第01話:5月上旬、火曜日
*2011年12月26日に少し推敲、加筆修正をしました。
僕こと門真一馬の朝は、騒々しい足音から始まる。
僕の部屋があるのは、門真家二階の最も奥。
朝になると、生まれたときから知っている少女が、ドタドタと騒がしい足音を立ててそこへとやってくる。
ちなみにその音だけで、僕は既に既に覚醒させられている。
無論それで終わるわけではない。
足音はそのまま僕の部屋まで辿り着くとすぐに、追い討ちをかけるようにノックも無くドアを開け放って、中へと流れ込んでくるのだ。
そしてその後は自称130cm(4月の身体測定によると正確には128cm)の小さな身体で僕の上半身に飛び乗り、少し焼けた両腕で僕の肩をつかんで全力で上下に揺らし、僕を起こすために騒ぐ。
「ほーら、カズマ! もう朝だよ! おーきーてー!」
聞こえてくるのは、聞きなれた少し舌足らずな、鈴を鳴らしたような可愛らしい声だ。
……いや、音量的には鈴、という形容は正しくない。
どっちかといえば……ベルを振り回したような綺麗な騒音、の方が的確だろう。
うん、こっちの方がしっくりくる。ベルを振り回したような綺麗な騒音。
「うあ……」
そんなことを考えながら、僕は少女のいつも通りの起こし方に、いつも通りのうめき声で答えた。
そのまま目を開けると、見慣れた姿が僕の瞳に映る。
身長は前述の通り約130cm、肌は少し焼けた薄い小麦色で、元気で健康的、というのが一目でわかる。
顔も整っており、美少女、と呼んで差し支えないレベルだと思う。実際、別の事情もあるが学校でもかなり人気らしいし。
またそんな顔のパーツの中でも、特に印象深いのが勝気な感じを漂わせている釣り目だ。
その瞳は濁りの無い輝きが宿っていて、純粋そうな雰囲気を漂わせている。
髪は下ろすと肩くらいまでの長さがあり、普段は左右一対のリボンで縛られた――いわゆるツインテールにしていた。
リボンは日によって変えているようで、今日は無地の赤いものを付けていた。
少し記号的な表現をするなら、元気で可愛らしい小学せ……もとい。元気で可愛らしい少女、という感じだ。
「おはよう、カズマ!」
僕の目が開いたのを確認してから、その少女はいつも通りに元気良く、僕に朝の挨拶をする。
「うん、おはよう……」
僕も毎朝、僕を起こしてくれる少女……
「姉さん」
現在18歳で高校三年生である僕の姉、門真円に朝の挨拶をした。
挨拶が済んだら姉さんを部屋から追い出して、制服に着替える。
私立阿鳥学園高等学校。
それが僕と姉さんが通う高校の正式名称だ。
ちなみに男子の制服は普通のブレザー。
洗面所に行って鏡を見ると、ちょっと童顔気味(高校三年生でありながらよく小学生と間違えられる姉さんほどではないが)な顔が映った。
髪型も昔馴染みの床屋のおっちゃん任せで坊ちゃん刈りになっているせいか、なおさら子どもっぽく見える。
身長は170cmあるから実年齢である15歳、学年で言うと高校一年生未満に見られたことはないのだが、もう少し洒落っ気は出すべきかもしれない。
しかし面倒くさい、と思っているのが現状である。
顔を洗ったり歯を磨いたりしながら、僕はそんなことを考えていた。
それから姉さんと一緒に朝食を済ませて、二人で歩いて学校に向かう。
僕らが通う私立阿鳥学園高等学校、通称阿鳥学園について。
主な略称はアト学で、特色や特徴などは受験の時に貰ったパンフレットに書いてあった気もするが、特に覚えていない。
要するに、僕にとっては家から近いことだけが利点な普通の高校である。具体的には普通に歩いて15分。
「カズマ、そろそろ高校生活には慣れた?」
「うーん……まあ慣れたっちゃ慣れたかなあ」
いつもどおり、姉さんは他愛もない話題を振ってくる。
僕もいつもどおり、姉さんの会話に応じた。
「今日で入学してからちょうど一ヶ月だよね。クラスメイトの友達とか出来た?」
「出来てるよ。ってか、色々話してるだろ」
「まあそうなんだけどさ。なにか新しい話ないの?」
そう言われて少し考える。
というかぶっちゃけ無い。
そもそも、高校に入ってからはほとんど毎日姉さんと登下校しているのだ。
