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第二十一話

 薪ストーブで火を起こすにはコツがある。単に薪に火をつけるだけじゃ長持ちしないし、十分な暖かさを得られない。


 祖父に火の起こし方を教わって以来、私はその教えを忠実に守っていた。


 まず、ストーブの中央に薪を2本置く。これが土台となるため、薪には安定感のある大きなものを選ぶ。


 次に中くらいのサイズの薪を土台の上に積み重ねていく。空気の通り道を作るために、適度な隙間を作ることがポイントだ。


 積み上げた薪は最終的に燃えて崩れる。崩れる時にストーブの入り口に向かってしまうと悲惨なことになるので、奥に崩れるように調整する。この感覚がなかなか難しい。


 小さなキャンプファイアーのように積み上がった薪の中央に、木屑を寄せ集め、マッチで火をつける。これが火種になるのだ。


 ここで油断してはいけない。火種が薪に燃え移るのをしっかりと見て確認する。


 薪全体に火が広がってようやく人心地つく。ガラス窓のついたストーブの扉を閉め、中の様子を確認しながら空気の弁を調整すればいい。


 ストーブを中心にじんわりと小屋全体が暖かくなっていく。 


 静寂。


 パチパチと薪の燃える音だけが響く。


 ふと、小屋の外に出てみる。扉を開けると冷たい冷気に襲われ、ブルりと体が震える。


 雪が降っていた。


 今日の天気はおとなしい。風もなく、ただ静かに雪だけが降り積もる。


 灰色の空がそのまま溢れているようだった。


 煙突から立ち上る煙がゆっくりと灰色の空に消えていく。この煙もまた降ってくるのだろうか。そんなことを考える。


 温かい小屋の中に戻る。冷えた体にじわじわと熱が染み込んでくる。そして、時折薪を追加しながらぼんやりと過ごした。


 しばらくすると、外から騒がしいエンジン音がしてくる。祖父の除雪車だ。除雪車が倉庫の中に停められるのが音だけでわかる。


 そして、祖父が小屋に入ってきた。


「お、久しぶりに使てるな」

「うん。じいちゃん煙突直してくれてありがとう」 

「気にせんでええ」


 上着を脱いだ祖父が向かいのベンチに座る。


「暖かいわ。やっぱええなここ」

「うん、そうだね」


 どんな冬の寒さでも、この小屋なら負けないだろう。


「松さんは」

「もう帰ると」

「そう」


 思っていた通りだった。松さんはこの小屋に来ることを嫌がるだろうから。


 私の想定通り、この小屋には私と祖父の二人きりだ。


「ねえ、じいちゃん」

「ん」


 ストーブを開けて、中の火を見ている祖父に語りかける。


「お父さんを殺した犯人がわかったよ」 


 祖父の動きがぴたりと止まる。


「何言ってるんや」


 こちらを向き、信じられないものを見たような表情を浮かべる。


「だから、お父さんを殺した犯人がわかったんだよ。お父さんがなんで殺されたのか。どうやって殺されたのか。全部」

「勝彦。アホ言ってんなや」

「本当だよ。ずっと調べてたんだ。先生にも協力してもらってさ」


 祖父の表情を見る限りまだ私の言葉を疑っているようだが、ひとまず話を聞いてくれそうだ。


「じゃあまず、お父さんがなんで僕を遊びに連れて行ったかなんだけどーー」


 私は話した。


 まず私が推理した、植村がどうやってこの村に来たのか、ということについて。


 あの日、父が私を連れて競艇場まで出かけたのは、競艇場近くにいる植村を車に乗せるため。それもただ乗せるのではなく、睡眠薬を飲ませてトランクに詰め込んだこと。

 私に睡眠薬を飲ませて、私の存在そのものを父のアリバイ作りに利用したこと。

 父が植村を殺したこと。

 吹雪のせいで仕方なく、車に乗せた植村ごと村にとどまる必要があったこと。


 先生にも話した私の推理について、祖父に説明する。


 祖父は私の説明を黙って聞いてくれた。


 最後まで説明すると、祖父は眉間に皺を寄せて険しい表情を浮かべた。


 そして吐き捨てる。


「そんなん。なんの証拠もないやろ」

「そうだね。お父さんが植村を殺した証拠はどこにもない。でも、一番納得できる推理だと思う。植村がなんでこの村に来たのか、どうやってこの村に来たのか、はっきりしてるしね」


