春休みの深夜アニメ
『どうすればいいのよ!』
『フッ、貴様の調理法など五万とあるわ。さあ観念しな』
『メロル! 新しい武器よ!』
『ようやく届いたのね。まったく、いつまで私を待たせば気が済むのよ』
『ツベコベ言わずに受け取りなさい』
コイツが居候して三日目だ。親は春休み初頭から温泉旅行のはずだったが、偶然にも北海道に住む親せきと同じ旅館で出くわし、懐かしさから北海道に進路を変更し、結局春休みの間は帰ってこないらしい。 もう好きにしてくれ、これで会社クビになってもしらねぇから。
それから兄貴は最近、残業続きで朝帰りが基本になってきた。体の方が心配なところだが、もしや残業以外に目的があるのでは? と疑問に思っても仕方がない。まあいい歳の青年なんだからな。
『ま、まさか新しい武器があったとは!』
そしてこっちは、他人の家のリビングにあるソファで堂々と寝そべり、今季のアニメ「メロる?でメロル!」を見ているのが、結構自分の時間を取るようになったパスだ。もうこの家の住人のように部屋にあるモノを使いこなしている。
『って、何この武器!? 大きくて太くて、形も変だし、何か気持ち悪いわよ!』
そういうことで、ここ最近は俺とパスしか家にいないという状況だが、決して世間の男子が顔を赤くするようなイイことは起こってないぞ。むしろ自由を奪われてるんだからな。
「あぁーー! ここでエンディングゥ!? せっかく今週からはリアルタイムでツイートしながら見れると思ったのに……」
「いやシッカリ見てたじゃんっ! しかもそれ来週で最終回だろ?」
「あら、よく御存じですね。まさかあなたも興味があったとは……」
「ねーよ!」
ほんと、仕事の時とプライベートの時の差が激しいな。これって二重人格なんじゃないのか?
「そう言えば、そろそろ何かコツ掴めました?」
パスはアニメに夢中で食べることを忘れていたポテトチップスを、再び口に投げ込み始めた。
「何のだよ?」
「何のって、チートに決まってるじゃないですか!」
コイツ、何も俺に教えてくれねェくせに上から目線かよ。第一、どうして短パンにスポーツブラジャーみたいな薄い服装なんだ? お前は俺の妹か姉かよ。もう少しは抵抗とか感じてくれ、俺のために!
「まぁ、いざって時に困るのはあなたですからね」
ピピピピピピィ……
「着信だぞ」
音の発信源は彼女の手首にはめてあるMSCからだ。
「よし、仕事が来たわ」
(通信機能もついていて、あれって時価総額いくらぐらいなんだろう?)
「一機当たり大体三十五万円よ」
「それって、だいたいどれぐらいの機能があるんだ?」
「さっき調べてみたら、基本搭載機能はざっと五千はあるらしいわ」
(五千って、これ開発した奴は変態以外何者でもないな……)
「何を言ってるの? これはラブ・ストーリーが開発したのよ」
「……今のは聞かなかったことに」
「聞いてしまったものを聞かなかったことにすることはできないわ」
「頭の固い奴だなぁ。んで、仕事って?」
「二十分後の、午前二時二十分ごろにこの近くの交差点で通り魔事件が発生する予定。犯人が犯行する前に確保せよとのこと」
「証拠は?」
「挙がってるわ」
ここ二、三日で仕事の仕組みも大体わかってきた。まずは彼女のMSCに依頼の連絡が届き、その依頼を遂行し、最後に報酬を受けるっていう感じの、まあよくゲームとかであるクエスト形式のようなものだ。
本来は全社員が三十五万円らしいMSCを腕に付けているため、依頼内容は直接社員に届くものだけど、唯一MSCが無くてもチートを発動できるらしい俺には渡されていないってわけだ。
俺だけMSCが無いのもあれだけど、個人的には一度はめてみたくてパスにお願いしたが、速攻で断られた。MSCに関しては完全に俺には関わらせたくないらしい。
それから依頼の報酬は金銭的なモノじゃなくて、新しいチートコードをもらうことだ。が、勿論、MSCを持っていない俺は今のところタダ働き状態だ。
「さ、とっとと捕まえて世間に公表して、一生オモテの世界に戻れないような晒し方をしましょう」
笑顔で玄関に向かうパス。
(残酷だなぁ……って!)
