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獣は慙愧に吠える  作者: 蛇丸


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5. 愛し子たちへ

あれから自分は無為に過ごしている。

もうすぐ1週間は立つだろうか、そろそろダニロにも会える頃合いだろう。結局父の話は聞いていない。父が切り出さなかったわけではない。自分から少し待ってほしいと伝えた。あの口ぶりだ。自分がここから離れることになるのは変えられないのだろう。久しぶりに教会に顔を出してみよう。会えるかもしれないから。


戸を叩き、中へと入る。まだ朝も早いが故に中で司祭が清掃を進めていた。

「アレッシオ、朝早いですね」

彼はいつも通り柔和な雰囲気の笑顔を浮かべてこちらを見る。

「君はあれから体調はいかがですか。」

「問題はありません。少し浮ついたような、むしろ以前よりも体調が良いかもしれないです。」

「そうかい。それは重畳だ。まだどの神様からご加護をいただいたのかは見ていなかったね。今日見てしまおうか」

「それは特別な儀式は・・・」

「必要ないよ。本来はあの儀式に続けて行うものなんだがね。ダニロの様子が普通ではなかったから延期にしたんだが、必要ならご両親に声をかけてきなさい」

「いえ、私一人でお願いします。出来ればダニロとともに」

「・・・わかりました。彼はまだ万全とはいきませんが、彼も君に会いたがっていました。準備いたします。君は宿舎のほうへ行って、彼を連れてきてください。戻るときは裏口から回ってきなさい。」



教会裏口から宿舎へと向かう。距離はそれほどなく、裏口からの移動は村中心の広場からは建物と木々が邪魔となり見えにくくなっている。意味があるかと言われれば無いのだが、可能な限り人に見られないように少し遠回り気味に移動していった。

木造の宿舎は司祭の部屋を除き8部屋存在する。天候などで緊急的に避難することもあれば、今回のように療養する場合、遠方からの来訪者などが滞在することに使われる。話によるとダニロは裏口に最も近く林に面した部屋にいるという。軋む扉を開き部屋へと向かう。

「ダニロ、入るぞ」

彼は寝台に座るようにして森を眺めていた。

「おう。久しぶり。お前は元気そうだな」

いつもより少し気落ちたような声が耳に届く。こちらに顔を向けた彼のほほには黒ずんだ痣、異様に充血した片目があった。

「そっちはどうなんだ。無事ではなさそうだけど」

「正直体調は悪くなんだけどな。ただ、体を動かしたくてむず痒い感じだ」

「まぁ、何とか無事そうでよかったよ。で、これから洗礼の続きをするんだけど、行けるか」

肩を回しながら答える。

「おう、行こう。何が残ってっかはもう聞いてるからよ」

いつもと変わらない様子を装って彼は寝台から足を下す。しかし、やはり無理をしているからか、眼に見えてふらついている。

「手、貸すか」

「倒れた時だけ貸してくれ」

そうして教会へ向けて進みだす。ゆっくりではあったが確かに進んでいく。

自分が宿舎に向かうよりも近くを回って教会へ向かった。


「遅かったね。準備は出来ているよ」

火皿からは煙が立ち上ぼり室内を甘い独特の香りが包んでいる。

曰く、神はその姿を普通は見せることはない。その祝福を与えた相手の前にすら。普通では。神はとても強く、その存在が大きく、世界の何処にでも行ける存在。だけど、だからこそ霧散してしまう。その姿を現すには場を整える必要がある。一つ、空間。その空間には力を満たす必要がある。現在焚いている香は詳細は不明だけれど僅かに神を繋ぎ止めるだけの力があるそうだ。二つ、依代、神が一時的に宿ることになるもの。今回は汎用的に使われると言う魔物の血肉と土、それらを海水で混ぜたもの。短時間視るのみであればこれで十分らしい。もっと永く顕現させるにはそれぞれに応じた準備が必要とのことだ。

「今回は簡易的なものだ。神様が姿をお視せになるのは一瞬だよ」

そして、三つ目には神に声を届けることができる者。司祭と呼ばれる人たちは、皆大なり小なり可能とのこと。

「では二人ともここに」

そう言い、司祭は祭壇の前に用意された椅子を指し示す。

ダニロはふらつきつつ一人で椅子へと歩を進める。自分はそれに続き椅子へと向かう。

「始めるよ」

祭壇に用意された二つの依代に向かい、祝詞を奏上する。

・・・しばらく祝詞をあげる内に空気が変わる。暗くされた室内でわずかに照らす蝋燭の火が揺れる。室内に揺蕩い、足下を流れる煙が乱れる。

怖気が、走る。見えない何かがいる。きっとそれは自分なんかよりも大きいのだ。

揺らぎが背を撫で、祭壇へと向かい進む。ゆっくりと確かに。司祭の祝詞にあわせて進む。進む。進む。進み。止まる。祝詞が止む。

空気が粘る。重く室内の全てが止まる。そして、祭壇より二つの何かが顕現される。

一つはダニロに相対し、もう一つはじぶんの前に。自分の前にいるそれに目が釘付けとなる。顔を背けるのをそれは許さない。流体であるそれは徐々に形をなす。鳥の羽根、鱗の肌、一対の角。複数の獣を合わせた威容。どろりと、その依代が入っていた器より這い出る。ゆるりゆるりと此方へと歩む。そして目の前で、

『───《いとしごよ》』

知らない音、だと言うのに言葉と分かる。そうしてその異形の手をこちらの胸へと伸ばす。熱い、燃えるようだ。ゆっくりと胸に彼女が焼き付けられていく。ゆっくり、じっくり。

そして、糸が切られたかの様にそれはただの汚物へと戻る。

「二人とも。大丈夫かい」

司祭の言葉で意識が帰る。ダニロはどうなったのか。結局彼が何を見たのか、何があったのかは見れなかった。視界に入れる暇すらなかった。今更ながらその結末を見る。

ダニロは放心状態となっていた。同じ様に目の前に何かだったものがぶちまけられている。

「ああ、あんなことは初めてだよ」

司祭は足下を見下ろしつつ、

「普通はただ沸き上がり、何その神様の象徴を表すのが精々といったところだが…何の気紛れか、はたまた君たちへの寵愛からなのか分からないがここまでとは」

困惑しているようだ。一先ず隣でアホ面ぼうっとしている奴に目覚ましとして声をかける。

「ダニロ。大丈夫か」

「あ、ああ、ダイジョブだ。ただ…」

そう言って彼は上着を脱ぐ。その左胸にはどす黒く後が残っていた。飢餓と恐ろしき山、獣を示す証。山の神が自身を示す証がくっきりと焼き付いていた。

慌てて自分の―先ほど触られた―胸を確認する。…あった。こちらにも。証が。それは豊穣と地、庇護を示すものの証。

もう一度隣の彼へと目を戻す。さっきまで疲労し、弱っていた彼はいなかった。

その目は爛々と蝋燭の光を受け輝いていた。

見て下さりありがとうございます。

文を書くのは得意ではないので駄文、遅筆で申し訳ない。

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