 祖父は苦虫を噛んだような表情を浮かべた。


 特に異論はないと見て、私は続きを話す。


「じゃあ次。誰がお父さんを殺したのか。これは先生の推理なんだけどーー」


 先生が語ってくれた推理を祖父に説明する。


 私の推理通り、借金をした相手である植村を殺すことに成功したが、吹雪の影響でこの村にとどまったこと。

 その際、松さんに合鍵のことを聞いて、休憩所に一晩泊まった事こと。

 父が私と過ごす中で、かつての父の心を思い出して植村を殺したことに罪悪感を抱いたこと。

 罪悪感に耐えきれず、自ら命を絶つ決断をしたこと。

 私に迷惑がかからないよう、植村を殺した証拠や痕跡を全て燃やし、最後はお酒を飲んで自分ごと休憩所に火を放ったこと。


 全てを語り終えると、祖父の表情は先ほどまでとは一変し、困惑したものへと変わっていた。


「自殺やて。英信が、自殺」


 信じられないといった様子で何度も呟く。


 祖父はしばらく考え込んだ後、自分を落ち着かせるように深呼吸をし、ゆっくりとこちらに向き直った。


「それは、正直信じられんけど、納得いく話やった」

「本当にそう思うの」

「ああ。お前が言った通り、合鍵がなんで物置にあったんか。なんで放火なんて不確かな方法をとったんか。全部説明がつくやろ。少なくとも俺は納得した」

「そうかな。僕は全然納得できなかったけど」


 突然手のひらを返した私に、祖父は虚をつかれた表情を浮かべた。


「納得できんて。何を言ってるんや。お前が言い出したことやろ」

「僕じゃないよ。さっき言ったでしょ、お父さんが自殺したってのは先生の推理。お父さんが自殺したなんて、僕は納得してない」


 祖父の目を見てはっきりと言い切る。


「さっきの話におかしなところなんてないやろ」

「あるよ。先生の推理は間違ってる」


 私も先生の推理を聞いた時はそう思った。先生を信じ、思考停止した私にはそれが真実だと思えた。


 でも違う。先生の推理は間違っていた。


「おかしいのは、お父さんが最後、お酒を飲んで酩酊状態で火を放ったってところだよ」

「何がおかしいんや。いくら酔っ払ってようが、火つけるくらいできるやろ」

「そうだね。でもそれは休憩所の中に灯油を撒いた後の話だよね」


 灯油の入ったポリタンクはそれなりの重量がある。酩酊するほどお酒を飲んだ状態でポリタンクの中身を撒くなんて重労働できるわけがない。


 先生の推理通りなら、父は灯油を撒いた後にお酒を飲んだことになる。


「だからなんや」


 まだ理解できていない祖父に、私は告げた。


「灯油が撒かれてその匂いが充満している空間で、酩酊できるほどお酒って飲めるものなの」


 灯油の匂いは揮発性で、鼻にツンとくるものだ。


 私の家にも石油ストーブはあり、灯油の匂いは知っている。給油の際にほんの少し臭いが漏れただけでもかなり不快な気分になる。長い時間嗅いでいると吐き気がしてくるほどだ。


