1:水面輝く日々
「なぁ、アレ。聞いたか。近くに出たんだってよ」
隣で釣り糸を垂らしながらダニロは話しかけてきた。
「なんのことだよ」
こちらの釣り糸にはさっきから一度も反応がなく、何かが釣れる気配はない。
ダニロの釣り竿をも同様だが、本人はどこか弾んだ雰囲気を醸し出している。
「何だ聞いてないのか。魔物だよ。ほら、豆をよく作ってる、あの村近辺で出たんだって」
魔物、普通の獣なんかよりも凶暴で力強く、醜悪な奴ら。自分自身で本物を見たことはないが流れてくる話だけでも身の毛がよだつ。その村は荷車で2,3日といった距離にある。余計におっかない話だがダニロの興味はそこではない。
「また獣騎士の活躍の話か、ほんと好きだなお前」
「何だよわりぃかよ。だってかっけーだろ」
魔獣を討伐することを主の役目とする獣騎士はいつだって若い男たちを惹きつけた。同世代の中でも特にダニロは強いあこがれを抱き、その活躍を聞くたび自分のことのように話してくる。
「確かにかっこいいけど、俺としては魔獣が怖いってほうが強いよ」
「はぁ、夢がねぇなぁ、夢が」
大半の奴らは獣騎士の活躍よりも魔獣に怯えることが先行するものだ。
魔獣は大抵どこからともなく現れるため、対策らしい対策は難しい。畑や家畜が被害にあうならまだしも(全く良くはないが}酷い場合は村一つが壊滅、周辺にも飛び火する可能性がある。
「で、今回も獣騎士様たちは上手くやってくれたのか」
「狩り終えはしたみたいだけど、今回は最近で一番の被害だったらしいぜ」
要約すると、豚3頭が食われ、村民が2人怪我、1人死亡。獣騎士も1人重傷との事。
「珍しいな、大抵畑が荒れて大慌てぐらいなのに」
「な、今回のはそこそこ数のいる群れだったって聞いた・・・珍しくな」
魔獣はその凶暴性からあまり群れというものを持たない。そもそもそこまで数は多くない。だというのに最近は魔獣の発生が頻発している。季節に一度出るか出ないかという頻度だったのが、今年の春先あたりから既に10回発生が確認されている。そのうえそのほとんどが群れを成していた。個体数で言えば例年の比じゃないだろう。だからか、村の大人たち間でいつ来るかもわからない災害への恐怖が漂っていた。
「ダニロ、もし来週の洗礼のときにお前が選ばれなかったらどうする」
「悔しいけどなる様になるしかねぇだろ、親父継いで家畜の世話しつつ村のために強くなるさ。お前も一緒に」
夢見がちだが現実的、無関心にただ流されるがままの俺とは違う。俺の親友。人の前を走れる男。今日は天気がいい。川面がキラキラと輝いて、眩しい。
「結局坊主だったな」
「な」
二人そろって釣果はなし。
釣った魚を入れるための桶を返すためにダニロの家へと向かう。
「親父さん居るかな」
「居るだろ、そろそろ豚を絞める時期だし」
そろそろ種まきの時期となる。ダニロの一家は主に村における家畜の管理をしている。土起こしや豚の頭数整理などに向けてそろそろ忙しくなる時期だ。
「親父、ただいま」
畜舎に向けてダニロが声を上げる。しかし返答は畜舎とは別方向からきた。
「午前中の作業をさぼりやがって。おかえり。なんか釣れたか」
村の中心のほうからダニロの父、ブルーノが歩いてくる。
「ブルーノさん、こんにちは。釣果はなしですね」
ダニロは横で肩をすくめている。
「おう、アレッシオ。何だ坊主か。てめぇさぼんならそれなりの釣果ぐれぇ持って来いってもんだ」
「ま、まぁそれはいいとして。珍しいじゃん。親父がこんな時間に教会に用か?」
少し考えてから親父さんは答えた。
「実はな・・・突然獣騎士が来てな。」
最近の頻発している魔獣被害、その対応を早めること、今年の異常の調査を目的として各農村に一名以上の獣騎士が派遣されたとのことらしい。なるほど、ダニロに教えることを躊躇った訳を理解した。
「なぁ、ダニロ見に行——」
「見に行くぞ、アレ」