昨日あったことなら、昨日の下校時に話題にしている。
となると、真新しい話になりうるのは、以前に話し損ねたことくらいしかないのだ。
「んー……田中が授業中にケータイ鳴らした、って話はしたっけ?」
というわけで、ちょっと前のことで、話したかどうかがうろ覚えな話題を出すことにした。
ちなみに校則では、ケータイは校内での使用は禁止である。
といっても割と甘い教師が多いのか、休み時間ならだいたい見逃してくれる。
しかしさすがに授業中に鳴らしたりすると没収され、放課後まで返してもらえない。
もっとも、僕自身は没収されたことがないので聞いた話なのだが。
「えっと、確か着信音が黒電話だったせいか、ケータイの音だと思われずスルーされた、って話だっけ?」
「そうそう、言ってたか」
「昨日聞いたよー。あ、それで思い出した。昨日さ、カナちゃんが」
「カナちゃん?」
「うん、私のクラスメイトなんだけどね。その子もケータイ、うっかり授業中に鳴らしちゃってさ」
「ばれなかったの?」
思い出したと聞いてオチを予想した僕は、気付くとそう訊いていた。
「ん~……」
姉さんは少し考え込んでから、改めて口を開く。
「えっと、先生にはバレなかったんだけど……」
「よかったじゃ……けど?」
途中までで感想を言おうとしたが、語尾が気になってオウム返しにする。
「えっとね、その着信音が着ボイスでさ」
「着ボイス……ああ、台詞を着信音にしてるやつだっけ。ユーガッタメール! みたいな」
ちなみに僕の携帯の着信音はデフォルトの電子音だ。
「そうそう、そういうの。でもさ……それがなんていうの、どう聞いてもアニメのやつでさ」
「どう聞いても……って、どんなだったの?」
「なんか必殺技っぽかった。可愛らしい女の子の声で、スターライト・ブラスター!! とか聴こえてきた」
「……授業中にそんなん聞こえて、よくバレなかったね」
どう考えても授業中に発せられる台詞ではない。
「ああ……その子、その時は机に突っ伏してたからさ。『ね、寝言です!』って言いわけでごまかしてた」
「どんな寝言だよ……」
思わず隣の席からそんな寝言が聞こえてくる事態を想像する。
うん、僕なら迷わず突っ込む。
「それで『そうか、目は覚めたか?』とだけ言ってスルーする先生も相当なツワモノだとは思ったんだけどね……って、まあそうじゃなくて。それでその子、ケータイは没収されなかったんだけどオタクだってのがバレちゃってさ。クラスの……男子のオタクグループを毛嫌いしてた女の子達がどう接するか迷ってた。なんかぎこちなかったよ」
「へえ……姉さんも?」
姉さんがそんなことで人を嫌いになるとは思わないけど。
「まさか。ってか私も人のこと言えないし」
「だよねえ」
僕はあっさりと納得の意を示す。
そもそも姉さん自身、若干アニメオタクの気があるのだから。
なにしろ夕方の子供向けのものだけでなく、マニアックな深夜放送のヤツまで観ているくらいなのだから。
別に観るのはかまわないんだけど、うっかりホラー系を観てしまって、怖くなったからといって深夜三時頃に僕を叩き起こしてトイレについていかせるのはやめて欲しい。
「でも私は、それを言ってもオタク扱いされないんだよね」
不思議そうに姉さんは呟く。
「そりゃもちろん」
僕は一つの真理を語ってやることにした。
「高校生にもなってアニメが好きだ、って公言するのは少々違和感があるけど、姉さんなら見た目から言って違和感無い。むしろ相応し――いたっ!?」
言い終える直前くらいで、こめかみに激痛が走った。
どうやら姉さん必殺の、上段飛び回し蹴りを食らったようだ。
短いスカートで飛び回し蹴りなんて放ったわけだから当然、可愛らしいクマさんが丸見えになったが姉さんは気にする様子もない。
もっとも僕自身、いまさら姉の下着など見たって嬉しくもなんとも無いのだが。
むしろ身内として恥ずかしいからもう少し慎みというものを身につけて欲しいと思う。
というか、こめかみを爪先で貫かれたのが効いていて、その場にへたり込んでいた。
「誰が小学生ですって!?」
だが僕のそんな様子を気にも留めず、姉さんは怒りをあらわにして僕を怒鳴りつけていた。
