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出逢いの時季

 学生時代に幕を閉じ早一ヶ月。

 毎日が長く、単調だ。

 仕事がもっと忙しければなぁ。

 せめて、次の活動の目処さえ立っていれば、まだ救われる。

 

 韓国の歌手には活動期(カムバック)というものがあり、アルバムのタイトル曲を発表したら数週間に渡り音楽活動をする。

 すごく短くて一週間、基本は三週間から一ヶ月。

 事務所が毎年、各アーティストの活動期を割り振った年間スケジュールを作成する。社運を賭けた重要なプランのため一年とはいわず二年先まではあらかた決まっている。予想外の売れ行きで突如プランが増えたり、逆に消えたり。最初の年間計画が狂って誰かの新曲活動が急に決まるということはつまり、誰かの活動が立ち消えたということだ。私にも、録音済の未発表曲は山ほどある。日の目を浴びないまま葬られるか、何か奇跡が起こってそれらの曲で活動できるか、確率は前者の方が圧倒的に高い。

 

 事務所はもちろん人気なグループや売り出したいグループに力を入れる。

 今年の夏に事務所から新しいガールズグループがデビューする予定で最優先は彼女たち、次いで他の人気グループで資金繰りと労力は手一杯だろう。

 昨年末に撮った新しい曲も、また披露することもなく行方不明になるのだろうか。

 

 回ってくる確証はないまま待機列に並んで、継続してダンスや歌のレッスンを続けている。生まれ持った歌唱力は平均より少し上、リズム感は並、運動神経は良くはない。自分で言うのもなんだがビジュアルが押されてデビューした。そのため歌やダンスの技術維持に骨が折れる。

 空いたスケジュールをレッスンで埋めて、モチベーションは低迷期に陥ったまま一日をテキトーにやり過ごしている。冬眠の時期だから、私のやる気も眠っている。

 

 先の見えないトンネルを走っているようで、練習生時代を思い出した。いや、あの時はまだ夢と希望に満ち溢れていて、こんなに荒んでなかったはずだ。

 アイドル業と学校生活の両立は大変だったものの、今思えばスケジュール帳が寂しげなのが目につかなくて良かった。

 

 私って相当ヒマな人間なんだ。

 それに、ヒマが得意じゃない人間なんだ。

 気づいてしまった。

 野に放たれし暇人は、冒険に出ることなく味気ない日々を淡々と過ごすばかりで、不満を垂れながらも現状を変える努力はしない。

 

 大人って、結構大変らしい。

 たった二十年、しかも無意識に猛スピードで通り過ぎてしまう“子ども時代“の何倍も長い時間が先に待っている。

 子どもの頃はどうしてあれほど、早く大人になりたいと思うのだろうか。

 大人というものを見誤っていた。

 大人になったら、自由を扱いこなす才能が自動的に備わると思っていた。彼らがえらく充実しているように見えて、ただ生きているだけですべてが満ち足りていくのだと変な幻想を抱いていた。

 現実は違う。先輩たちが謳歌している大人満喫ライフは本人の積極性と行動力の上に成り立つのだと知る。あと大前提、キャリアが上手くいっていること。それが、必要条件なのだ。

 上手くいかせたくても、会社に操作されるのをじっと待つだけだもんなぁ。


 ダンスレッスンを終える頃、ミレオンニが予め伝えておいた終了時刻ぴったりに練習室に現れた。

 いつもなら廊下で待っているのに、珍しい。

 キリのいいところで今日のレッスンは切り上げた。

 先生にお礼を伝え、マネージャーのいる方へ振り向くと彼女が一言、こう言った。

「三ヶ月後に活動(カムバック)が決まったわ!」


 突如舞い込んだ転機。

 トンネルの奥で小さな光が見えたかと思えばそれはすぐに強い存在感を発揮して、今ここにある暗闇を打ち消そうと主張する。

 私は希望を見つけた。


 

