第7話「記録の境界」
> 「対応選択肢を提示します」
[1]自己記録の削除
[2]観測者に上書き
[3]全記録のリセット
俺の指が震える。
どれを選んでも、元には戻らない――そんな予感がした。
香緒の声が、頭の中でこだまする。
「思い出して……“自分”を。でないと、私たち、全て消える」
◆
俺は、選択肢の外――**「記録の外側」**を探した。
RE:CODERの裏メニューに潜り込み、あるコードを入力する。
> 「認証コード:K-A-O//77X」
「裏記録管理領域にアクセス中……」
「観測境界を突破します」
空間が揺れた。
部屋が反転し、壁に貼られていた“顔写真”が焼け落ちる。
その奥に、巨大な鏡のような扉が現れた。
扉には文字が刻まれている。
『境界を越えた者よ、記録に溺れるな』
◆
俺は扉を開いた。
そこにいたのは――香緒だった。
だが、彼女の顔は静かに崩れていく最中だった。
笑顔のまま、誰かの“仮面”に浸食されていた。
「……ハルキくん?」
彼女の声が、確かにそこにあった。
「やっと来てくれたんだね……でも、もう遅いかもしれない……」
◆
鏡のような境界の中には、無数の“記録の残骸”が浮遊していた。
「過去に消された顔」「上書きされた人格」「名もなき観測者たち」
香緒も、俺も、その一部になろうとしていた。
俺はスマホを構え、記録ツールRE:CODERを初期化操作にかける。
> 「強制記録書き換え開始」
「観測対象:香緒」
「記録統合コードを挿入してください」
そのとき、画面にひとつの記録断片が浮かんだ。
> 「初対面:香緒と出会った日」
「記録者:ハルキ(元)」
「※この記録のみ、改ざんされていない」
唯一、改変されていない“始まりの記録”――。
俺はそれを選んだ。
◆
記録が反転した。
香緒の輪郭が、徐々に戻っていく。
だが、俺の身体は逆に薄れていく。
“記録”が彼女を救う代わりに、“俺”を喰らっていく。
香緒が泣いていた。
「だめ……そんなことしたら……君の顔が……君が――」
「いいよ、俺の記録で君が戻るなら……俺は、観測者になればいい」
最後の瞬間、彼女の顔が笑った。
「ありがとう、ハルキくん」
光に包まれる――
◆
次の瞬間。
目が覚めた俺は、病院のベッドにいた。
看護師が言った。
「目が覚めたのね……香緒さん」
……え?
鏡を見る。そこに映るのは――香緒の顔だった。
(第7話・了)