「それは言ってない……けど下着だって可愛らしいクマさんだったじゃないかっ、それで自分が子どもっぽくないなんてよく言えるね!」
僕も感情に任せて怒鳴り返す。
こめかみへの一撃が効いていて、若干キレていた。
「なによ、やるの!?」
姉さんはそう言いながらファイティングポーズを取る。
その構えは両腕を垂直にあげて顔を守るような体勢で、しいて言うならキックボクシングのそれに近い。
しかし手首が前に曲がっているせいか、どちらかといえばなんか招き猫っぽくなってしまっていた。
「望むところだ!」
僕も構える。
こっちは特にひねりのない、あえて言うなら普通のボクシングのファイティングポーズだ。
姉さんは小さい身体とすばしっこさを活かして、確実に急所を貫く一撃必殺型の戦い方を得意としている。
だから懐に潜り込まれないようにある程度間合いを取れれば、リーチの差でこっちのほうが有利になる。
つまり、いかに近づかせないかが勝負の分かれ目となる。
それはわかっているのだ……いける! そう思いながら、姉さんとにらみ合う。
そして先手を取ろうと一歩踏み出し、姉さんに横薙ぎの手刀を当てようとした瞬間。
「おっはよう、二人とも!」
突然の襲撃者に姉さんもろとも抱きしめられて、身動きが取れなくなっていた。
「むぎゅう」
「わ、ひ、ヒロコさん?」
僕は思わず、僕らを抱きしめた人の名前を呼ぶ。
「そのとおり、みんな大好きヒロコさんですよっと。二人とも、朝から元気そうね?」
姉さんは顔がヒロコさんの胸に埋もれてしまっていて、まともに喋ることすら出来ないようだった。
桜ノ宮広子。
姉さんと同じく三年生で、僕と姉さんが所属している放送部の副部長だ(ちなみに部長は姉さん)。
豹のような妖艶で深みのある瞳と、綺麗と表現するのが相応しい整った顔立ち。
背は僕より少し高いくらいで、出るところは出ていて引っ込むところは引っ込んでいる、女性としては一つの完成型と言える理想的な体型。
髪型はショートカットで口調もどこか男っぽいのだが、色気のある声とついつい目がいく大きな胸で性別を間違われることはまずないだろう。
もう一度言うが、これで姉さんと同い年である。
正直僕も信じられない。なんというか両極端な二人だと思う。
「えっと、おはようございます」
ヒロコさんの乱入で戦意を失った僕は、ヒロコさんのホールドから抜け出しつつ挨拶をした。
「うん、おはよう! そして弟くんはちゃんと挨拶したのに、お姉ちゃんは挨拶しないってのはどういうことなの、マドカ?」
ヒロコさんは元気に返しつつ、相変わらず顔を胸にうずめたままの姉さんに話しかける。
「むぎゅー!」
姉さんが何か言っている。
というか、良く見るとヒロコさんの肩をタップしている。
凄く、必死そうに。
もしや、と思って僕はヒロコさんの顔を見る。
なんかいやらしい笑みを浮かべていた。
……ああ。つまりヒロコさん、姉さんで遊んでいるのか。
こんな時、弟として僕がとるべき行動は一つだ。
「じゃあヒロコさん、僕、先に行きますね」
迷わずエスケープ。
ほら、昔から触らぬ神に祟り無しって言うしね。
「待った」
しかし止められてしまう。
「なんでしょう」
僕は迷わず、心底嫌そうに返した。
もちろん嫌な予感しかしないからだ。
「お姉さんが苦しんでるみたいだけど、放っておいていいの?」
僕の予感通り、ヒロコさんは挑発するような目で僕に面倒なことを言ってくる。
「じゃあ放してあげてください」
ため息混じりに僕はそう返す。
すると、ヒロコさんはニヤリ、という嫌な笑みを浮かべて。
「ど・こ・か・ら?」
なんてことを、無駄に色っぽく、わざわざ僕の耳元で囁きやがった。
どうやらヒロコさん、中学を卒業してすぐのいたいけな男子高校生に、女子高生に面と向かって「胸」と言わせたいらしい。
こ、このセクハラ野郎め……いや野郎じゃないけど。
「……む、ねから……」
なんだか恥ずかしくなって、顔を逸らしながら言う。
「きこえなーい」
そんな控えめな僕に、ヒロコさんは凄く愉しそうな調子で返した。
ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!