「お前、そんな薄着で外に出るつもりか?」
「悪いかしら?」
「いや悪いとかじゃなくて、場合によっては俺がオモテの世界に戻れないような誤解を生んでしまうんだが……」
「……致し方ありませんね」
彼女はそう言うと、MSCに何らかの服装を着せるように命令した。
これも基本搭載機能のうちの一つ「拡張現実技術」の応用らしい。
ちなみにこの時に着る服装は、服を映像化して視覚的に服を着ている様に見えさせるだけのようで、実際には今着ている短パンとスポーツブラだけだ。簡単に言うと電子的な服装ってとこか。
この腕輪だけ現実感がない近未来を表現している。時価総額が三十五万も少なすぎるのかもしれない。
「これで問題なし! さ、少し出遅れたけどさっさと行きましょう」
(問題なし、か。俺は今たくさんの問題を抱えているというのに、コイツは気楽でいいよな)
「いつも気楽そうな顔をしているあなたにどのような問題がありまして?」
彼女は依頼にそぐわないブーツを履きながら、俺の心を読んだ。
「そうだな。例えば発動したことのないチート能力を発動しろとかさ。兄貴は何とかなるとして、親が帰ってきたらお前のことを何て話せばいいかとかさ。とにかく、ここ最近で俺の周りが一気に変化して、順応性の低い俺はエラーばかり表示されてるんだよ」
俺ってば何熱くなってるんだか。こんな愚痴みたいなものをコイツに言ったってな。
「まあ、その時に考えればいいことでしょう。チートのことも近いうちに使えるようになるし、今いない両親のことを考えても意味ないでしょ」
(まあそうだけど)
「それとも何? こんな非現実な世界は望んでなかったっていうの?」
「別にそう言うわけじゃ……」
俺はその問いにちゃんと答えられなかった。日常の時は非日常の世界を憧れていた時もあったかもしれないが、それは俺の夢物語だったからだ。本当の非現実世界がここまで現実的だったのは予想外だ。俺の夢物語と一致していたのが、俺が唯一の存在っていう設定ぐらいだ。
「それに……私にとってあなたは大切な存在なの」
(……?)
パスは突然意味の分からないことを言ってきた。意味を訊こうとしたが、なんとなく俺の心に恐怖心が芽生え、いったん躊躇した。
しかし、そんな葛藤を吹き飛ばすぐらいの出来事が起こった。
「ただいまー……って、あれ?」
玄関のドアが開き、兄貴が帰ってきたのだ。
「お、おかえり……兄貴」
「えーっと、この子は?」
(いきなり問題発生だよ!! 取り敢えず、一から説明するか。嘘で誤魔化すか決めねぇと)
「コイツはその……」
「ま、まあお前も高校生だしな。そんな年ごろだろうから俺は何にも言わないが――」
「そんなんじゃねェ!」
その時、またしてもパスの腕輪にはめているMSCから音が鳴り響いた。
「時間をつぶし過ぎたようね。あと十分しかないわ! 今説明してる暇はありません」
「すまん兄貴! 帰ったらちゃんと説明するから」
兄貴はなぜか、すべてを察したように笑顔で俺の肩に手を置いた。
「無茶すんなよ」
「あぁ、分かってる」
パスが先に家を出て、俺も彼女を追うように家を飛び出した。
(兄貴は何が言いたかったのだろう?)
玄関での兄貴の言動が、今までで一番気持ち悪かったのは思わなかったことにしよう。