 活動予定を聞かされて数日。

 事務所で練習室にこもっていた所へ親しい先輩が訪れた。

「久しぶり、元気してた?」

「シエンオッパ(お兄さん)! お久しぶりです!」


 年末の音楽番組で会った以来のシエン先輩はスパボ(Superboys)と同世代のソロ歌手。

 実力もビジュアルも業界トップクラスで女性ファンからはアジアの初恋とも呼ばれる存在だ。  

 YUエンターテイメントのソロ歌手で活動しているのは彼と私の二人だけで、私のデビュー時も親身になって話を聞いてくれた。

 マネージャーもシエン先輩と親しくすることには口出ししない。

 彼の性格を会社のみんなもよく分かっているから、彼に限って何か私との問題が起こるはずがないと理解している。


「そういえばもうお酒呑めるようになったんでしょ? いつか行こうよ」

 本格的に活動期の準備をするまでは時間にも余裕がある。

「いつでも空いてます」

「じゃあ今日行こう」

 とんとん拍子で予定が立ったこと私はついていけてない。さすがシエン先輩。何にでも即決断、即レスする達人だ。

 私の独断と偏見による、彼は人生謳歌組のうちの一名で、しかもまず初めに思い浮かんだ。フットワークが軽く、呑みに呼ばれればすぐ駆け付けるため呑み仲間が多いと聞く。

 

 私は腰の重いインドア派。何日も先の約束をしているとその日が近づくにつれて“本当に行きたいっけ?“と自分の本心を疑い始めるプロなのでこういう急遽決まる楽しい予定は大歓迎だ。

 この数年で何度か先輩から誘ってもらった。

 後輩の私から誘うなんてことはできないしましてや学生だったから自分からはなかなかいけない。

 事務所で自分から声をかけれる相手といえば一年近くデビュー予定組で一緒だった、先輩ガールズグループのお姉さんたちだけ。それを除くと一緒に食事をする仲の人なんてシエン先輩とその他若干名。

 事務所に居場所がないわけではないが、ソロ歌手だしグループとは違う。成績も良くないから私はみんなに引け目を感じているのかも。シエン先輩とは変なプライドも嫉妬心も持たずに話せる。


 事務所にレコーディングをしに来ていた先輩を待ちつつ個人練習をして、ようやく退勤時間。

 シエン先輩が「ごめん、お待たせ」と姿を現したその背後から見知った顔の先輩がひょこっと顔を出した。

 スパボのハル先輩。特別仲が良いわけでも、かといって苦手なわけでもなく、特にこれといった印象がない。

 唯一のイメージがシエン先輩と仲が良いこと。

 二人は違うグループだけど同い年だし練習生時代から仲良かったそう。

 お兄ちゃん気質のシエン先輩と弟気質のハル先輩。相性がいいのがよくわかる。


「こいつも一緒でいい?」

「えっ? あぁ、はい。ぜひぜひ!」


 これが、ハル先輩と少人数でプライベートで時間を共にするのは初めてだった。

 私は元々相当心を開いた相手じゃないと一緒に食事をするのが苦手だが、シエン先輩が一緒だから思いの外緊張せずいつもの私でいられた。ハル先輩の人となりを今更ながら知る。

 プライベートの関わりがない場合は完全にただ職場だけで会う人だから、シエン先輩と今日会ってなかったらハル先輩とは親しくないままだっただろう。

 ハル先輩はスパボでは静かなほうだし日本の少女漫画チックな甘い顔立ちで、業界ではモテるとの噂を耳にする。

 勝手にすごく遊び人だと思っていて、絡み方がよくわからなかった。

 彼は彼で、私のことを気の強い関わりづらい子だと思っていたらしい。

 九歳下の女の子に怖気付いている先輩がなんだか可愛かった。

 シエン先輩にイジられて嬉しそうにしている先輩が年上とは思えなくて、私まで軽いイジリを仕掛けれるほど親しくなった。

 帰り際、

「俺ってまだオッパじゃなくて先輩なの?」

 ハル先輩が子犬のようなキュルキュルの目で少し悲しそうにした。

 「あとちょっとですかね〜」と流すとシエン先輩に「扱いがうまい」と褒められた。

 おもしろいから少しの間は転がしておこう。


 帰宅後にそれぞれにお礼のカトク(カカオトーク)を送ると、ハル先輩から【オッパがまた美味しいものご馳走するからね】と返事が来た。

 “オッパ(お兄さん)“の押し売り。可愛らしい。

 ハル先輩を知ってもう何年も経つのに、新しくキム・ハルという人と出逢ったような気分。


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