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出逢いの時季②

 四月中旬。

 カムバックが刻一刻と近づき、練習やレコーディングに明け暮れる日々を過ごしている。

 毎日が事務所と家の反復で春になったことさえ気づかなかったぐらい。日々の楽しみといえばいつか、何かしらの音源収録でリク先生に会えるかもしれないこと。それだけを糧に毎日頑張っている。

 たまにカトク(カカオトーク)を相談のフリして送ってみようか、などと考えるもまたぶっきらぼうな返事が来てすぐ会話が終わるのが予見されるため断念する。


 この頃、ハル先輩と仲良しになった。

 シエン先輩は抜きで2人で会うほどだ。

 ハル先輩は寂しがりやらしく、暇さえあれば「今日暇?ご飯行かない?」と連絡をくれる。

 彼自身も忙しいはずなのに私の心配をしてくれている。三月は日本でのグループ活動で、四月は映画の撮影で私よりももっと忙しい。

 それにしてももうこの三ヶ月で十回以上は会ってるはず。

 食事は彼のご馳走になるから、お礼として彼が作曲作業で事務所に篭っているときに差し入れを持っていく。そしてそのお礼にまたご飯に連れて行ってもらう。必然的に会う回数は増える。

 何故私に良くしてくれるのか不思議だが、きっとシエン先輩が「かわいがってやって」とか言ってくれてるのだろうと想像しながら先輩の善意に甘えに甘えている。

 

 私も慣れたもので、今では気兼ねなく彼に電話する。

 少し前に私と彼の距離がグッと縮まる出来事があった。

 ちょうど季節が真冬から初春に変わる頃、ハル先輩がなんだか元気がないような雰囲気を醸し出していた。

 

 ご飯に行った時に違和感を抱いて、その少し後に作業中のスタジオを訪ねたら彼は作曲をするでもなくただボーッと宙を見て佇んでいた。

 そう距離を作らず、彼の傍に座った。

 ここでようやく視線が合う。

 言葉はなくとも、私を見つめる目が苦しみを訴える。

 

「ハルオッパ、無理しないでくださいね」


 先輩である彼が、弱った表情を見せる。

 私の肩にもたれかかった。


「この前会った時から元気なかったですよね」


 彼はコクッと頷き、それ以上喋ることは無かった。


 私はその日、用事があって事務所に訪れていた。

 マネージャーからの電話で呼び出されるまで、その場を離れずに特別何かするわけでもなく黙って隣にいた。

 シーンとした中に響くのは時計の秒針と彼と私の呼吸。

 人との無言の空間は苦手な私は黙っていても頭の中で(何か喋った方がいい?)(いつまでこうしてたらいいんだろう?)とうるさくアタフタして、見えない汗を心にかいた。

 いくらこの人に慣れたとはいえ、私が無言でも耐えれるのってシウだけだ。

 何も喋らないまま十分、十五分と経ち私の携帯の着信音が鳴ったとき、正直ホッとして、ようやく酸素を目一杯に吸えた気がした。どっと疲れを感じた。

 去り際には普段のハル先輩に戻っていた。

 その日から、毎日のように連絡がくる。

 いまだにあの時何があったのかは聞けず、彼も教えない。触れないままがいいのだろう。


 四月に入ると自分のカムバック準備にかける時間が増えてハル先輩と会う機会がめっきり減った。

 朝は早くて夜は遅く、ご飯にはマネージャーのミレオンニやスタッフと行く。

 その代わり頻繁に連絡を取る。

 彼は日常の些細な出来事を話すのが好きで、どうでもいいことをカトクで送ってきたり電話してきて喋る。

 わざわざその話をする必要があるのかと思う内容も、彼にとってはそれを話すことにすごく意味のある話みたい。

 カムバの準備で凹む場面は多々あり、弱音を吐ける相手がいて私も助かっている。

 短期間で頻繁に会っていたせいかたった二、三週間会わないだけでもう長いこと彼に会ってないように感じる。


 親しくなる前は半年近く会わなくても気にも止めていなかった相手、それでもよく会うようになれば少し会わないだけで顔がチラつくようになるもんなんだ。


 アルバム収録曲のレコーディングが立て続く。ブース内で自分の実力と闘っている最中、譜面台に放置した携帯の画面が点灯し、彼からのメッセージ受信を知らせた。

【今何してる?】

 ブースの外でディレクター数名が話し合う隙に返事をする。

【今レコーディング中です】

 