 まして今回のケースは、ほんの少し匂いが漏れた程度の話ではない。


「じいちゃんだったらできるの。ポリタンクの中身を全部ぶちまけられた密室の中でお酒を飲むなんて」

「それはーー」


 祖父はそれ以上言葉を続けられなかった。


「お父さんは自殺じゃない。そうなるとさっきの合鍵の謎も、なんで放火なんて不確かな方法をとったのかという謎も残ったままになる」


 そして私には、その謎はすでに解けていた。


「じいちゃん。その謎について説明する前に、ひとつ聞きたいことがあるんだけど」

「なんや」


 重々しく祖父が口を開く。その表情にどこか怯えが混じっていることに私は気づいた。


「お父さんの遺影の前に置いてあるタバコ。あれじいちゃんが置いたんだよね」

「そや」


 少し考えてから祖父は肯定した。


「松さんに聞いたんだけど、お父さんがまだ家にいた時、お父さんはタバコ吸えなかったんだって。じゃあ、じいちゃんはいつお父さんがタバコを吸っていることを知ったの。しかもタバコの銘柄まで」


 祖父に抱いていた疑い。その疑いの元を祖父にぶつける。


 祖父は目を泳がせながら答えた。


「そんなもん、あいつが帰ってきた時に吸ってるのを見て、知ったんや」

「嘘だ。じいちゃんの前でお父さんは一度もタバコ吸ってなかったよ」


 祖父の顔色が目に見えて変わる。私から目を逸らし、低い唸り声を上げる。


 おそらく、この時の祖父は必死に言い訳を考えていたのだろう。


 しばらくの間苦悶の表情を浮かべた後、やがてゆっくりとため息をつきながら、諦めたようなどこか穏やかな表情で私に語りかけていきた。


「あいつがタバコを吸ってるって知ったのは、あいつが休憩所で吸ってるのを見たからや」


 覚悟の決まった目で、私に告げる。


「そや。俺が英信を殺したんや」


 まっすぐ私を見据える祖父の目。


 揺るぎないその視線を見て、私は自分の推理が間違っていなかったことを確信した。


「嘘だ」


 祖父が目を見開いた。


「そんなの嘘だよ」

「う、嘘やない。俺があいつを殺したんやっ」


 必死の形相で訴えかけてくる。


「じいちゃんが犯人だったとしても、合鍵の謎と放火を選んだ謎は残ったままだよ。それに、じいちゃんにはお父さんを殺せない」


 私は自身の推理を祖父に披露する。


「火事が起きたのは午前4時。じいちゃんと松さんが除雪に出かけたのは午前3時ごろだったかな」

「そや。家を出た後、休憩所にいるあいつを殺した。あいつが酒で寝てるところに火つけたんや。あいつは酒に酔い潰れてたから、休憩所ん中灯油撒いても全然起きんかったわ」


 悪ぶった言い方をする祖父。あまりにわざとらしくて、思わず笑ってしまう。


「だからそれは無理なんだって」

「何が無理なんやっ」 


 怒鳴りつけてくる祖父が、私には全然怖くなかった。


「お父さんはあの時、処理できない死体を車に隠したままだったんだ。それは吹雪で道が塞がっている可能性があったから仕方がないこと。だったら村から出られるようになったらすぐ、死体を運び出そうとするのが自然だよね。そんな状態なのに、午前4時まで酔い潰れてるなんてありえないよ」


 かつて祖父の会社で働いていた父なら、除雪作業が終わる大体の時間は把握しているはず。


「除雪って、大体5時には終わってるよね。だったらお父さんはその時間に村から出られるようにするはず。その1時間前に酔い潰れて寝ていたなんて、不自然だ。お父さんがお酒を飲んだのはもっと何時間も前で、5時にはお酒が抜けるようにしていたはずだ」


 本来ならお酒なんて飲まないのがベストだろう。そんなこと父も承知だったはず。それでもお酒を飲んだのは、人を殺した罪悪感を紛らわすためではないかと考える。


「そうなるとおかしいよね。事実として、お父さんの死体からは大量のアルコールが検出されたって刑事さん言ってたもんね」


 父の体からアルコールが検出されたのは事実だ。だがこの事実から、わかることがある。


「前に本で読んだことがある。人間の体にはアルコールを分解する機能があって、死ぬとその機能が止まってアルコールが分解されずに残り続けるって」


 それが意味することはひとつ。


 

「お父さんはあの火事で死んだんじゃない。もっと何時間も前に死んだんだ」


 

