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第十六話

「先生、ここのコンビニ」

「はいはい。ここですね」


 車を走らせること1時間と少し。以前父と寄ったコンビニについた。


「行こう、先生」

「わかりました」


 先生を引っ張るようにコンビニに入る。店内は父と来た時とほとんど変わっていなかった。


 当然だ。あの時からまだ一月と経っていない。同じコンビニなのに、隣にいるのが父ではなく先生だと考えると、なんだか不思議な気分だった。 


「何か買いましょうか」

「うん。喉渇いた」


 先生の危なっかしい運転のせいか疲れていた。


 私はあの日と同じようにサイダーを手に取る。


 そのままレジに行こうとして、途中の温かい飲み物のコーナーで立ち止まった。


 少し考え、私はそこにあった飲み物も手にとった。


 レジの前で待っていた先生がお金を出すとと言ってくれたが、私は断った。父にもらった千円のお釣りが、上着のポケットに入っていた。


「これお願いします」


 店員がレジを打つ間、その後ろの壁を見る。たくさんの数字が並んでいた。


「ありがとうございました」


 私と先生は車に戻った。


 先生が買ったのはペットボトルの紅茶だ。ここでも紅茶を選ぶのが先生らしくて、思わず笑ってしまう。


「勝彦くんはサイダーと、コーヒーですか」


 奇妙な組み合わせに、先生は不思議そうな表情を浮かべた。


「うん。サイダーは僕が。コーヒーはお父さんが買ってたんだ」


 父が買ったコーヒー。あの日一口飲ませてもらったコーヒーを再び購入した。


 温かい缶のプルタブを引き、中身を舐めるように飲む。


 苦い。あの時と同じように顔を顰めた。


「苦そうですね」

「うん」


 もう一口、我慢しながら飲む。やはりどうしても苦い。


「お父さんは美味しそうに飲んでたけど、子供の頃は飲めなかったんだって」

「そうですか」

「僕も大人になったら飲めるようになるかな」


 そうやって、少しでも父に近づけるだろうか。


「勝彦くん。一口もらえますか」

「え、うん」


 先生にコーヒーを渡す。


 先生は一口飲むと、顔全体を歪めた。


「ああ、苦い。やっぱり私は紅茶の方がいいですね」


 そう言ってペットボトルの紅茶を流し込んだ。


「先生、コーヒー飲めないの」


 意外だった。子供だった私にとって、大人は全員コーヒーが飲めるものだという思い込みがあった。


 先生は少しだけバツが悪そうな顔で答える。


「大人にも、苦手なものはある。ということですよ」


 先生がコーヒーを返してくる。

 

 大人でも苦手なんだ。


 私はまた一口コーヒーを飲む。やはり苦く、先生に倣ってサイダーで口の中を洗った。


「僕、当分はサイダーでいいや」


 先生は笑った。


「さて、行きましょうか。このまま競艇場でいいんですね」

「うん」


 シートベルトを絞め、車が発進する。


 そのまま15分ほど。サイダーを飲み切らないうちに競艇場についた。


「ここが競艇場ですか」


 大きな建物を見上げ、興味深そうに先生はつぶやく。


「先生、来たことあるの」

「いえ、初めてです。賭け事はしないようにしているので」

「そうなんだ」


 どこまでも父と対照的な人だな。私はそう思った。


「行こっか」

「はい」


 中に入ると、あの日と同じように人で溢れていた。


「すごい人ですね」

「前もこんなんだったよ」

「油断すると迷子になりそうですね」


 先生はしみじみと呟く。


 先生を連れて、私はレースを見るための観覧席へと向かった。


「あの日、僕とお父さんはここでレースを見てたんだ」

「その途中、お父さんはタバコを吸いに行くと言って、別れたんですよね」

「うん。で、いつまで経っても帰って来ないから喫煙所を探しに行ったんだ」


 その時の行動をなぞるように、再び先生を連れて壁に掲げられた館内マップを見に行く。


「この施設の喫煙所は全部で4カ所。僕は近いところから全部回って歩いた」

「なるほど。結構歩きますね」

「じゃあ、行こう」


 そのまま施設内を巡る。喫煙所を目指して歩いていると、あの日父がいなくて心細かったことを思い出し、切なくなった。


 一番近い喫煙所に辿り着く。人でいっぱいだ。


 そして次に近い喫煙所。最初の喫煙所と比べると観覧席から遠いせいか人が少ない。そして次の喫煙所、また次。


 4カ所全てを回るのに、大体30分ほどかかった。


 私と先生は食堂で休憩をとった。

「広かったですね」


 先生は随分と疲れたのか、注文したオレンジジュースをがぶ飲みしていた。


「あの日、お父さんは結局どの喫煙所にもいなかったんだ」

「これだけ広いと入れ違いになるのも無理はありませんね。それに、お父さんはタバコを買いに外へ行ったんですよね」

「うん」

「勝彦くんがお父さんを探しに行っているタイミングと、タバコを買いに外に出たタイミングがちょうど一緒だったのでは」

「そう、かも」


 少し腑に落ちない点がある。


「何か気になる点でも」

「うん。説明するから外に出よう」

「わかりました。ちょっと待ってください」


 先生がオレンジジュースを飲み切るのを待ち、私たちは競艇場から出た。


「こっち」


 先生の前に立って駐車場を歩く。前に来た時は日が暮れ、風が強い上雪が降っていた。その時と比べれば随分と暖かい。


「勝彦くん、どこへ」


 先生が車を停めた場所からは外れている。先生は不思議そうな表情を浮かべていた。


 やがて私たちは、駐車場の一角へ辿り着く。


「ここ。お父さんときた時、お父さんはここに車を停めたんだ」


 駐車スペースを指差す。今日は軽トラが停まっていた。


「ここに停めてたって、勝彦くん覚えてるのですか」


 先生が訝しげな視線を向けてくる。


「うん。でも帰る時、車の位置は二つ右にずれてた」


 二つ隣。今日は空いていた。


「なんで来た時と車の位置が違うのか聞いたら、お父さんはタバコを買いに外へ行ったって言ってたんだけど、おかしいんだ」

「えっと、おかしいとは」

「競艇場に来る前コンビニに寄った時、お父さんはレジで14番っていうのを注文してた」 


 あの時は何を買っているのかわからなかった。しかし今日、先生とコンビニに行ったことで、父が何を買ったのかがわかった。


「お父さん、競艇場に来る前タバコを買ってたんだ」


 店員の後ろの壁にずらりと並ぶ数字。あれは大量のタバコを識別するために振られた数字だっった。


「おかしいよね。コンビニから競艇場に来るまでお父さんはタバコを吸ってなかった。競艇場に来てからも僕と一緒にいる間は吸ってない。つまり、タバコを吸ってくるって言って別れた時には、買ったタバコが手付かずで残ってるはずなんだ」


 それが意味することは。


「お父さんは嘘をついた。あの時外へタバコを買いに行ったんじゃなく、何か別のことをするために、僕を置いて外へ出たんだ」

「そしてそれは、勝彦くんには嘘をついて誤魔化す必要があるものだった」


 先生の言葉に頷く。何をしに外へ行ったのか。その答えには心当たりがあった。


 おそらく先生も察していただろう。しかし私たちは二人とも、その可能性をあえて口には出さなかった。

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