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第一話

全二十三話で完結します。

 私の故郷は、雪の降り積もる静かな村だった。

 

 日本海側の山奥にある小さな村は冬の間は太陽が出ることはほぼなく、曇り空が続く。

 

 その年の冬は正月明けから県内に大雪警報が発令された。

 

 例年以上に降り積もる雪に県の中心都市では交通網が麻痺し、複数の死者も出るなど大騒ぎだった。数十年に一度の豪雪だと言われていた。

 

 しかし、私の村ではそんな騒ぎは遠く、去年よりも雪かきの頻度が増えたと思う程度でいつもと変わらない日常が送られていた。


 「そりゃ、街の連中は大雪に慣れとらんからの。あれくらいの雪は俺らの村じゃ毎年降るやろ」

 

 そんなことを、生まれてからずっとこの村で冬を経験している祖父が言っていた。

 

 当時小学生だった私は、灰色の空からちらちらと降ってくる雪を上着のフードで避けながら家へ帰る道を歩いていた。


 「ただいま」

 

 家の扉を開けるとランドセルの中から一冊の本を取り出し、それ以外を全て玄関に放り投げてすぐさま外に出る。そして帰ってきた道と反対方向へと急足で進んだ。

 

 歩いて5分もしないうちに大きな倉庫に辿り着く。だが私の目的はこの倉庫ではない。

 

 この倉庫の隣にある、古く小さな小屋。屋根から銀色の煙突が飛び出たこの小屋が、私の秘密基地だった。

 

 扉を開けると、まず木の香りが飛び込んできた。奥の壁一面に積まれた大量の薪。その匂いはどこか甘く香ばしい。

 

 狭い小屋の中央には小さな薪ストーブがあった。大小二つの円筒を連ねたような形をしていて、背面から伸びる煙突がそのまま屋根を貫いている。

 

 木の香りがする冷たい空気を肺いっぱいに吸い込むと体が小さく震える。私は急いで薪ストーブに火をくべる準備に取り掛かった。

 

 この小屋は隣にある倉庫と同じく、祖父が営んでいる土木建設会社の持ち物だ。作業員の休憩のために作られたものだが、使われなくなって久しいと聞く。

 

 その年の秋ごろ、山小屋で悠々自適に暮らす人を特集した番組が放送された。小さな山小屋の中で、唯一の熱源である薪ストーブで暖を取り、温かなスープなどを作る様に目を引かれた。

 

 私はその姿に憧れ、祖父にこの小屋を冬の間使わせてもらえないか頼んだ。

  

 祖父は快諾してくれた。何年も使われていないせいで埃まみれだった小屋を一緒に掃除し、どこから持ってきてくれたのか、火をくべるための薪を大量に用意してくれた。


 そして薪ストーブの使い方を教えてくれた。薪の組み方から火の付け方、灰の後始末まで。特に火の扱いについては念入りだった。小学生の子供が火を扱う以上、当然と言えば当然だが。おかげさまで火傷の一つも負ったことはない。


 私は手早くストーブの中の薪に火をつけると、側面のガラス窓から火が広がって行く様子をじっと見つめる。


 しばらくするとストーブに近づけた顔を中心に熱がじんわりと広がる。ガラス窓から見える火は中の薪全てを包み込んでいた。

 

 やがて上着がいらなくなるほど小屋の中が暖かくなる。私は壁際に置かれた粗末な木のベンチ腰掛け、持ってきた本を読み始めた。

 

 静かだった。

 

 薪が燃えるパチパチという音以外何も聞こえない。世界からこの小屋だけが完全に隔離されたかのようだった。

 

 外界から閉ざされた空間で私はゆっくりとページを捲る。紙の上の文字の世界に没頭する。

 

 気がつけば何時間もそうしていた。窓から外を見ると暗くなりかけていた。

 

 空気の弁を閉め、中の火が消えたのを確認して小屋の外に出た。外は小屋の中と比べて凍えそうだった。

 

 急いで家へ帰ろうとしたが、私は振り向いて小屋を見上げる。銀色の煙突から煙がまだ立ち上がっていた。

 

 その煙がゆっくりと灰色の空に吸い込まれていったのが見えた。 

 

 

 私の故郷は、雪の降り積もる静かな村だった。

 

 これは、私が故郷で過ごした最後の記憶。

 

 行方知れずだった父の焼死体が発見され、私がこの村を去ることとなったある冬の話である。

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