 祖父の顔はほぼ土気色をしていた。それでも必死に、絞り出すように口を開く。


「英信の死因は一酸化炭素中毒や。一酸化炭素中毒で殺す方法なんていくらでもある。あいつを殺して、何時間か経ってから火をつけたんや」

「それも嘘」


 私は今祖父を追い詰めている。そのせいでそんな残酷な嘘をつかせて、申し訳なく思った。


「あの日、僕眠れなかったんだ。布団の中でずっと起きてた」


 今にして思えば、睡眠薬を飲まされて眠りすぎたからだろう。


「ねえ、知ってる。僕の部屋から玄関の開く音がよく聞こえるんだよ。あの日、玄関が開く音がしたのは一回だけ。除雪のために松さんの車がきて、その後すぐ。つまり火事が起きるほんのちょっと前の一回だけなんだ」


 つまり、祖父の言うように父を殺してから数時間後に火を放つ、なんてできるわけないのだ。


「さて、じいちゃんがお父さんを殺した犯人じゃないとすると、一体誰が犯人なんだろうね」


 言ってみて、ずいぶん意地悪なセリフだなと思った。


「もうええやろ」


 祖父は泣きそうな顔で私を止めようとした。


「もうええやろ。俺が英信を殺したでええやろ。それで終わりにしてくれ。頼む」


 懇願するその姿を見て、私の心臓が押し潰されるようだった。


 だけど、もう止まらない。


 ここからが、この事件の要。


 父を殺した犯人を糾弾するために、私は必要なことをする。


「今日、ニュースでやってたんだ。ほら、あの車で立ち往生して死んだ一家について。どうやって死んだのか説明してた」


 正月に帰省していた一家が大雪で立ち往生に遭い、車の中で一晩過ごした結果、全員が亡くなったあの事故。


 その事故の原因はーー


「一酸化炭素中毒だって」


 私の言葉に、祖父の肩が震える。


「エンジンをかけっぱなしにしてたのが悪かったみたい。車のマフラーが雪で塞がって、排ガスが車内に逆流したんだったって」


 その結果、一酸化炭素中毒で全員が亡くなった。


「これを見て思ったんだ。たとえ火事なんて起きなくても、一酸化炭素中毒は起きる。じゃあ、お父さんは何が原因で一酸化炭素中毒になったんだろうって」


 私はそう言って、周囲をぐるりと見渡す。


 壁に積まれた薪、天井に伸びる煙突、熱を放つ薪ストーブ。


「真っ先に思いついたのは、この小屋だったよ」


 祖父と一緒に小屋の雪下ろしをしていた時のことを思い出す。


「じいちゃん言ってたよね。煙突トップがないと、煙がうまく外に出んようになる、って。危ないから使っちゃダメだって」

「違うっ、違う」


 祖父の言葉は弱々しかった。


「この薪ストーブに使われている煙突トップのこと調べたよ。風見鶏みたいに風を受けて回転することで、煙突の中に風が入ってこないようにする構造なんだってね。逆に言えば、この煙突トップがないと風のせいで煙が逆流することになる」


 あの日は風がとても強く吹いていた。


 逆流した煙がどこに向かうか、明白だった。そういった事故が何件も起きていると調べた結果分かった。


「もうわかるよね。お父さんは休憩所に泊まったんじゃない。この小屋に泊まったんだ。煙突が壊れたままだったこの小屋に」


 口にして、体が震え出した。

「お父さんはこの小屋に泊まって、ストーブに火を起こした。一晩中つけてないと寒さを凌げない。逆流した煙が徐々に小屋の中に広がっていき、お酒を飲んで寝ているお父さんを襲った」


 体が震える。


 これ以上言葉を発するのを心が拒んでいるようだった。


 しかし私は続ける。


「お父さんを殺した犯人は、小屋の煙突を壊し、まだ修理が終わっていないのに立ち入り禁止の看板を撤去した人物」 


 私は告げる。この事件のおぞましい真実を。

 


「僕だ。僕がお父さんを殺したんだ」


 

