにする。

 そう、一週間前。

 あの日から、僕たちは付き合いはじめた。

 僕とシズネが付き合い始めてから数日は、姉さんもまだ割り切れないところがあったのかシズネに対してちょっとぎこちないこともあった。

 しかしそれも、土曜日にいきなりヒロコさんが『よしシズネ、もう恋人になっちゃったんだし、今日は泊めてもらってきな!』なんて無茶振りをして。

 さらにそれをうちの家族があっさりと快諾したために、何の脈絡も無くお泊りが成立して。

 結果的に、姉さんとシズネがまた、二人でも自然に笑い合えるようになっていた。

 母さん達があっさり承諾したのは、シズネが夜寝るのは姉さんの部屋、という条件をヒロコさんが付けてきたためでもある。

 つまりどっちかと言えば……姉さんとシズネをちゃんと話させるためにやったことなのだろう。

 もちろんそんな状況だったため、健全な男子諸君が期待するようなことは残念ながら何もなかったんだけど……でも、それはまた別の話だ。

 ちなみに夜に二人が何を話したのかは、実はまったく聞いていない。

 でも、僕はそれでいいんだと思っている。

 結局姉さんがそれで僕から離れるようなことは無かったのだし、逆にシズネと付き合っているからといって、僕も姉さんを蔑ろにするようなことは無いのだから。

 そしてシズネも、彼女として僕の傍で微笑んでくれている。

 付き合う前に比べたら、ちょっとスキンシップが多くなった気がするのは素なのかそれともヒロコさんの差し金なのかは判断に迷うところだったりするんだけど。

 それでも、今、僕の周りの人はみんな笑っていた。

 誰かがいがみ合うことだって無い。

 それは、僕が望んでいたことだった。

 ……まぁ一晩で仲が良くなり過ぎたせいか、姉さんが今朝みたいにシズネと組んで僕に悪戯をすることが増えたのが最近の悩みの種ではあるのだけど。

 でも、それもきっと僕にとってはむしろ日常なんだろう。

 受験で忙しいはずなのに僕に対する悪戯ばかりにチカラを入れている姉さん。

 同じく受験で忙しいはずなのにやたらと僕に抱きついては僕と実の妹であるシズネをからかって遊んでいるヒロコさん。

 相変わらず僕に優しく、メイさんに対してはちょっと(かなり?)鈍いキョウさん。

 こっちも相変わらずキョウさんにゾッコン、しかしそう言った発言はことごとくスルーされているメイさん。

 そして、いつも僕の傍で優しく微笑んでくれているシズネ。

 僕の周りの人は、こんなにも暖かく……そして、いとおしい。

 だから、僕はそんなみんなとの日々をこれからも満喫しようと思う。

 それが僕の……愛すべき日常なのだから。



ーFin.

これで本編は完結になります。

少しでも楽しんでいただけたのなら幸いです。

ここまで読んでくださった方、最後までお付き合いいただきありがとうございました!


……しかし、ここで終わってはあまりにも守口兄妹が出番少なすぎて不憫、ということで。

次回、オマケシナリオをやります。

それを以って、『門真一馬の愛すべき日常』を完結としたいと思います。

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