「ヒロコさんの、む、胸から姉さんを放してあげてください!」
半ばやけくそ気味に言い放つ。
「はーいはい、っと♪」
それを聞いて満足したのか、ようやくヒロコさんは腕のチカラを解いて姉さんを解放する。
「きゅう……」
どうやら息すら出来ていなかったらしく、姉さんが目を回していた。
「はっはっは、うん、やっぱ君ら姉弟はからかいがいがあるねえ」
嬉しそうに言ったヒロコさんをとりあえず睨みつけておく。ヒロコさんはいつもこんな調子だ。
「カズマもわざわざ、胸、って言ってくれるし。『腕』って言えばいいのに」
そしてすぐに視線を逸らした。
自分でも顔が赤くなっているのがわかる。
くそう、ヒロコさんが普段エロいことばっかり言ってるから、どうしてもそっちに意識が……ッ!
さらに僕の考えていることもお見通しらしく、ヒロコさんはまたニヤニヤといやらしい笑みを浮かべていた。
「さてと、じゃ今朝はこの辺にしておくかな。じゃあ二人とも、また部活で!」
それで満足したらしく、ヒロコさんはそう言い残して、あっさり行ってしまった。
僕はその後、少しふらついている姉さんを軽く介抱してから学校まで走ったのだった。
一限目終了後の休み時間。
「おはようございます、カズマさん。お疲れのようですね?」
自分の机に突っ伏して、だらーっとしていた僕に、声がかけられる。
のんびり弾いたピアノのような、聞いているとどこか落ち着く綺麗な声だった。
「おはよう、シズネ」
僕は声の主の名前を呼びながら、ゆっくりと身体を起こす。
顔を上げて、声の主を見る。
そこには、姉さんともヒロコさんとも違う雰囲気を持つ少女がいた。
桜ノ宮静音。
身長は僕より拳一つ分くらい低いのだが、髪は長く腰辺りまでで、ストレートにしてある。
艶があって、さらさらで綺麗な黒髪なので、そのシンプルな髪型はむしろよく似合っていた。
顔の特徴としては、少し眠そうなたれ目と、銀縁の眼鏡。
さらに標準装備の笑顔が朗らかな雰囲気をかもし出していて、一緒にいるとなんだか落ち着く。
これでヒロコさんの妹だというのだから驚きだ。
「駄目ですよ、カズマさん。夜は早めに寝ておかないと、翌日が辛いですよ?」
「いや、別に夜更かししたわけじゃないんだけど……」
ぐったりしているのは貴女の姉が原因です、とは思っても言わない。
「そうそう、マドカさんに勧められて深夜3時くらいにやってるアニメを観てみたんですが……けっこう面白いですね」
「ちょっと待て、さっき自分が何を言ったか思い出すんだ」
思わず突っ込む。
対するシズネは何がおかしいのか気付いていないようで、不思議そうに首をかしげていた。
その仕草は可愛らしいのだが、それを堪能するより先に僕は前言を一つ撤回しておこうと思う。
シズネは落ち着きがあって優しいという、1つの『理想の女の子』を地で行っているような節があるのだが、いかんせんマイペースすぎて会話のキャッチボールが成立しないという目を瞑りがたい欠点がある。
つまりまともに会話していると疲れるのだ。突っ込む点が多すぎて。
「それにしても……最近は、下着を着けないのが普通なのでしょうか」
「は?」
ああ、またシズネさんが何か言い出した。
「昨晩観ていたアニメで、角度的に下着が見えているはずの場面があったんですが、肌の色しか映っていなくて」
……なんて説明したらいいんだろう。
っていうか、僕も姉さんに誘われてたまに観てはいるんだけど、興味無いやつは流し見だったりウトウトしながらだったりするのであまり詳しくはない。
姉さんに聞いたら詳しく語ってくれそうな気もするんだけど。
ってかシズネさんどこを見てるんですか。やっぱりこの人、ヒロコさんの妹だ。
「えっと……」
「そうそう、昨日のお夕飯なんですが――」
「おおーい!」
返答を迷っている間(数えてなかったけど多分十秒未満)に次の話題に移ってしまった。
まあ答えも思いつかないしいいか。
そのまま相槌という名の突っ込みを返しながら、僕は楽しくも疲れる休み時間を過ごしたのだった。
そんな感じで午前中の授業が終わり、昼休み。
他のクラスメイトたちが弁当箱を開いたり購買や食堂に向かって走り出す中、シズネも僕に声をかけてくる。
「参りましょうか、カズマさん」
「うん、行こう」
簡潔に返す僕。
どこになんて聞き返す必要は無い。
行き先は、既に決まっているから。
そう。
僕と姉さんと、ヒロコさんだけでは無い。
シズネもまた、放送部のメンバーなのだ。
――続く。
初投稿作品、いかがだったでしょうか。
楽しんでいただけたのなら幸いです。