「違うっ」


 祖父が声を荒げ、私の肩を掴んで揺さぶる。


「英信がこの小屋におったやって。バカ言うなやっ。あいつは休憩所におったんや。そや、休憩所のストーブが壊れてたんや。休憩所のストーブのせいで中毒になったんやっ」


 祖父は必死に私の推理を否定してきた。


 その祖父の優しさに、私は泣きそうになった。


「違うよ。お父さんはここにいたんだ」

「なんの証拠もないやろっ」

「あるんだよ」


 私は震える手で指し示す。


「薪。壁に積んである薪が、僕が最後に見た時より少なかったんだ」


 私が最後に見たのは祖父と、松さんが使っていたあの時。


 その翌日に雪下ろしを行い、煙突を壊してから私は薪を使用していない。


「それは俺が使ったんや。修理した煙突の具合を調べるために」


 そうやって祖父が反論してくることは想定していた。


「じゃあ、割り箸は」

「わ、割り箸やと」


 祖父のその反応だけで、割り箸のことなんて頭になかったことが証明された。


「箪笥に入ってる割り箸。僕とじいちゃんが最後に使った時から数が減ってる。お父さんはお酒と一緒にお惣菜を買ったって、刑事さんが言ってた。そのお惣菜を食べるのに使ったんだ」

「お前、何言っとるんや。徳用の何十本も入っとる割り箸やぞ。薪はともかく、そんなもんの数、覚えとるわけないやろ」

「覚えてるんだよ」


 祖父が向けてくる、理解できないものを見ている視線。


 その視線が怖く、私はこれまで誰にも告げることができなかった。


「僕忘れないんだ。見た光景、聞いた言葉、食べた物の味、嗅いだことのある匂い、その時どう思ったか。物心ついた時からのこと、全部覚えてる」


 この能力のおかげで私はこの冬の出来事の全て、会話した人の一挙一足からわずかな表情の変化に至るまで全て記憶している。


「今箪笥の中に割り箸は38本入ってる。でも記憶の中で何度数えても、僕が餅を食べた時に割り箸は40本、じいちゃんが酒粕を食べた時に39本あるんだ。一本足りない」


 それこそが、父がこの小屋にいたという何よりの証拠だった。


「お父さんはこの小屋で死んだ。そして除雪車を取りに来たじいちゃんと松さんに発見された。じいちゃんと松さんはお父さんの死体を休憩所まで運んだ。運ぶときにお父さんの車を使ったんだよね。そこで植村の死体も発見して、二人の死体を休憩所に入れて火をつけた」


 車を燃やしたのは、車の中にある植村の痕跡だけでなく、祖父と松さんの痕跡を消すためだったんだろう。


「なんでそんなことをしたのか。決まってる、僕のためだ。僕がお父さんを殺した事実を隠すために、小屋で死んだのではなく、休憩所の火事で死んだように偽装したんだ」


 この時すでに、私の言葉は祖父に向けられていなかった。


 父を殺した私自身を糾弾するため、あの日祖父が私のために何をしてくれたのか、自分に言い聞かせていた。


「放火という手段を選んだのはこのため。合鍵が物置に置かれていたのは、松さんの持っている鍵を使ったから。これで謎は全部ーー」

「もうええ」


 祖父に再び肩をゆすられる。


「もうええ勝彦。もうええんや」


 祖父は静かに涙を流していた。


 その姿を見て、強張っていた全身から力が抜けていく。


「僕のせいだ」


 ポツリと呟く。


「僕が煙突を壊したから。僕が看板を片付けたから。そのせいでお父さんは死んだんだ。じいちゃんと松さんにも、あんな酷いことさせちゃった」


 祖父に抱きしめられる。


 安心感と罪悪感がごちゃ混ぜになってどうしていいのわからず、私は祖父にしがみついた。


「違う。お前は何も悪ない。なんも悪ないんや」


 そう思うことなんてとてもできなかった。何もかも、私のせいであることは明白だ。


 しかし私は祖父の言葉に反論することはせず、ただ祖父の温かさに身を任せた。

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