 じわじわと積もったストレスを、彼とのやり取りを見ることで軽減させる。

 日中は変な間隔を置いて返事が返ってくるが今は暇らしく、ディレクターたちの指導よりも先に彼の返信が来た。

【頑張れ】


 メッセージを目に焼き付けて、画面が自然と消灯するのを見守った。


「うん、OK! これでいこう!」

 数回の調整後、ようやくスタッフたちは頷いた。

「はぁーっ」

 大きなため息を効果音に項垂れながらブースを出る。

「お疲れさま。結構良い感じだよ」

「ありがとうございます」

 機材の前に座るディレクターたちをぼんやりと眺める。

 無意識だった。

 通常はこの先の会話は何も無く、挨拶を交わし流れるようにこの場を立ち去る。

 私の「ありがとうございます」を聞き終わる前には「はい、お疲れさま」と締めくくりを口走りながらまた機材の方へ振り向きかけていた彼らが、私を二度見した。

「ん? どうかした?」

 自分のおかしな行動に気づき、恥ずかしさから急速に頭が冴える。

「あっ、いや、なんでもないです! お疲れさまです!」

 不思議そうな顔で観察する二人に素早く背を向けて小走りでスタジオを出た。


 ドアを開けたすぐそこで待ち構えていた誰かに衝突する。

「きゃっ!」

「ごめん! 大丈夫?」

 咄嗟に閉じた目をゆっくりと開くと、さっきメッセージを送った彼が目の前に立ちはだかる。

 彼は私の姿を確認し、微笑んでみせた。

 スタジオを慌てて出て来た焦りっぷりを表情に出したままなのを思い出し、彼の前でいつもどんな顔を見せていたっけ、と考えながら適当な笑顔を作った。

 ぶつかった衝撃で少し空いていた距離を彼は一歩、縮める。

 そしてもう一歩、歩み寄って私を抱き寄せる。

 

「久しぶり」

 

 プライベートで会った時、何度か軽いハグを交わした。

 きっと彼は私を妹のような目で見ている。

 脳内で生じた疑惑を一掃したくて、試すように、彼の背中に腕をまわす。

 身長差は殆ど無いけれど、先輩は相当体を鍛えていてトレーナーの上からでも上腕二頭筋の盛り上がりがわかるぐらいにはゴツいし、こうやって抱きしめられるとどうしても“男“を感じる。

 まずいと思って彼の体を強く押し返した。


 先輩は眉毛をへの字にさせて少し悲しそうにした。

「嫌だった...?」

「あっ、いや、誰が来るか分からないし……」


 背後にはさっきまで居たスタジオのドア。

 スタッフたちは中で作業を続けていて、この空間には偶然誰もいないけれどいつ人が来てもおかしくない。

 意識の矛先が自分と相手よりも周囲へと向いている時点で、わずかに持っていた特別な気持ちは勘違いだと認識した。

 勘違いしたかっただけ。

 人肌恋しくて、そこに丁度良く居合わせたのがこの人だった。


 悲しい。

 今日録ったアルバム収録曲最後の一曲は、リク先生の作った曲だ。

 先生が来てくれるんじゃないかと期待した。

 

「どうした?辛いことあった?」


 彼は心配そうに私の頭を優しく撫でて、もう片方の人差し指で頬をツンツンする。

 あやされている子どもみたい。

 悲しくて、どうしようもなく、つい笑ってしまう。

 彼は一旦、私の笑った理由を考えて、でもそれは辞めてくすっと笑った。


「ずっとユリに会いたかったんだ」


「私も会いたかったです」


会いたかった。


あの人に——

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