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すれ違いの、その先で  作者: 鴨治玲


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完璧な結婚式

王都の大聖堂は、祝福に満ちていた。


高く伸びる天井から降り注ぐ光。

並べられた白百合が、甘く澄んだ香りを放っている。

柱や祭壇を縁取る金の装飾は、燭台の炎を受けてきらめき、集まった貴族たちの視線を誇らしげに反射していた。


王家と公爵家。

この国で最も格式のある婚礼にふさわしい、非の打ち所のない舞台。


――完璧すぎるほどに。



控室で、ソフィは鏡の前に立っていた。

純白のドレスに包まれ、ヴェールの奥で、ソフィは小さく深呼吸を繰り返す。


「……大丈夫ですよ、お嬢様」


背後で侍女が優しく声をかける。

だが、その言葉に返事はできなかった。


――今日、私はロラン様の妻になる。


幼い頃から、当たり前のように描いてきた未来。

夢が現実になる日。


嬉しい。

夢のように幸せなはずなのに。

胸の奥が、ざわついて落ち着かない。


――ロラン様、今日は……どんなお顔をなさっているのかしら。


想像しただけで、頬が熱くなる。

でも同時に、心に不安の影が落ちる。


最近のロランの視線は、どこか距離を測るようだった。

言葉は変わらず優しいのに、指先も、視線も、決して踏み込んでこない。


――私……何か、してしまったのかしら。


扉の向こうでは、楽隊が静かに準備を整えている。

低く鳴る弦の音が、胸の不安を余計にかき立てた。



反対側の控室で、ロランは一人、静かに立っていた。


王太子としての正装に身を包んだ姿は、誰が見ても完璧だ。

だが、手袋の下で握られた拳だけがその姿を裏切っている。


――ソフィが、自分の妻になる。


何年も前から望んでいた未来。

王太子としてではなく、一人の男として、彼女を選び続けてきた。


それでも、ロランの胸の奥に残る疑念が消えない。


――彼女は、本当にいいのだろうか。


自分を見てくれない。

視線を合わせようとすると、いつも逸らされる。

心を許している相手は、いつも――エリックだ。


思い出すだけで、胸が張り裂けそうになる。


――それでも。


ロランは目を閉じ、ゆっくり息を吐いた。


――王太子として、彼女を迎えると決めた。

それだけで、十分だ。


感情を切り離すことは、彼が幼い頃から身に付けてきた術だった。


やがて、控え目なノックとともに扉が開く。


「殿下。お時間です」


「……ああ」


短く答え、ロランは一歩を踏み出した。



大聖堂に、荘厳な音楽が響き渡る。


ロランは祭壇の前に立ち、正面を見据えた。

集まった視線、期待、祝福――すべてを受け止める位置。

その視界の端で、扉がゆっくりと開いた。


ソフィが、歩いてくる。


ヴェールに覆われたその姿は、まるで光そのもののようだった。

一歩、一歩、確実に距離が縮まっていく。


――綺麗だ。


思わず息を呑む。

誰よりも、何よりも。

それなのに、胸が苦しく締め付けられる。


彼女は顔を上げない。

ヴェール越しに、視線が合うこともない。


――……最後まで、目を合わせてはくれないのか。


冷たい痛みが、ロランの胸を撫でた。



ソフィもまた、必死だった。


――っ!

いつもより破壊力が増している……。

無理……顔、見られない……。


視線を上げた瞬間、泣いてしまいそうだった。

嬉しさと、不安と、言葉にできなかった想いが、全部溢れてしまいそうで。


だから、俯いたまま、歩くしかなかった。



祭壇の前で並び立ち、司祭の厳かな声が響く。


「ロラン殿下。あなたは、この者を妻とし――」


ロランは一瞬、隣を見る。

ソフィの指先が、わずかに震えているのが目に入った。


――……怖いのか?


そう思った瞬間、胸が軋んだ。


「――健やかなるときも、病めるときも」


誓いの言葉が、容赦なく続いていく。


ソフィは震える声で、答えた。


「……はい」


ロランもまた、低く、静かに応える。


「……はい」


その声に、感情は乗らない。

乗せてはいけない、と彼は自分に言い聞かせていた。


やがて、ヴェールが上げられる瞬間が訪れる。


ソフィは覚悟を決め、顔を上げた。


その瞬間――

視線が、合わない。


ロランの目は、彼女を通り過ぎるように、ほんの一瞬だけ逸らした。


――え。


誓いのキスは、触れ合わない。

周囲から見れば、確かに触れたように見えた。


だが実際は――

唇の温度を、ソフィは感じなかった。


ソフィの胸が、痛みに貫かれる。


――私、嫌われて……?



式は滞りなく進んでいった。

祝福の拍手が、大聖堂を満たす。


完璧な結婚式。

誰もが羨む、王太子と公爵令嬢の婚礼。

二人は王子と令嬢としての顔を崩さない。


ただ――当人たちだけが知っていた。


この日が、愛し合う二人の始まりではないことを。



結婚式の後。

ロランは、ひとつの結論にたどり着いていた。


それは決意と呼ぶには、あまりに脆く、覚悟と呼ぶには、あまりに臆病な選択。


――ソフィとエリックを、結ばせる。

自分ではなく、彼女が心から笑える相手と。


もし、ソフィの視線の先にいるのが自分でないのなら。

もし、その笑顔が、別の誰かに向けられるものだとしても。


せめて、彼女が幸せでいられる未来だけは守りたかった。


自分が隣に立たなくてもいい。

夫として、選ばれなくてもいい。

王太子としての体裁さえ保てるなら、それでいい――。

そう言い聞かせなければ、胸の痛みに耐えられなかった。


説明などできなかった。

言葉にすれば、きっと縋ってしまう。

引き止めてしまう。

本当は、手放したくなどないと、吐き出してしまう。


だから、何も言わない。

何も問わない。


ロランはそれが彼にできる、唯一の「優しさ」だと、思い込むしかなかった。


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