私が侯爵です
以前書いていた悪役令嬢転生もの。冒頭で物語が終わる感じを書きたかったです。調子良ければっもっと賑やかにしていきたい。
私が最期に見たのは、赤い色
「おはようございます、リアンナ様」
「おはよう、マリンカ」
目を覚ますと隣に控えていたらしい侍女が紅茶を用意してくれる。
それを受け取る私の手はぷくぷくと小さく丸みを帯びていた。
リアンナ・ヴィシリー
現在の私の名前である。ヴィシリー侯爵家の一人娘。
少しきつい印象を与える紫色の瞳と紫色の髪は母方の一族譲りだ。
性格もきつく、異母妹をいじめ倒して最後は似非中世ヨーロッパな世界観らしい斬首刑で幕を閉じる。
そう、私の『前世』でよく見ていた漫画原作アニメ、「淑女は薔薇を添えて」のメイン悪役と同姓同名なのだ。なんなら髪の色も町の名前も一緒だ。
二次元に転生なんて、この世界のこの役割じゃなければもろ手を挙げて喜んだかもしれない程度に漫画やゲームを嗜んでいた私だが、だからこそ声を大にして言いたい。何故こうなったんだ、と。
侍女のマリンカに着替えを手伝ってもらい、食卓につく。
どこかのホラーゲームでぐるぐる回ったことがあるあの長いテーブルほどではないが——あのテーブルどんだけ長かったんだろう——広いテーブルには私だけ。
最初に異母妹の話をしたが、つまりはそういうことだ。
父は別の女性に入れ込んでおり、それをよく思わない母とは顔を合わせない。
母も母で父をつなぎ留められない娘に興味はなく、私はいつも一人で——使用人たちを除いて——生活しているのだ。
父が入れ込んだ相手がいわゆる庶民なのもよくないし、正妻より優先しているところも母にしてみれば業腹というやつだ。
母は私を優秀に育ててこちらを見てもらおうとしているようだが、漫画の内容を思い出す限り父は「素朴で純粋無垢で可愛らしい」異母妹の方がお好みなのだ。
うん、元々可愛げはなかったし成長しても異母妹をいじめ倒すような性格になるリアンナ。
さらに別の人生を思い出してしまっているからね、実年齢レベルのかわいらしさは存在しない。
前世もそれなりに生きたからなあ。
あ、でも新発売のゲームを買った記憶がないから発売日前に死んだんだな?
それだけは心残りだ、心残りすぎる。ずっとシリーズを買い続けてきたのに。
それは、私的によくないがまあ置いておこう。
問題は、この後の事だ。
ここがあのアニメまたは漫画の中だとすると、母は死ぬ。
母が死ぬから父は異母妹である異母妹と愛人を連れてこの家に入ってくるのだ。
それに対してリアンナはもちろん激怒する。
自分と年の近い異母妹。父に愛された異母妹。自分を愛さない父。すべてに怒りを覚えるのだ。
そして異母妹を虐める。物は隠すし足はかけるし嫌な噂は流すし使用人たちに根回しするし。
しかし、あのアニメで異母妹を苦しめるのはそれだけではない。
侯爵家とは名ばかりの資産と、それを考えずに散在するリアンナの所為で生活は火の車。
異母妹はその所為で脂ぎった中年公爵と婚約させられたりするわけだ。
しかしその公爵家の薔薇園で運命の出会いをする――というのがあらすじ。
メインヒーローは公爵の歳離れた弟でリアンナが無理に婚約者になった相手。
略奪愛とか姉妹同士のキャットファイトとか、昼ドラみたいな展開だった。はやりだろうか。
今のところ、私の性格以外は原作に向かって忠実に進んでいる。
父は家にいないし話を聞く限り外に作った愛人のところにいるらしい。
母が倒れたのはつい最近、まだ原作が始まる前の時間軸だ。
私にとっては好都合。
まだ母が死んでいないのだから、父が彼女たちを家に連れてくるまでには時間がある。
その間、何をするのか。
「マリンカ、お願いがあるの」
にこりと笑う私に、忠実で優秀な侍女は何も言わず頭を下げた。
「ありがとう、リアンナ。私のただ一人の子」
それが、母の最期の言葉だった。
母の最期は原作とは違った。
原作では発狂したとしか思えないほど苦しみ、娘に自分の呪詛をすべて継がせるのだ。
自分が苦しんだのはお前の父親の所為だ、あの男の愛人の所為だ、その子供の所為だ、そう何度も言い聞かせて。
そうでなくとも自分の家族を壊した——元々母側からの強引な結婚ではあったが——彼女たちを憎んでいたリアンナはその憎悪をたぎらせる。
家の資産を食いつぶすのだって、結局はそれが原因のようなものだ。
原作で断罪されるリアンナを助けるための最初の一歩、それは私の心を守ることであった。
