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第十五話

「ばあちゃん、僕今日お昼いらないから」


 朝食をとった後、私は祖母に告げる。向かいに座った祖父が不思議そうな顔してこちらを見つめてくる。


「なんや、餅食いすぎて腹膨れたんか」

「違うよ。今日のお昼、先生のところでご馳走になるんだ」

「あら、先生のところで」


 祖母が驚いた表情を見せる。


「先生、お一人様やろ。料理するんやねえ」

「えっと、それはわかんない」


 先生は料理なんてするのだろうか。紅茶をご馳走になったことは何度もあるが、料理をしている姿を見たことはなかった。


「また本借りに行くんか」

「うん」


 嘘をついた。


 父が死んでから本なんて読む気になれず、なんやかんやで前に借りたゴルフ場殺人事件も返していない。今日先生の家に行くのは、以前から考えていた計画を先生と実行するためだ。


「じゃあ、僕行くから」

「もう行くんか」

「うん。先生も待ってると思う」


 上着を着ながらそう答える。


「気いつけろよ」

「わかった。行ってきます」


 外に出ると冷たい空気が顔にぶつかる。前日に降った雪が凍りつき、その上を歩くとパリパリと割れる。


 私は転ばないよう気をつけながら先生の家へと急ぐ。


 先生の家の前、私は小屋を見る。


 小屋の煙突は相変わらず壊れたままだ。煙突のパーツはとっくに届いているはずだが、結局まだ祖父は修理していない。そんな余裕、あるはずもないだろう。私もそのことがわかっていたため、催促するような真似はしなかった。


 それに私自身、小屋でゆっくり過ごしたいという気持ちが薄らいでいた。

 

 いつか、以前のようにまたこの小屋で餅を焼いたり、小説を読んだりしてみたいと思う時がくるのだろうか。もし父を殺した犯人が見つかったとしても、以前の気持ちを取り戻すことができないのではないだろうか。


 私はそんな不安を抱いた。

 

 

 

「ああ、勝彦くん。おはようございます」


 先生は車庫に停めてある車の中にいた。


 黄色の、丸いフォルムの小さな車。先生っぽいな。私はそう思った。


「車のフロントガラスが凍ってましてね。今温めて溶かしてるんですよ」


 エンジンを吹かしっぱなしの車から出てきた先生は寒そうに身を縮める。分厚いダウンにマフラー、毛糸の帽子とずいぶん暖かそうな格好をしている。


「うー、寒い。勝彦くん、車の中で待っていましょう」


 先生に招かれ車の中に入る。エンジンをつけたばかりなのか、まだ中は冷たい。父の車と違いタバコや芳香剤の香りはしなかった。


「そういえば勝彦くん、小屋の前に置いてあった看板はどうしましたか」


 私が置いた『立ち入り禁止』の看板のことだ。


「前に僕が片付けたんだ」

「おや。まだ煙突は治っていませんよね。どうして」

「えっと、何となく」 


 本当は自分の子供らしさが急に恥ずかしくなったのが理由だが、それを話すことすら恥ずかしく思って誤魔化した。


「ちなみにいつ片付けたんです」

「前に先生が紅茶を飲めるようになった時のことを教えてくれたでしょ。その後、帰るときに」

「ああ、あの時に」 


 そう言うと、先生は黙り込んだ。


「先生。どうしたの」


 沈黙の理由がわからず、先生に声をかける。


「いえ。まさか、小屋使ってませんよね」

「うん。まだ使ってないよ」


 使う気も起きていない。とはわざわざ言わなかった。


「そうですか。それがいいでしょう」


 一人納得するように頷く先生。


「シートベルト閉めてください。さて、行きましょうか」


 フロントガラスの氷はすっかり溶けていた。先生は車を発進させる。


「勝彦くん。今日はあの日お父さんと出かけた時の道のりを再現するのでしたね」

「うん」


 父が私を連れて出かけたのには必ず何か目的がある。


 私は先生とその時の行動をなぞることで父の目的を探ろうと考えた。そして、父の目的を解き明かすことが、父を殺した犯人の特定につながるのではないか。そんな淡い希望があった。


