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第二話

 その日は朝から吹雪いていた。

 

 授業中の窓からは、横殴りになっている雪のせいで数メートル先を見通すことすらできなかった。

 

 幸いにも学校が終わる頃には吹雪は治っており、傘を差すことなく帰ることができた。

 

 地面に残った雪が長靴の下でキュッキュと鳴るのが面白い。私はわざと雪の積もった道を踏みしめながら帰路についた。


「かっちゃんおかえり」 

「ただいま」 


 自宅の前で雪かきをしている祖母が迎えてくれた。


「雪ひどかったな。道大丈夫やった」

「うん。除雪されてた」


 朝からあれだけ降ると、本来であれば膝丈くらいまで積もっていただろう。残っていたのは、除雪の後に道を軽く覆ったものだけだった。


「ならじいちゃんやな。昼頃除雪の要請あって松さんと行ったから、その途中の道綺麗にしてくれたんやろ」


 祖母は額の汗を拭いながらそう言った。家の敷地には松さんの車が止まっている。


「この後また小屋いくんか」

「うん」

「わかった、ちょっと待ってな」

 

 祖母は自宅からアルミホイルのつつみを持ってきて、私に手渡した。


「餅。焼く時気いつけてや」

「わかった。ありがとう」


 私はそのままランドセルを置いて、小屋へと向かった。


 小屋に近づくと、煙突からすでに煙が出ているのが見えた。隣の倉庫のシャッターが開いていて、中にある雪で濡れた除雪車が目に入った。祖父が除雪作業から帰ってきたのだと察する。小屋の扉を開ける。


「おかえり勝彦」

「ただいま、じいちゃん」


 案の定祖父と、会社の副社長である松さんが小屋の中で暖を取っていた。


「おう、勝。久しぶりやな」

「お久しぶりです」


 松さんがタバコの火を消しながら声をかけてくる。


「除雪終わったの?」

「そや。途中で雪止んだからすぐ終わったわ」 


 濡れた作業着が壁にかけられている。二人とも上着を脱いでかなり薄手だが、小屋の中はそれで十分なほど暖かかった。


 小屋の中が暑いと気づいた私も上着を脱ぐ。


「勝、お前贅沢やな。俺らの休憩所よりもこっちの方がよっぽど暖かいわ」


 松さんが揶揄うような口調で言った。


 休憩所とは祖父の会社の作業員が昼休憩を取るときに使う場所で、こことは少し離れた場所に存在する。あちらの休憩所には冷暖房だけでなく、石油ストーブも置いてあるはずだが、それでもまだこちらの小屋の方が暖かいと言う。


「狭いからじゃない」

「休憩所普段何人づかいやと思ってるんや。子供の勝1人で使ってるこっちの小屋の方が広いわ」


 松さんはそう言って笑い飛ばした。


「勝、お前いま何年生や」

「5年生」

「はー、もう5年生か。でかくなるわけや。社長、立派な跡取りできて安心っすね」

「こんなおぞい会社継がんでええ」

「社長が部下の前でそんなこと言わんでくださいよ」


 祖父も松さんもそう言って笑った。


「勝彦、帰ってくる時道綺麗やったやろ」

「うん、じいちゃんが除雪してくれたんだよね」

「そや。じいちゃんプロやからな、アスファルト削らんようピタッと雪だけ全部とるんや。街で除雪してる連中はダメやわ、慣れとらんから。この前行ったとき除雪で削ったんか道ガタガタやった」


 その年が異常なだけで、街で雪が積もるほど降るのは珍しい。


 そのため例年であれば街の除雪は年に数度あるかないかで、担当作業員の経験不足ゆえに交通機関の麻痺につながったのだと報道されていた。


 それと比べて、毎日のように除雪作業が行われているこの村は、都市部よりも積雪量が大いに関わらず、ずっと道が綺麗なんだそうだ。


 何十年も除雪を経験している祖父は本人の言うとおりプロで、そのおかげで私は快適に冬を過ごせている。


 だが、祖父のこの自慢話を聞くのはもう8回目だ。祖父は同じ話をなん度もする癖がある。私は適当に聞き流しつつ、祖母から渡された餅を焼く準備に取り掛かった。

 

 ストーブの上に金網を引いて、アルミホイルの中に入っている餅を置く。祖母が渡してきた餅は二つ、エビ餅と豆餅だ。どちらも正月に家でついた餅で、冷凍庫で保存されていたため表面はカチカチだ。

 

 焼き上がるのを待つ間、小屋の中に置かれた小さな箪笥の一番上を開け、中から割り箸と紙皿を取り出す。小屋の中で何か焼いて食べることが多いため、使い捨ての食器が大量に置いてある。おそらく冬の間に使い切ることはできないだろう。


 少し膨らんだ餅をひっくり返すと、表面にうっすらと焦げ目がついていた。


「美味そうやな。じいちゃんもなんか食うか」


 祖父も箪笥の中から酒粕の袋を取り出す。


 湿った粘土のような酒粕を適当な大きさにちぎり、金網の端っこに置いて焼き始めた。


 私はこれが焼ける匂いがあまり好きでないので遠慮して欲しかったが、口には出さなかった。少しでも匂いが移らないよう、こっそりと餅を離す。


 少しすると餅が焼き上がった。焦げ目のついた表面の切れ目から中身が膨らんでいる。


 熱さに注意しながらまず豆餅をいただく。豆の硬さと香ばしさがいいアクセントになっている。


 次はピンク色のエビ餅。私は甘みの強いこちらの方が好きだった。ゆっくりと噛み締める。


 祖父の方も焼き上がり、紙皿に乗せたたっぷりの砂糖に付けながら頬張っている。


「勝彦、食べるか」

「いらない」


 以前食べさせてもらったことがあるが、子供の私には酷い味だった。

「松、どうや」

「社長。俺車ですよ」


 酒粕には当然アルコールが含まれている。松さんが苦笑いしながら断った。


「勝の方が美味そうやな。一口くれんか」

「やだ」

「なんや意地悪やな」 


 しばらくの間、私は餅を食べることに没頭した。祖父と松さんはその間何やら喋り込んでいた。


「松、多分明日も朝から要請くると思うで、早よ来てくれや」

「やっぱ役所の連中、街の方救援行っとるんですか」

「ずっと出突っ張りで除雪やと」

「さっさと自衛隊呼べばええのに」

「この前、車の立ち往生で死んだ一家おったやろ」

「ええ、テレビでようやってます」

「あれでえらい抗議来るようなって、そろそろーー」

 

 その時、窓の外からどしんと大きな音が響く。小屋が小さく揺れた。


「屋根雪やな。小屋が暖かくなって溶けたんやろ」


 慣れた様子で祖父が言う。


「勝彦、明日学校休みやろ。一緒に雪下ろしするか」

「え、僕登っていいの」


 今まで何度か家の雪下ろしを手伝ったことがあるが、下に落ちてきた雪を運ぶだけで屋根の上に登ることはなかった。やってみたいと何度も言ったが、その度に祖父母から危ないからと遠ざけられていた。


「この小屋なら大した高さやないし、まあ経験や。小屋が潰れると困るやろ」

「うん」


 私は少し興奮気味に返事をする。


 多少の恐怖はあったが、それ以上にやっと経験させてもらえることが嬉しかった。なんとなく、大人の仲間入りが認められたような気がした。


「明日雪下ろしすればしばらくは大丈夫やろ。勝彦、今度友達連れてこいや。ここで餅焼いて食わせたれ」

「わかった」


 祖父の悪気が一切ない提案に、私は少し申し訳ない気持ちになりながら気のない返事を返した。

 

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