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『赤い靴を履いた少女』

作者: 雪見もち子
掲載日:2026/08/20

 ある日の夜のこと。

 少女は、自分の部屋でベッドに寝転んでいました。


 部屋には、木製のアンティーク調のテーブルと衣装棚。

 天蓋のついたベッドの足元には、ふかふかの絨毯が敷かれていました。


 ベッドの上には、少女のお気に入りの動物たち。

 そして、高さのある二つの本棚には、色とりどりの絵本がずらりと並んでいました。


 少女は、童話が大好きでした。

 ふかふかの枕に頭をのせ、本を読んでいました。


 タイトルは『赤い靴を履いた女の子』。

 少女は眠る前になると、毎晩その絵本を開きました。


 何度も何度も、読み返した大好きな絵本。


 けれど、その夜。

 少女は、ふとページをめくる手を止めました。


 赤い靴を履いた女の子は、たくさんのお友達と楽しそうにお話をしていたのです。


 少女は、人とお話をすることが少し苦手でした。

 大勢の人がいるところへ行くと、緊張してしまいます。

 なので、お友達はあまり多くなかったのです。


――けれど、少女は寂しくありませんでした。


 少女には、空想の世界があったからです。

 少女は、また絵本のページをめくりました。


 そして、その日の夜も眠りに落ちるまで、少女は物語の世界にずっと浸っていたのです。


◇


 ある日の昼下がり。

 少女は、お母さんと一緒に街へ出かけました。


 いつもなら絵本を読んで、お部屋で過ごしている少女。

 けれど、その日は違いました。


 少女には、欲しいものがあったのです。


 それは、赤い靴でした。

 お母さんと一緒に靴屋さんへ行きました。


 けれど、お店には少女に合う大きさの靴がありませんでした。

 別のお店を探しても、赤い靴は売り切れていました。


 少女は悲しくなりました。


『また今度、探してあげるから』


 お母さんはそう言って、少女の頭を優しく撫でました。


『いつか、必要になった時にあなたの目の前に現れるわ。それが今じゃなかっただけ。だから、泣かないで』


 少女は涙をこらえ、小さく頷きました。

 お母さんの手は、とても温かかったのです。


 その温もりは、少女の小さな胸まで、ぽかぽかと温めてくれました。


◇


 ある日の朝のこと。

 少女は、水色のワンピースを着ていました。


 ふわふわと広がるスカート。

 その上には、白いエプロンドレス。


 それは、少女が大好きな物語の中にいる女の子と、よく似た服でした。


 少女は姿見の前に立つと、くるりと一度、回ってみました。


『女の子はオシャレが好きだと言うからね。どうだい? 気に入ったかな?』


 お父さんの優しい笑顔が、少女の頭に浮かびました。

 少女が嬉しそうに口元を緩ませた、その時でした。


 少女は、鏡の中がおかしいことに気がつきました。

 そこに映っているのは、少女の姿ではありません。


 優しいいろどり。

 穏やかな陽だまり。


 まるで、物語の中に入り込んでしまったような世界です。


 そう。

 鏡の中には、森がありました。


――どきどき。とくとく。


 少女の小さな心臓は、いつまでも鳴り続けています。

 白い手で胸をぎゅっと握りました。

 そして、少女はうっとりと、ため息をこぼしました。


 こぼれ落ちてしまいそうなほど大きな瞳。

 その瞳はきらきらと輝き、鏡から一度も離れませんでした。


 一歩。

 また一歩。


 少女の黒い靴が、鏡へと近づいていきました。

 そうして少女は、鏡の中をそっと覗き込んだのです。


 そこには、木々の間をすり抜ける白いうさぎがいました。

――まるで、お母さんが買ってくれたぬいぐるみのよう。


 青い羽根を持った小さな鳥も飛んでいました。

――それは、お父さんが買ってくれた絵本の中の鳥のよう。


 くるくる。

 鏡の中の世界が変わっていきました。


 くるくる。

 森が消え、また別の景色が現れました。


 またたく間に、いろいろな世界が映し出されていきました。

 少女は、一度も目を逸らさずに、ただ黙ってじっと鏡を見つめていました。


 そこには、きらきらと光る海もありました。

 ゆらゆら揺れる、小さな魚たち。

 ぷかぷか浮かぶ、くらげ。

 そして、海の中をゆっくり泳ぐ、大きなクジラ。


 少女は夢中になって、その世界を眺めていたのです。


 けれど、その時。

 ふと、景色が切り替わったのです。


 そこは、先ほどまでの景色とはまるで違う場所でした。


 真っ暗な部屋。

 ぽつんと置かれた、茶色い猫足の椅子。

 その椅子だけを照らす、ひとつの明かり。


 そして少女は、目を丸くしました。


 椅子の上に――赤い靴があったのです。


 少女は声を出そうとしました。

――けれど、声は出ませんでした。


 ぱくぱくと口を開きました。

――それでも、言葉になりませんでした。


 少女は自分の喉に触れました。

 もう一度、声を出そうとしました。


――けれど、もうどうでも良くなったのです。


 目の前にある赤い靴。

 少女は鏡に向かい手を伸ばした、その時。


――ぽちゃん。


 それは、水面に小さな雫が落ちたような音でした。

 その音に、少女はふと、足を止めました。


――けれど、もう、どうにもならなかったのです。


 少女の腕は、鏡の中に吸い込まれていたのです。


 そして――。


――コトン。


 小さな物音が少女の部屋に響きました。


 けれど、少女の部屋には誰もいませんでした。


 ただ一つ。


 鏡の前には、黒い靴が片方だけ落ちていました。


――鏡の向こうには、赤い靴を履いた少女が映っていたのです。

童話とホラー、そして幻想が好きな作者による、

大人向けの童話風ホラーでした。


お読みいただき、ありがとうございました。

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