第3話 記録者(レコーダー)
「カウントダウンって、何なんだ……?」
香緒のスマホ画面では、無機質な数字がゆっくりと減っていく。
04:59 → 04:58 → 04:57……
小さく震える香緒の指先。
“これを見たのは初めてじゃない”という顔をしていた。
「最初にこれが出たのは……私の顔が変わった朝だった。
そのあと、しばらくして、夢を見始めたの。
自分じゃない誰かの――“記憶”みたいな夢」
香緒が語る「夢」は断片的だった。
知らない町、知らない名前、けれど確かな感情だけが刻まれていた。
「でも、それが……現実になっていったの。
夢で見た出来事が、数日後に目の前で起きた。
誰かが言った言葉、誰かが死ぬ瞬間――全部、夢で“記録”されてた」
俺は、言葉を失った。
だが、胸の奥にある違和感が、静かに共鳴していた。
――昨日、夢を見た。
誰かに刺される夢だった。
暗い路地で、知らない声が囁いていた。
> 「お前はもう、元には戻れない。記録者になったんだから」
まさか、あれも……“予兆”だったのか?
「これ、ただのアプリじゃない。
私たちの“記憶”を、どこかに転送してるの……」
香緒がスマホを伏せた瞬間、背筋が凍った。
喫茶店の窓の外。
信号待ちの人混みの中に、“顔のない男”が立っていた。
まるで白いマネキンのようにのっぺらぼう。
スーツ姿で、じっとこちらを見ている。いや、“記録”しているように。
香緒もそれに気づいた。
「あれ……また来た。何度も現れるの、夢でも、現実でも……
あれは、たぶん――“回収者”。記録された記憶を、誰かに“戻す”存在」
カウントダウンが、ゼロに近づいていく。
00:05… 00:04… 00:03…
「ハルキ、お願い。絶対に、あの男から目を逸らさないで。
記録が始まるとき、“見られた方”が書き換えられるの。次は、あなたの番……!」
そして、表示が消えた。
00:00――。
俺の視界に、**“何かが入り込んでくる”**感覚。
記憶でも、夢でもない。
――明らかに“他人の人生”が、脳内に流れ込んできた。
名前の知らない少女の悲鳴。
誰かが誰かを殺す音。
白い部屋、無数の鏡、そして――“仮面”。
そして、最後に。
「記録者No.37、確認。次の“顔”の適用を開始します」
その声が響いた瞬間、俺の左目が、熱を持った。
記録は、始まってしまった。
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(つづく)