第9話「記録の終点」
俺の“かつての顔”を持つ影が、こちらに歩み寄ってくる。
病室の空気が歪み、照明がノイズのように瞬いた。
RE:CODERの画面が赤く染まる。
> 「記録同一性の崩壊を検知」
「記録者Aと観測者Bが衝突しています」
「このまま進行すると、記録空間は崩壊します」
影は、俺の声で言った。
「香緒を守るって言っただろ?なら、なぜ俺を消した?」
「お前が“香緒になった”瞬間、俺は“記録の端”に追いやられたんだよ」
俺は言い返す。
「俺は……守りたかっただけだ。香緒も、俺自身も」
「――だったら証明しろよ」
影が手を伸ばしてくる。
その掌の中には、**“RE:CODERの鍵”**があった。
記録空間の最深部、《終点》へ進むための唯一のキー。
◆
俺たちは、“最後の記録”をめぐって争った。
殴り合いでも、言葉の応酬でもない。
記録同士のぶつかり合い。
互いの記憶を、人格を、観測情報を上書きし合うデジタルの決闘。
RE:CODERの画面が暴走し、現実の景色が次々と書き換えられる。
――教室
――夏の坂道
――香緒の笑った顔
――真夜中の公園
――「はじめまして、ハルキくん」
それらすべてが、過去の**“誰かの記録”**として巻き戻っていく。
◆
「俺は、お前の“書きかけの物語”だったのか?」
影が問いかける。
俺は答えた。
「違う。俺たちは、互いの続きを生きていた。」
香緒の記憶が、俺を支えていた。
香緒の涙、笑い、嘘、すべてが“俺という存在”を作っていた。
そして今、俺が香緒を守ることで、彼女の記録もまた救われる。
> 「記録融合条件達成」
「選択してください」
[1]自我の統合
[2]記録の削除
[3]記録の書き直し(作者:あなた)
俺は、迷わず――[3]記録の書き直しを選んだ。
◆
終点。
白紙の空間に、一本のペンが落ちている。
「書け」ということだ。
“誰かの物語”ではなく、“自分の記録”を。
俺はペンを握りしめ、書き始める。
『これは、俺と香緒の、二人で記した物語だ。』
文字が浮かぶたびに、記録空間が再構築されていく。
世界が戻る。
現実が戻る。
香緒が、俺の名を呼ぶ――
「……ハルキくん」
その声で、目が覚めた。
ベッドの上。顔を覗き込む彼女の瞳。
そして俺は、自分の顔に触れて――笑った。
(第9話・了)
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次回、最終話 第10話「名前を取り戻す」
すべての記録が統合され、ハルキと香緒が“名前”を取り戻す瞬間が描かれます。
そしてRE:CODERが生まれた本当の訳は。