それは母を支え、母に現実を理解してもらい、母に私を個人として見てもらうことでもあった。
難しいというか、ほぼ無謀なことであったし、正直無理だろうなと思いながら動いていたわけだが、ここで意外な援軍が登場した。
「リアンナ、お疲れ様」
「ソールフェン様、ジェシカ様。本日はありがとうございました」
私を労わる様に声をかけてきた男に頭を下げる。
母と同じ年代の彼は隣に同じ年齢の女性を連れている。
彼女はジェシカ・グリーバウル。母、ジェイアンヌ・ヴィシリーの実妹であり、夫のソールフェンとともに母の説得と看病を手伝ってくれた恩人だ。
母の結婚に関するもろもろで疎遠だった彼らが手伝ってくれたのは善意や兄弟の信愛という綺麗ごとだけではなかったが、それでも母と私という閉ざされた空間に外から好意を持って入ってくれる存在には助けられた。
母も、社交界の話や幼いころの話で心の余裕を取り戻したのか、自分を冷静に見つめなおせたのか、私と向き合い、親子としての会話ができるようになった。
「これから、どうするんだい?その、あまりこういう話を今したくはないのだが……」
「いいえ、ソールフェン様。親愛をこめて叔父様とお呼びしてもよろしいでしょうか」
「ああ、もちろんだとも」
私の言葉に嬉しそうな顔をするソールフェン様、改め叔父様は貴族らしい欲だのなんだのも持ってはいるが基本的にお人よしだ。
そうでなければ、交流を一方的に絶って久しい妻の姉の娘からの連絡など無視してもよかっただろうに。
「母は私にたくさんのものを残してくださいました。もちろん、良いものも悪いものも含めて。私は、それを立派に受け継ぎたいと思っております。——母の子である、私が」
その言葉に二人とも嬉しそうに頷いてくれた。
「アンヌも喜ぶわ。私たちにできることは何でも言ってちょうだいね」
「本当は叔母様にすべてお任せすることが正しいのでしょう。ですが、私は」
「いいのよ、私はすでに嫁いだ身ですもの。私ではアンヌの願いをかなえられないわ」
「ジェシカ叔母様……」
優しく笑いながら抱きしめてくれる叔母様と、その隣で頷いている叔父様に私も笑みを返した。
慣れていないそれは、ぎこちなくなってしまったけれども。
「リアンナ、話があるんだ」
「——お父様。いかがされたのです?」
ノックもなしに書斎に入ってくる父にため息を飲み込みつつ返す。
部屋にいるのが感情豊かなマリンカではなく、無表情なその兄のモルドガでよかった。
母の葬式当日にひょっこり顔を出し、終わったらすぐにいなくなった父を『父親』として見るつもりはなくなっている。
便宜上父と呼んでいる、というような状態だ。
その父は私の心が読めるはずもなく、真剣な顔で私を応接間に呼ぶのだ。
「仕事があるのですが」
「すまない、だが人を待たせていてな。それに、その仕事は家の主がするものだ。留守にしていたのは悪かったが、リアンナがやる必要はない」
「……は?」
何を言ってるんだ、という顔をしてしまったが気づいていないようなので仕方なくついていく。
いや、これは好都合かもしれない。どうやって話をつけようかと思っていたものを片付けられるのだ。
応接間にいたのは父とあまり歳の変わらない女性だった。
服装はとても侯爵家の客人には見えないみすぼらしい、失礼、庶民的なもの。
それでも一張羅ではあるのだろう、継ぎ跡はない程度のものだ。
年齢からすると美しい彼女の隣に座った父にやはり来たか、としか思えない。
そう、彼女が異母妹の母、父の愛人なのだ。
「リアンナ、こちらはシェリナ。私は彼女と再婚するつもりだ」
「シェリナと申します」
ぎこちなく頭を下げる彼女と満足そうな父。
それを見た私は一度目を閉じ、口を開いた。
「まあ!おめでとうございます、お父様」
それはもう大喜びであると示してだ。
そんな私の反応は予想していなかったらしい父とシェリナは驚いた顔をしていた。
しかし父はすぐにうれしそうな顔をする。
「そうか、喜んでくれるかリアンナ!」
「ええ、見れば、この言い方は大変失礼かもしれませんが、シェリナ殿は貴族階級にはないご様子。その身分の方との再婚を決意するのは難しかったでしょう。それでも、お父様の決断をお祝いさせていただきますわ」
「ありがとう、リアンナ。シェリナには娘もいてな、きっとリアンナとも仲良くなれる。明日、さっそく連れてこようと思うのだが」
「それには及びませんわ」
