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エピローグ

 祖母の手料理を食べるのは久しぶりだ。


「いっぱい食べねや」


 私のために張り切って作ってくれた好物を平らげる。


「かっちゃん食べるようなったねえ。昔はすぐお腹いっぱいになってたのに」


 祖母の中では、私はまだまだ子供のままであるようだ。


「ご馳走様」


 食後のお茶をのんでいると、祖母が何やら大きな物を抱えてやってきた。


「かっちゃん。これ」


 カラフルな包装紙に包まれた四角い箱。古い物なのか、包装紙がわずかに変色している。


「なにこれ」


 見覚えのない物体に疑問符を浮かべる。

「それね。じいちゃんが、かっちゃんにって」

「じいちゃんが」

「うん。後、この手紙も」


 そして、1枚の封筒を渡された。

 


 祖母が寝た後、私は祖父が残した手紙を読んだ。



『勝彦へ

 この手紙を書いてる俺は、後少しで死ぬ。

 ばあちゃんに頼んで、病気のことは内緒にしてもらった。おまえに心配かけたくなかったからな。

 医者から長くないと言われた時、不思議と怖くなかった。

 もう十分生きた。

 立派に育ったおまえを大学に行かせることができた時点で、俺の役目は終わったと思っている。

 俺の人生は、間違ってばかりの人生だった。

 俺が英信の育て方、接し方を間違っていなければ、あいつが家を出て、勝彦を悲しませるようなことはなかった。英信が人を殺すこともなかった。あんな事故で英信が死ぬこともなかった。

 英信の死の真実を隠そうとしたことも、今思えば間違った選択だったんだろう。

 英信が死んでからしばらくの間、お前が何か悩んで、ずっと眉間に皺を寄せていたのを覚えている。その時はただ父親の死がショックなのだろうと思っていたが、まさか事件の真相を追っていたなんて夢にも思わなかった。そうさせてしまったのが俺だと気づいた時は後悔した。

 あの日、英信が死んでいるのを小屋で見つけた時、一目見て壊れた煙突が原因の一酸化炭素中毒だと気づいた。

 その時真っ先に考えたのは勝彦のことだった。俺の息子が死んだことを悲しむより前に、俺は勝彦がこの事実を知った時にどう思うかを考えた。

 もちろん俺は今でも英信の死は勝彦のせいではないと思っている。

 煙突が壊れたのはただの事故。そもそも煙突が壊れてしまうほど劣化していたのは俺の管理不足で、修理が遅くなったのも実を言えば、壊れたパーツの注文を後回しにしていたせいだ。つまり英信の死について、原因は俺にあるのだ。

 しかし、勝彦がどう思うかは別の話。優しいお前のことだ、きっと自分自身を責めるだろうと俺は考えた。

 俺は恐ろしかった。

 お前が傷つくことが何よりも怖かった。

 英信の死の真実を隠すために、死体を燃やすと決断するまで時間はかからなかった。

 俺は酷い人間だ。孫のために俺は息子の死体に火をつけ、傷つけたのだ。

 その時はそれが最善だと思った。全ては勝彦のためだと自分に言い聞かせた。

 だが結局、英信の死の真実は他ならない、お前に暴かれた。

 そしてお前は英信の死を乗り越えた。

 傷つきはしただろう、時間もかかっただろう。だがお前は父の死の真実を受け入れ、前に進んだ。

 俺はその時になってようやく、自分の行ったことが間違っていたと悟った。

 勝彦は俺が思っていたよりもずっと強い子供だった。俺の小細工なんて必要ない強い男だった。

 俺は勝彦が傷つかないよう守るのではなく、勝彦と一緒に現実を受け入れ、そばにいて支えるべきだった。

 故郷を離れた勝彦に会いに行くたび、お前は大きく、立派になっていった。俺はそのことが心から嬉しかった。

 勝彦。俺はお前が誇らしい。

 俺の支えなんてもう必要ない、立派な大人だ。

 俺は良い父親にはなれなかった。

 だが、良い祖父にはなれたのではないかと、お前を見て思う。

 勝彦にとって、じいちゃんは良いじいちゃんであったと思ってくれると嬉しい。

 

 追伸

 その箱はあの日、英信の車の中にあったものだ。

 おそらくそれは英信が勝彦のために用意したものだと思う。

 今までずっとお前に渡して良いものかどうか悩んでいたが、英信はお前の手に渡ることを望んでいただろう。

 これが英信のために俺ができる最後の親心だ』

 

 

 父が私のために用意したものだって。古ぼけた包装紙に包まれた箱を私はまじまじと眺めた。


 なんなのだろう。全く見当がつかない。


 私は中身を確かめるべく、破かないよう慎重に包装紙を開いていく。


 すると、中から一枚のカードが出てきた。カードには手書きのメッセージが書かれていた。

 

『勝彦

 11歳の誕生日おめでとう

 父より』

 

 信じられない思いで、目を見開いた。


「お父さん、覚えてーー」


 競艇場に行った時、さりげなく自分の誕生日が2月13日であることをアピールした。


 その時はそっけない反応しか返されず落胆した。あの時は知らないふりをしていたのだろうか。それとも本当に忘れていて、自分のアピールによってようやく思い出したのだろうか。


 今となっては確かめようはないが、これが11歳の私への誕生日プレゼントであることは疑いようもなかった。


 肝心の誕生日プレゼントは、なんとウルトラマンの変身セット。

 

 それを見た私は、思わず吹き出してしまった。


「嘘でしょお父さん。僕、11歳だよ。僕がウルトラマンを好きだったのなんて、本当に昔の話で、もう興味なんてないのに。そもそもこんなの11歳の小学生が欲しがるわけないでしょ」


 本当に呆れてしまう。


 離れていた期間が長すぎて、父の中での私はウルトラマンが好きだった子供のまま止まっていたのだろう。


 なんて不器用な人だったんだろう。こんな形でしか愛情を示せないなんて。


「っ」


 愛情。


 そうだ、このプレゼントは父の不器用な愛情だ。


 自分の息子の好みも知らず、成長していることも考慮に入れていない。


 だがこのプレゼントには確かに、父親が息子の誕生日を祝う気持ちが込められていた。

「お父さんっ」


 そのことに気がついた私は、プレゼントを胸に抱いて嗚咽を漏らした。


 あの日。父の葬儀があった日には流れなかった涙が溢れて、止まらなくなった。


 私は父に愛されていた。


 その事実が胸の中で暖かく、大きくなっていく。


「お父さん、お父さんっ」


 プレゼントを両腕で抱きしめる。ようやく確信できた父親の愛情が逃げないように。 

 

 

 


 私の故郷は、雪の降り積もる静かな村だった。


 他の街と比べて何もなく、不便な場所と呼ばれても否定はできない。


 だが間違いなく、私の愛する故郷だった。


 あの美しい灰色の光景は、褪せることなく私の記憶の中に刻まれている。

これにて完結です。

ここまでお付き合いいただきありがとうございました。


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