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確認と再確認

 今回の活動期間はニ週間。

 本来ならなかったはずの活動期。機会を与えてもらえただけ、有難い。

 主要音楽番組は五つ、水曜から日曜にかけて毎日別のテレビ局が放映している。どの番組も生放送だがステージ映像だけは基本的に事前収録だ。早朝のリハーサルから本番放送の夜までテレビ局に入り浸る。

 待機時間は長く、おまけに私にはメンバーなどいないから困るのが暇の潰し方。完全に一人っきりならひたすら眠るが、スタイリストやスタッフの誰かが常に同室に居て、心置きなくリラックスできる雰囲気でもない。

 

 一度活動が始まれば、それが全て終わるまでは日を追うごとに忙しさは増す。ファンサイン会やメディア露出が増えつつ、振り付けの修正も入り、睡眠時間は徐々に短くなる。音楽番組の待機を外部の仕事に充てれたらと考えるがリハーサルから収録、収録から本番までが微妙な空き具合。効率の良さを求めてもよい立場ではないので、小さな不満は胸に仕舞っておく。


 体力消耗してきたニ週目にはラジオにバラエティー、海外ファン向けのインタビューが追加される。元あった疲れが解消されないまま、新たに蓄積する。

 これだけ疲労困憊でもカメラの前に立つとスイッチが入り溜まりに溜まった疲労は一掃される。

 普段自分に言い聞かせる“業界に適性がない“という言い訳は成績を残せなかった時のための保険で、こうやって舞台に立つだけでどこからか力が湧いてくる私は生粋の芸能人だ。

 

 人から見られ、撮られる。それでしか得られない快感があって、知ってしまうとクセになるのは否めない。

 私たちを発光させる舞台照明は、太陽の如く直視厳禁な眩さで、輝きと同時に熱を発して舞台上はカラッとしない空気だ。舞台上が温まっているのとは別に、高まっていく高揚感により体が熱を帯びる。舞台の上にいる間だけは体力が回復したような感覚。

 僅か三分弱の完全復活を遂げた直後は本当に元気になったと勘違いして、舞台袖に捌けると余力メーターがガクンと落ち、楽屋に戻った瞬間に残されたエネルギーは限りなくゼロに近いところまで減る。

 

 今日も無事にステージを終えて、廊下を歩きながら、過剰にウエストを締め上げたフックを一つ外し、楽屋に入るなりソファーにバタンと寝転がった。


「ちょっと、そういうのは人から見えない所まで行ってからにしなさい」

 ミレオンニは怒っている。

「はーい」

 正直、疲れが度を越すとその他のストレスをあまり感じなくなる。


 まだぶつぶつと小言を続けるオンニをよそに、滅びかけたゾンビがまた命を吹き返したみたいに立ち上がってキョロキョロと辺りを見渡し、探し物だけに焦点を定めてそれを手に取ると再度ソファーと一体化した。


 若者はどんな状態であっても無意識に携帯を触る。もはや現代病だ。

 右手の指先は疲れを知らず、画面をテキパキと操作する様をその機械の持ち主である私に見せつける。


【疲れたよー】

ジウォン【お疲れ!】

【体力なくなった気がする】

ジウォン【まだ二十歳でしょ】


 返事が早い。授業中のはずなのに。

 

【今授業中じゃないの?】

ジウォン【何言ってんの、今日日曜じゃん】


 ついに今日が何曜日か忘れていた。

 ホーム画面を確かめた。本当に日曜日だった。

 よく考えたらここは、日曜の音楽番組をやっているテレビ局だ。

 見慣れた楽屋。四年ともなれば楽屋内の風景と曜日が体感で結び付いている。


【私ヤバいじゃん】

ジウォン【あんたカムバカムバ(カムバック)最終日いっつもそう】

【そうなんだ】

ジウォン【今日で終わりなんでしょ。ゆっくりしなさいね】


 母にも似た労いを施され、満足した私は彼女とのトークルームをあとにする。

 トーク欄の中で目立つ、未開封のメッセージが一件。早く返さないと、と思うほどタップするのは憚られる。ジウォンとチョルスに挟まり、私の方を見ている。


 指は勝手にチョルスのトークを開いて、数時間前のやり取りを読み返す。意味のないテキトーな会話。局内ですれ違う男性アイドルに金髪や銀髪がチラホラ目立ち、今その髪色が男子の間で流行っているのかと気になって聞いてみた。


チョルス【夏来るからじゃない?】

【まだ五月だよ】

チョルス【知らん。てか金髪と銀髪は元からそれなりにいるだろ】

【今日の放送見てみ。多いから。】


 今はレッスン中らしく返事がない。本当に何もない異性間の親友ってこんなもんだろう。

 当分は来ないはずのチョルスからの返事を期待する。私の余暇を邪魔して、現実を見る隙がないように馬鹿話の相手をしてほしい。

 チョルスにすがったって代わりに誰かが未読のそれを開けてくれるわけじゃないのに、その勇気が出なかった。

 

