3:祝福あれ
獣騎士たちが村に駐留し始めてから5日ほど経った。
あれからこれといった出来事はなかった。彼らは基本的には宿舎に籠っている、訓練を行っている、または大人たちと組んで巡回を行っているかであった。忙しそうにしており、自分たちが声がけするようなタイミングはなかった。そうこうしているうちに二度目の洗礼の日となる。今年はダニロと自分の二人のみ。近い年代で言えば何人かいるが年が異なる。白い服に着替え早い時間から体の汚れ落とすためにお湯と布地で体を拭いていく。
「父さん、そっちの準備は大丈夫」
「アレ、問題ない。そちらこそ準備は出来たか」
「たぶんね」
父さんは土地を管理している貴族と契約し働く農奴だ。よその地域からの流れ者でこの周辺に寄った際に母さんと結ばれ定住することに決めたそうだ。元々住んでいた地域でも二度目の洗礼はあったそうだが大分異なるそうだ。詳しいことは聞いたことない、興味もない。今後関わってくることもないだろう。
母さんは先に出ており、教会で洗礼の準備を行っている。実際に何を行うのかは聞いていない。と言うより、自分たち子供には秘匿されていた。噂程度には話は出回っているが細かい所は知らない。何かを食べさせられること、司祭の訳のわからない祝詞、大量の液体を飲まされたとかその程度。
自分と父さんの準備は出来た。教会の準備が出来た合図を待つのみだ。
…暇だ。
正装を着ている上でせっかく身綺麗にしたのだ。外に出て汚すわけにもいかない。暇を持て余し肘をついていた食卓を鳴らすように指を小指から順にパタパタと動かす。取り敢えずなにもしていないよりかはましだ。しばらくそうして部屋の中に食卓を叩く音が鳴り続けた。父は正面に座り、ずっと窓の外のその先を見るようにして自分と同じように肘をついていた。
「アレ」
彼はこちらに顔だけを向き直す。
「結果がどうあれ今日でお前も大人の仲間入りだ。洗礼の後、話がある。」
そう言って、彼は席を立つ。
「どうしたの」
「事前準備だよ、お祝いの」
そう言って彼は外へ出て行った。
教会の鐘が鳴る。準備ができた合図。しばらくして戻ってきていた父とともに教会へと向かう。扉の前には既にダニロたちが待っていた。
「先に入っていて問題なかったのに」
「冷たいこと言うなよ。俺たちの仲だろ。互いの門出は一緒にな」
そういう彼の隣に並び、両開きの扉に手をかける。
開こうとする直前、
「二人とも」
後ろから父の声がかかる。
「結果がどうあれ、何があろうと俺たちはお前たちの支えになる。」
村にいる限りは農作業はやってもらうがなとブルーノからの補足も飛んできたが、二人とも普段のそれとは違う堂々とした姿だった。ダニロとともに返事はせず、迷いなく扉を開く。
扉の先にはいつも通りの簡素な内装ではあるが、一番奥にある祭壇の上には麦や野菜などが供えられ、その中心に二つの木製の大きな杯と赤黒い塊がおかれており、その塊からだろうか何とも言えない獣臭さが漂っている。その祭壇の正面に司祭が待っており、母たちは入り口の脇に立っていた。
自分たちに続いて父たちも入ってくる。ここまでは想定内ではあったのだが、部屋の隅には獣騎士の二人が並び立っていた。今までこの儀式に獣騎士が立ち会っていたという話は一度も聞いたことがなかった。ダニロとともに一瞬足が止まってしまった。またすぐに歩き出したがダニロの動きが少し硬くなったようにも思えた。自分はどうなのだろうか。緊張しているのだろうか。不安なのだろうか。踏み出す足は間違えていないか、動きは固くないかと無駄なことを考えているうちに司祭の前へとたどり着く。
いつもの教会内が長く感じた、司祭からも普段とも異なる圧を感じた。
「ダニロ、アレッシオ。二人がこの日を迎えられること私、ご両親、村の人々、そして神々もうれしく思います。今のあなた方があるのは神々の寵愛もありますが、それ以上に家族、周囲の人間の手によるものが大きいです。そのことに感謝し、今この時洗礼に臨みなさい。」
父たちが祭壇にあった杯をこちらに手渡してくる。その中には青く澄んだ液体が並々と注がれている。
「二人ともそれを飲み干しなさい。」
司祭の指示に従い、液体を飲み始める。
味は・・・甘いような、どこか爽やかな・・・後から追うようにのどが焼けるような感覚がくる。はじめて麦酒を飲んだ時ののどへの痛みがある。むせそうになるが何とか押しこらえて飲み干していく。
ダニロは自分より先に飲み干していたが苦しそうに数回咳をしていた。
飲み干したことを確認して司祭が祝詞を唱え始める。
「天におわす大いなる者たち、我らを見守る者たちよ。この者たちはこの地に生まれ、この地に育まれ、この地に一人立つことを知った。彼らは還すものとなる。その恩寵、その愛を示し給え。地を犯すもの、生まれるものを殺すものの肉を屠り給え。」
司祭が一息つき、残りの赤黒い塊を手渡してくる。
「お食べなさい」
手渡されたそれは肉だった。どす黒く、切り取られたものだというのに脈動のようなものを感じる。その獣臭さが生々しさを強くしている。自分が口に運ぶことを躊躇しているとダニロは次々と口に運んでいた。
一つ、二つ、・・・三つと息をつき。口に運ぶ。
鉄の味と古くなった油、獣臭が広がる。先ほどの液体はむせる程度ではあったがこれは違う。吐き気がこみあげてくる。ちらりと司祭を見るが、食べることを煽るように手で指示をしていた。吐き気を口に含んだ肉片で押し込んでいく。
そうして何とか腹に詰め込んだ。液体と肉で久々に苦しいほどの満福にはなった。
「二人ともしばらく苦しむことになりますが、どうか我慢を」
そう言って司祭と父が自分たちの肩をつかむ。
「うっ、ぐぅぅ」
隣からうめき声が上がる。ダニロは腹部を強くつかむようにして前かがみになっていた。さらに苦痛にもがき暴れ始める。体には赤黒い筋が浮き上がりそこを強く掻きむしるようにして、それを咎められていた。対照的に自分にはいまだに反応はない。そのような自分を見、司祭はダニロを抑えつつ口を開く。
「アレッシオ。この後1週間、君たちの体調を様子見することになる。何かあれば誰でもいい大人に言いなさい。」
「ダニロは・・・」
「彼は想像以上に状態が良くない。しばらくここで療養してもらうことになるだろう。今日はここまでだ。」
大人たちは皆一様に想定外であったというように慌てていた。
「アレ、行くぞ」
その中で父と獣騎士たちだけは落ち着き払っていた。そんな父に手を引かれ自分はダニロをそこに残して家へと手を引かれていった。




