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チーターの仕事  作者: 飛守 ツヨシ
第一章
3/9

春休みの終わり

 長かった春休みが終わろうとしている。明日……じゃなくて、今日からは新学年が始まろうとしている。

 俺の部屋の一部を占領するベッド。リゾートホテルや大豪邸とかにありそうなフカフカで心安らぐそれ、とまでは勿論いかないが、しかし、今の俺の身体を癒してくれるには十分すぎる性能を持っていた。

 時には悲しみの涙を流し、怒りの拳をぶちまけ、笑いの雄叫びを聞かせてやったこのベッドへの愛着も、例えこのベッドの傷や汚れを全く完璧に一寸の狂いなくそのままコピーしたベッドを並べられ、俺に選択のチャンスを与えたとしても、俺はこのオリジナルのベッドを選ぶことができる。

 そこにはオリジナルとコピーの間に、決定的な物理的違いを一生懸命探すとか、そういった考えでなく。愛着とか、そういった俺しか通じるものがない魂みたいなものを、このオリジナルのベッドと共有できるからだ。

 それはこの夜中の三時、電気を付けずにいるこの俺の暗晦に包まれた部屋にあるものも同じだ。最近買ったもの、物心がつくころからあったもの。そのそれぞれに、それぞれの、俺とだけの愛着ってのがある。

(やばいな……)

 こうゆっくりと自分のベッドに横になるのがあまりにも久しぶりすぎて、俺はベッドの下に隠してある、とある雑誌を、胴体を動かさず右肩から右手指先を使って、大体の定位置を探るようにした。

(あれ……?)

 しかし、確かに日常のころにあったはずの雑誌が無くなっている。体を起こして実際に確認してしまえば早いことだが、何度も言うようにこの疲れ切った身体を動かすほどの余力はほとんどない。

(兄貴に盗られたか?)

 そもそもあの雑誌は兄貴の部屋から勝手に盗み出したものだ。俺が“盗られた”と言える筋合いなんて微塵にもないが、ただ今の俺を収めるには、あれは無くてはならないモノである。

「今から奪いに行くか?」

 午前三時だ。いたって普通の人間ならば、それはレム睡眠の真っただ中か、少なくても起きている時間ではない。勿論、試験前だとか夏休み最終日の八月三十一日だとか、そういった特別な日を除いてだ。

 しかし今日は四月七日、あと数時間で学校に行かなくちゃならない。もしかしたら今この日本中のどこかで、春休みなのに課題を出す教師を恨み、楽しく過ごした春休みをいつものように後悔しながら課題をこなしている学生がいるかもしれないが。

(兄貴はすでに社会人だ。明日もいつものように仕事が待っているはずだし……)

 ほんの少しだが希望を持てた。いや、それ以前に例えばこの疲れ切った身体をどうやって動かすだとか、色々と問題は残っているが、とにかく暗闇の向こうに光るような点を見つけることができた。

 しかしその光は、よく象徴される白とか黄色とか、何か神秘的な要素を含んでいそうな光でなく、太陽のように紅く、ビー玉のように透き通った世にも不思議な光だったが、俺はその正体を知っている。

 その光を見ていると、俺の心の全てが覗き込まれているような感じだ。すべてを見透かしたようなその光の正体は、一人の少女の瞳であった。

(なぜコイツがいる?)

 俺はベッドの横にいるその少女の存在を疑問に感じた。

「私がいる理由はこの前にも言ったはずです?」

 これだ、この瞳を見ると実際に俺の心を見透かされているようなんだ。口に出さなくてもコイツは聞き取れる、聞くことができるんだ。しかしそんなことを答える前に、なぜ人の家の、人の部屋に突如として出現する? いや、その出現方法は知っているが、なぜ目の前に現れる必要があるのだ?

「私がいる理由は、私があなたの上司であるから」

 この孤独を感じるような声、白色の艶やかな髪、身長は150センチメートルほどで小枝のような四肢。彼女を例えるなら幽霊というべきか、妖精というべきか、とにかくこの世のものではない小さな幼女と言えるだろう。

 そしてこんな幼女であっても、俺はコイツの部下であり、コイツは俺の上司である。

「さっきからコイツコイツと失礼しちゃうわね」

「何で俺のプライベートの空間にまでオマエが入ってくるんだよ!」

「決まってるじゃない。それはあなたが私の部下であり、いつどこであるか分からない依頼に瞬時に対応するためよ。それから私の事はパスって呼びなさい」

 “パス”これが彼女のコードネームであり、呼び名でもある。

「心配しなくって。さっきまであなたの考えていたことは、情報ネットワークの禁止事項に抵触するから公開することもないわ。だから気にせず続きでもしなさい」

 こんな幼女が目の前にいながらさっきの続きを続けるとか、ロリコンでない俺がどんな努力をしても考えられないことである。

「とにかく、俺はもう寝る。お前は?」

 少し吹っ切れたようにして、俺は暗闇の中に灯る瞳を睨んだ。しかし、その瞳から得られるものは空虚の感情か、単なる無表情か。そんな眼差しであった。例え紅くても、熱血とかいうそんなしょうもない思いはコイツには無いんだろうな。

「私はずっとここにいるわ」

 その言葉に安心したわけじゃない。パスがずっと隣にいられると寝付けないんだが、と真っ先に考えたはずなのに、俺はそんな彼女に棘となって反抗できるほど反抗心を抱いているわけではなかった。

 むしろ、本当の俺を知る唯一の存在なのだと思ってるからだ。

「……ならいいけど」

 俺が選ばれた理由にはもう一つ、決定的な理由があった。それは他人が聞けば、なぜそれを先に言わなかった? と突っ込まれそうなことであるが、俺もそんな能力があるだなんて日常では知らなかった。

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