「道案内は任せましたよ」


「うん。わかった」


 先生は意気揚々と車を走る。しかし、即座にその勢いは削がれることとなる。


「う、運転しづらいですね」


 地面に残った雪が凍りつき、道がガタガタになっている。車両が軽いせいか、ほんの少しの段差で恐ろしく揺れた。


「除雪は出なかったのでしょうか」

「昨日はあまり降らなかったから」


 これくらいの雪なら昼頃には溶けて消えているだろう。しかし朝早くに出かけたせいで、道の状況は最悪だった。


 しかもどうやら、先生は雪道に慣れていないようだった。


「せ、先生。轍走って、轍」


 他の車が通った車輪の跡を走るよう、必死に促す。残った雪をわざわざ踏んで走るものだから、タイヤが数度空転して肝が冷えた。


 挙げ句の果てに一時停止線の手前で急ブレーキした結果、車が滑って停止線を大きく越えた時はもう終わったと思った。幸運にも他の車が走っていなかったため命拾いした。


「ゆっくりでいいから。先生、慎重に走って」

「わ、わかりました」


 シートベルトを両手で握りしめながら懇願する。


 村から出たあたりで道から雪が消え、ようやく先生の運転が落ち着いた。


「すみません。あまり慣れていないものでして」

「こっちに越してきて、もう結構経つよね」


 少しだけ文句を言うと、先生は苦笑いを浮かべる。


「冬場はあまり外出しないようにしていますから。私の仕事はありがたいことに、家にずっと引きこもっていてもできるものですから」

「小説を書く人って、取材に出かけるって聞いたことあるけど」

「たまに出かけますよ。まあ、旅行みたいなものですが」


 もちろん、暖かい時期に。と先生は笑った。


「どこに行ったの」

「去年は熱海に行きましたね。知ってますか、静岡にある温泉街です」

「うん。よくテレビで見るよ」


 祖母と一緒に見る2時間サスペンスの舞台が熱海であることが多い。それも古い作品であれば、高頻度で熱海の温泉で殺人事件が起きていた。


「ゴールデンウィークに行ったのですが、失敗でした」

「なんで」

「人が多すぎて、多すぎて。熱海の観光地って、結構歩くんですよね。それなのにどこにっても人だらけで、まとも歩くことすらままなりませんでした。人混みで酔いそうになりましたよ」


 その時のことを思い出しているのか、少しうんざりした表情を浮かべた。


「今思えば、なぜゴールデンウィークにわざわざ混む観光地へといったのやら。好きな時に休めるのが、私の職業の強みなんですがね」

「でもいいな。熱海か」


 私は行ったことがないが、祖母は結婚してすぐの頃、祖父と一緒に熱海温泉を巡ったことがあるそうだ。見せてもらった色褪せた写真に写っていた若い祖父母が印象的だった。


「勝彦くんはどこか旅行に行ったことありますか」

「去年の秋に、じいちゃんとばあちゃんと温泉に行ったかな」


 とは言っても、車で2時間もしない場所にある隣県の温泉地だ。


「じいちゃん風呂好きでさ。旅行は大体温泉なんだよね」


 私も温泉は好きだが、体質なのかあまり長い間浸かることができない。対して祖父は熱いお湯好きで、しかも長風呂。一人夜遅くまで入っているような人だった。


「この前、テレビで北海道の秘湯についてやってたんだけど」

「はいはい」

「山の奥にある秘湯から見える絶景、って言って雪景色を映してたんだ」 

「へー、いいじゃないですか。行ってみたいですね」

「うん。結構綺麗でさ。僕も行ってみたいなと思ったんだけど。雪なんていくらでも見れるのに、わざわざ北海道の山奥まで行くって考えたら。ね」

「ははは」


 そんな話をしていると、気がつけば目的地に近づきつつあった

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