第5話「記録を覗く者」
目を閉じたはずの視界に、別の風景が滲み始めた。
ざらついた黒い画面に、ノイズ混じりの映像が浮かぶ。
「――香緒、……その顔は……誰の?」
自分の声。だが、あれは昨日ではない。否、それよりもっと前?
いや、**“もっと誰かの記憶”**だ――。
◆
朝。
また“顔”が違っていた。
洗面台に映る自分。確かに昨日の“俺”とは輪郭が違う。
鼻筋、まぶた、唇。違和感。なのに、自分だと認識してしまうこの感覚。
身体が、脳が、記録の更新を受け入れはじめている。
RE:CODERが通知を吐く。
> 「記録ファイル No.23:カオの記憶(断片)を同期しました。」
※過去24時間の感情ログを取得
※視覚ログ同期:ON
※同一人格判定:未確認
「ふざけんな……」
その瞬間、耳の奥で“誰かの声”が囁く。
> 「覗くな、これは私の記録だ」
声が……香緒の声だった。
◆
大学の構内。香緒に再び会った。
今日の彼女は笑っていた。あの微笑み。
けれど、その顔は――昨日のものではない。少しずつ、ずれている。
「ねえ、ハルキくん、最近……変な夢、見たりしない?」
唐突に彼女がそう言った。まるで何かを探るように。
「夢……?」
「あのね、私……私、自分が何者か分からない気がするの。時々、自分の顔が他人のものみたいに感じて……」
彼女の瞳に、怯えが浮かんでいた。作られた不安じゃない。“経験者の目”だ。
「香緒……お前、何を――」
「ねえ、ハルキくん……私、あなたと“いつ”付き合ったんだっけ?」
時間が凍った。
分かっていた。言えなかった。その記録は、どこにもない。
彼女は笑った。
「――やっぱり。“私たち”の記録は、誰かに書かれたものなのね」
◆
夜。
香緒がいなくなった。
スマホに再び通知が届く。
> 【RE:CODERより重要通知】
「記録対象:カオ」
ステータス:破損中
記憶ログ:回収不能
理由:観測者による“消去操作”の痕跡あり
「観測者……?」
背後で、何かが軋む音がした。
振り返ると、そこに“人の形”をしたモノが立っていた。
顔がない。
のっぺらの“仮面のない”それは、俺を見つめていた。
そして、スマホが震える。
> 「次の記録対象:ハルキ」
「記録開始まで、00:10」
カウントダウンが始まった。
――俺の顔が、次に奪われる。
(第5話了)