父の言葉を笑顔のまま遮る。
え、と驚いた顔をする父を見て笑いが止まらなくなりそうだがそれは抑える。
「なぜ驚かれるのです、お父様。貴女はシェリナ殿との再婚を、つまりは市井に下ることを選ばれたのでしょう? 貴族たる私とシェリナ殿の娘が顔を合わせる機会はこれから一度もありませんもの、不必要ですわ」
「な、なにを言っている! この家の主は」
「この家の主は母、ジェイアンヌ・ヴィシリーでしたわ。そしてその先代当主から直々に指名を受けましたの、私。継承権第一位の私が継ぎ、その補佐として実妹であるジェシカ・グリーバウル並びにその夫ソールフェン・グリーバウル伯爵を任じられ、ヴィシリー一族からも認められております」
驚いた顔の父に、何を驚いているのだと呆れてしまう。
そもそも、この国では女性の継承権が認められている。とはいっても、男が生まれなかった場合に限るが。
母は男兄弟のいない長女であり、次期侯爵としての権力をもって父を手に入れた。
そうやって望まぬ結婚を強いられたのは可哀想かもしれないが、そんなものは貴族として当たり前だ。
貴族は家と結婚する。貴族だけじゃない、市民だって結婚に関することは親の権限が強いのだ。
だから結婚後に愛人を持つことは許されている。貴族は特に、勤めさえ果たせば家を食い尽くさなければその後は多くの者たちが愛人を囲う。
ほとんどの場合は家の使用人や別の貴族の既婚者。
時々、父のように市井のものに手を出す者もいる。
父の行いは間違ってはいない、だからそれに対して嫉妬に狂った母の方がこの世界ではおかしいということになる。恋愛結婚ですらないのだから当たり前だ。
だが、そこに継承権の移動はあり得ない。
父はあくまで配偶者でしかない。実家の爵位である子爵位も結婚して家を出た今、存在しない。
『侯爵の夫』である父は、貴族であり続けたいのであれば未亡人であり続ける必要があった。
その中で愛人と懇ろであっても誰も文句は言わないのだ。それが貴族としては正しい選択だ。
父は、間違った選択を選んだ。しかし考えてみれば愛のためにすべてを捨てるという恋愛小説であれば素晴らしい選択ではないだろうか。
シェリナはそんな父の立場を知らなかったようで驚いている。
これで貴族じゃないならいらない! と言い出されるとこちらはとても困るのだが、果たして。
いや、もう手遅れか。
配偶者の癖に大きな顔をする父を嫌っていた一族は多い。というか侯爵の血縁者たちなので「たかが子爵の息子ごときが」と結婚当時も思っていたようだ。
そこに、正統後継者である私が爵位を継ぐと宣言する。
子供で女だ。自分の息子を配偶者として送り込むこともできる、子供だからいいように操ることもできる、いわゆるお得物件のその言葉に、もろ手を挙げて賛成する人間の多いこと。
そうでなくてもプライドの高い彼らからすれば先代の配偶者から権力を奪いとるだけで満足である。
そういう世界だ。寂しいことに。実に残念なことに。
「待ちなさい、私はお前の父であり」
「先代の配偶者でありました。だが、現在は私が当主である。当主として、父のその決断を祝福するとともに、後押しさせていただくとしよう。これが、私が娘として、父であった貴方に最後にできる親孝行です」
もう何も言えない父と、おろおろしているシェリナを丁重におかえりいただくように控えていたモルドガに告げる。
祝福のためにささやかなお金は包んでおいた。
「あの、本当によろしいのでしょうか」
渡されたシェリナは困ったような顔をしている。それはこの金か、縁を切った父か。両方か。
「シェリナ殿、父を、いえ、もうこの言葉は適切ではありませんね。彼をよろしくお願いいたします。私にはできなかった家族としての愛を、どうか娘さんに注いであげてくださいませ」
「それは、私の所為でございます」
「いいのです。失った過去より、これからを。どうか、お幸せに」
「ありがとうございます。侯爵様」
シェリナは私に頭を下げ、馬車に乗せられた。
心根の良い女性のようだ。父の愛人だって、この世界は普通の事なので受け入れたか、恋人だったのでそのままの関係が続いたのかだろう。アニメの心優しく努力家のヒロインを育てた人なんだから信用できる。
——というかね、あの原作でヒロインちゃんが苦しんだの、あの男の所為もあるから。
商才もないのに侯爵家の金で商売しようとして失敗して。
そりゃあそうでもしないと資産は減る一方だったかもしれないけどね?