ああ、止まらない。きっと獣騎士が村にいる限りダニロはずっと浮足立ったような状態になるだろう。手を引かれ、教会へと向かう。
「ダニロ、アレッシオ、失礼のないようにな」
後ろで親父さんが声をかけてくる。苦笑を零しながらこちらを見送っている。
教会では週一の礼拝や告解、年中の行事、村の集会所としての役割があった。また付属する寄宿舎は時たま発生する魔獣被害の対応や商人の来訪、その他偉い人が来た時に使用される。
ダニロの親父さんの話によると春まで滞在を予定しているとの事だ。
「ダニロ、本当に入るのか」
「あ、ああ。本当になれるかは別として、憧れなんだここで見逃す理由もないだろ」
俺の手を握るダニロの手は震えていた。顔にはなんとも言えない感情が張り付いていた。
「開けるぞ」
俺はうなずき返す。普段のような魔獣討伐の際には忙しく話す暇もないが今回は常に仕事とはいえ長期の滞在話せる機会もそれなりにあるかもしれない。そんな状況にダニロは浮足立っている。実のところ俺も少し高揚している。
「失礼します」
ノックののち、二人上ずった声をそろえて戸を開く。
戸を開いた先にはいつもの司祭と見知らぬ二人の人物がいた。
白髪交じりの口ひげを蓄えた壮年の男性、若く鋭い雰囲気を纏った短髪の若い女性。二人ともその身なりからそれなりに裕福であろうことがわかる。
「ダニロ、アレッシオ。よく来たね。ちょうどいい、挨拶をしていきなさい。お二人は本日よりこの村へ派遣され、春先までこちらに滞在されることとなる—」
「吾輩は獣騎士ピエトロ」
「私はマルティナと申します」
想定外だった。彼らはこちらを見て名乗ってくれた。
「俺はダニロです。畜舎の管理をしているブルーノの息子で、えっと」
彼も想定外だったのだろう。自分たち相手にまともに取り合ってくれるなんて。
少し上ずった声で何とか絞り出した自己紹介。今まで見たこともない幼馴染の姿に少し冷静になった。
「はじめまして。僕はレオナルドの息子アレッシオと申します。」
簡単な自己紹介を終え、言葉を遮られていたパオロ司祭が再び口を開く。
「・・・ええと、二人とも、この方々はこれより春までの間この村に滞在なさるとの事だ。今後何かあった際には君たちにもお話が行くこともあるだろう。その際にはよろしく頼むよ。それで今日はどうしたのかね。私たちはまだお話しなくてはならないことがあるので後で構わないかね。」
それもそうだろう。今朝の時点で特に何も聞いていない状態であった。であれば、二人とも着いてからそう時間が経っていないはずだ。ダニロは・・・いろいろあるだろうがあまり頭が回っているようには見えない。これは後に仕切り直した方がいいだろう。
「司祭、ダニロの父ブルーノに獣騎士様がいらっしゃっていることを聞き、挨拶に来ました。忙しいところすみませんでした。ほら、ダニロ。行こう」
そう言って、今度は自分がダニロの手を引く。
案外おとなしくダニロは手を引かれていった。ダニロがこうも大人しいのは家の屋根に上って穴を開けた時以来であろう。
「ダニロ、大丈夫か」
「ん?ああ。問題ねぇよ」
ダニロと畜舎内の藁替え作業をしつつ、先ほどのことを振り返る。
「思ったよりも話聞いてくれそうな雰囲気だったな」
「そうだな」
口数が少ない。まだ緊張が抜けていないのだろう。
「お前らしくない。緊張しすぎてただでさえ少ない知識から言葉でも落としたか」
「うるせぇ。今いろいろ考えてんだよ。聞きたいことがたくさんあるからな」
なるほど。さっきは何も考えずに突貫してしまった故に何の成果も得られず挨拶のみで終わってしまった。次の機会に向けて色々と準備を考えているのか。
こうやってすぐに次へと準備できるのは彼のいいところだ。
とはいっても今ではなく、後でにしてほしい。頭を回しすぎてまともに仕事が進んでいない。もしかしたら春まではこのままの可能性があるのでは。そうでないことを祈りたい。兎も角、今は何を言っても無意味だろう。俺がやるしかない。
ああ、疲れた。