 もう一回トーク欄に戻って、未読のそれをじっと見つめた。

【活動終わるの来週?】


 今日が終わりだとは彼は知らない。

 行動に出るべき時が刻一刻と近づき、プレッシャーを感じている。

 仕事とはまた違う、嫌な重圧。


 カムバック前日、彼のことをシエン先輩に相談した。どこまで話していいものか判断がつかないまま、勢いで電話をかけた。今回の活動に当たっての相談をする体で。

 当たり障りのない話から徐々に恋愛話に持っていくつもりが、勘の鋭いシエン先輩は最初からすべてお見通しで、先にハル先輩の名を出した。

 素直に打ち明けると彼は笑い飛ばして言った。

「男として好みじゃないんだよ」

 

「あのさ、ユリはモテるでしょ?」

「え?」

 どういう話の流れかさっぱりわからない。いつもの、妹に接するお兄ちゃんのような優しい口調ではなくて、冷め切った表情を連想させる声色。

 

「ぶっちゃけ俺らみたいな人間はモテるじゃん。ハルなんてあんな顔だし凄いモテるんだから」

 

 私は今、説得されているのか......?

 

「だけど世の女の子全員に刺さるわけじゃないよ。ユリみたいな子もいる。恋愛なんて来るもの拒まず去るもの追わずが一番いいんだ。振るなら遠慮せず振ったほうがいいよ」


 予想外の反応に頭の整理が追いつかない。

 てっきりハル先輩をお勧めしてくるとばかり思っていた。それに、なんだか初めて見るシエン先輩の一面。見ないほうがいい部分に触れた気がした。


「俺の勘だけどさぁ、ユリって少し悪そうな男が好きなんじゃないの?リクヒョン(兄さん)みたいにちょっとムスッとしてるような男」

「えっ!?」

 

 間抜けな声が出た。反射的に「あり得ないです!」と否定した。

 先生の名前が出たのは単なる一例としてなのか、はたまた私の本心を察しているのか。深りを入れたら自ら新たな墓穴を掘りそうで黙る他ない。

 

「ユリは本当にかわいいなぁ」

 

 バレてしまった。今ではなく、ずっと前からバレていた可能性がある。


「ふふっ、俺以外は誰も気づいてないから安心して」


 この人には勝てない。

 シエン先輩には威圧感がある。オーラとか凄みとか迫力みたいなもので、これは私が先輩の後に続いたソロアイドルだから、彼が立派すぎるお手本だからそう感じていると思っていた。それを抜きにしても先輩は元からその手の人間らしい。



「ピュアだねぇ、もうしばらくはそのままでいてね」

「......はい」

 

 彼は最後に、何回考えても答えは大体変わんないから返事は早めがいいと付け加えた。電話を切りすぐさま、今回の活動が終わったら返事をするとハル先輩に伝えた。


 もう二週間も待たせている。逃げる選択肢はないが、シエン先輩と話したあの日が一番すんなりと想いを伝えられただろう。日が経つほど、意志が揺らぐ。

 あくまでも大先輩だしこの先も顔を合わせる。いっそのこと断らない方が楽な気がしてきた。

 

 考えるより先に動くしかない。

 力を振り絞り、その人とのトークをタップする。余計な考えが浮かぶ前に素早い指捌きで文字を打ち送信した。


【今日の夜電話してもいいですか?】


 ピンポンダッシュの勢いでカカオトークのアプリを落とし、携帯を伏せ、ついでに顔もソファーに伏せた。ここに誰もいなければ両足をバタつかせて、込み上げる焦燥を発散させているだろう。マネージャーの声がかかった。

「今のうちに休んどいて。このあとレコーディングなんだから」

 最終日なのにタスクが山積みだ。



 スケジュールが終わるや否や事務所へ移動した。

 再来月に新アルバム発表予定の同僚のフィーチャリング曲に取り掛かる。楽曲のメインアーティストは私の一年後にデビューした人気沸騰中の男性アイドルグループ。  

 今まさに業界頂点まで登り詰めている途中の彼らとはあまり接点を持たないようにしている。熱狂的な女性ファンや私生活を脅かすストーカー紛いのファンも大勢いるため、関わらないのが吉。

 

 フィーチャリングの話を聞いたときも不安が勝った。事務所的にはヒット中の男女同士よりパッとしない私との方が炎上しないとの見立てだ。彼らとは練習生時期が被っていたしもちろん連絡先は今も知っている。だけど面倒ごとが嫌で、デビューしてからの二年近くは連絡は最低限、職場で居合わせた際も挨拶以上に話すことはなかった。

 これだけ徹底していてもこのフィーチャリングで彼らの女性ファンからバッシングを受ける。ただでさえ今日はストレスが溜まっているというのに、先のことを考えたら余計にネガティヴになる。


 今回の新曲では一度しか音楽番組での一位を獲れず、出るのは溜め息ばかり。


 くよくよする暇はなく新しい曲に取り掛かった。音楽ディレクターにデモテープを聞かせてもらい、曲の概要を大まかに教わる。強く想いあっている男女を描いたラブソングだ。男女コラボの時点で察しはついたが、これは予想以上に内容が濃い。


「これ本当に私でいいんですか?」

 尋ねつつ拒否反応をうっすら示す。

「棘のあるように見える君だからこそいいんだよ」

 大人たちの圧のある微笑みに、承諾せざるを得なかった。

 返事を聞いたらスタッフたちはさっさと資料をまとめて退勤モードへと移行する。

 ディレクターが早々スタジオから出て行こうと私に挨拶をしてドアノブに手をかけたその時、反対側から扉が開いた。

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