娘の散財を止めて堅実に暮らせばあんなことにはならなかったでしょうし、本当の家族を捨ててでも愛した娘をあんなオヤジと婚約させるなんて本当にクソですよクソ。
そんな未来をつぶすためにもあの男からこの家を奪い返す必要があった。
そもそも、原作でも母親が侯爵家の人だったのにどうしてあの男が家の実権握ってたのか不思議だったんだよね、そういうものなの? 貴族の配偶者ってそんなに偉いの? 女に継承権認められてるのに?
というわけで有言実行。
これでお金が無くなってもヒロインちゃんがあの公爵に嫁がされることはなくなる。
だって身分が違い過ぎるから。
彼らがこの侯爵領から出ていかないうちは別の貴族と出会うこともなく、愛人にされることもないだろう。
できれば同じ身分の人とゆっくり愛情を育てて結婚して幸せになってほしい。
顔も知らない——原作の顔は知ってるけど——妹への、せめてものやさしさだ。
さて、これで原作は崩壊した。私が悪役になる未来も、彼女が苦しむ未来もない。
彼女と結ばれる予定の私の婚約者だったらしい男には申し訳ないけどね、仕方ないね。
それに、彼と私が婚約する未来もないのだ、出会いなんてそのものがないから許してほしい。
「できれば親類、我が家と身分上釣り合って、家との仲はよろしくない方がいいわね。いなくても困らない三男以降で、商才がある人間。うーん、色々妥協はしなくちゃいけないかしら」
婚約とは家を守るためにするもの。貴族は家と結婚する。
私が婚約者に求めるのは、この家を建て直す才能だけ。
「愛人を作ろうと、敷地内に呼び寄せようと構わないから身分差のある恋をしている男であっても候補に入れて頂戴。むしろそういう男なら飛びつく条件のはずだわ」
子供ができなければそれはそれで、叔母夫婦のところから養子をもらってもいい。
貴族としての心構えだけはあるのなら一人だけ子供を作らせてもらえれば最良。
あとはその恋人と暮らしながら仕事さえしてもらえれば文句などない。
むしろその方がいい。
なにせ、私はまだデビュタント前。
この家を支えるなんてこの身体じゃできそうにないのだから。
「ものすごーい歳の差になりますよ、お嬢様」
「いいのよマリンカ。今必要なのが才能があってくすぶってる、我が家の利益になる男だもの」
同年代は論外だ。ガキだもの。
今すぐに立て直しに使える能力を持っている者でなければ意味がない。
そのため歳の差は当たり前の物として、ああでもすでに子供がいると欲が出たときにこちらを殺しかねないから、子供はいない、私の成人まで待てる相手じゃないといけないわね。
最悪、成人した時に子種をもらえる同年代の男も探す必要があるのかしら?
面倒だけれど、私はこの領地の主人になったのだから、できることはやらなければ。
「私は傀儡にもならないし、悪役令嬢にもならないわ」
この領地を守って見せる。ここにはたくさんの民が住み、そしてなにより異母妹のヒロインちゃんも住んでいるのだから。
私が原作を壊したお詫びじゃないけれど、彼女の先行きが幸せであるためにもやっていかなくちゃいけないのだ。
だって、私が侯爵だから!




