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キミの感情(キャンパス)は何色か  作者: Haruno
氷姫編 プロローグ
1/1

アトリエの見習い画人

 あれは入学オリエンテーションでの出来事だ。 

 指定された教室の場所が分からず、校内を散策していた僕は彼女を見つけた。


 旧校舎の美術室。本校社のコンクリート建築の新造とは対極の虫食いが激しい木造の建物だったが、そんな環境下がより一層彼女の存在を引き立てていた。

 

 雪の結晶を彷彿とさせるシアンのミディアムヘア。橙色の双眸に指定外のパーカーを身に纏った少女はまだ何色でもないキャンパスボードとにらめっこしていた。筆を執ったかと思えば、一度置き、また執ったかと思えば再び置きを繰り返している。口をすぼめていることからも余程苦戦している模様だ。


 だが、そ彼女の横顔に僕は惹きつけられた。目の前の作品に対して真剣に向き合おうとするその姿に尊敬すら感じたのだ。


 声をかけたい。楽しく話してみたい。友達になりたい。そんな思いが混ざり合った瞬間に巡回中の先生に見つかり、僕は先に旧校舎を離れることになった。


 何かが始まった気がした。これから僕、宮下(みやした)(かなで)の高校生活を彩る、そんな何かが──。


※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※


「で? 何が始まったんだ? 奏」


「⋯⋯何も始まってないから相談してるんだよ」


 入学から二週間が経過した。が、始まった気がしていただけで何も始まりすらしていなかったのだ。


 あれから彼女との接点は生まれないどころか目撃すらしていない。唯一の友人である安藤(あんどう)昇也(しょうや)に相談を持ちかけたのだが、あまり手を貸してくれない。


 相談料として日替わり定食を支払ったものの、何か参考になりそうなことも引き出せず、残り2週間の僕の食事はもやし料理へと決定した。


 僕が不貞腐れた顔を向けていることに気がついたのか、昇也は茶碗を置くと箸で僕のことを文句ありげに指してくる。


「大体お前、何も情報がないと始まらないぞ。俺、そいつの特徴すらも聞いてねぇし」


「⋯⋯あれ? 言ってなかったっけ」


「ったく、何処か抜けてるよな。ほれ、友達にも聞いてやるし話してみろ」


 悪態を尽きつつもやはり昇也は頼りになる。それが友達も多い所以であろう。僕とは違い、昇也は既に他クラスには一人以上友人を作っており、情報網だけなら学年随一を誇るだろう。僕は昇也のお言葉に甘えて、彼女の特徴を話し始める。


「えっと⋯⋯水色の髪にオレ」


「ストップ。もう分かったわ」


 昇也が言葉を遮ると、壁際の席を指差す。そこにフードを深々と被った一人の少女が食事を取って⋯⋯いるんだよな? 彼女の席にはカロリーを効率的に摂取出来るブロック型の栄養調整食品しかなかった。3本ある内の一つを口に運ぶと手を合わせたのだがあれで満足なのか!? 


 だが、フードを被っていても僕が探していた人物であることは認識できた。それだけでも大きな成果だ。


「よりにもよって氷姫(ひょうき)か。お前、結構度胸あるな」


「氷姫? それが彼女の名前なの?」


「本当に知らないんだな。本名じゃなくて別称だよ。本名は姫川(ひめかわ)涼乃(すずの)で俺たちと同じBクラスだよ。授業にも顔出してないし顔を合わせないのも無理ないか」


「よく知ってるね」


「お前が知らなすぎるだけだ。同学年のやつなら多分誰でも知ってるぞ⋯⋯っと、すまんな」


 一瞬、昇也は憐れみの表情を向けてきた。


「ぼ、僕が友達少ないのが分かってるから続けてよ!」


「了解了解。まあ、フード取ればご存知別嬪さんなんだが⋯⋯告白したやつがいるらしいんだが、そいつ曰く冷たい眼差しで断られたらしい。しかも、一切の笑みも見せずにな。冷たい表情を一切変えない、だから「氷姫」って呼ばれてるんだよ」


「⋯⋯も、もう告白する人いるんだね! 姫川さんって凄いね!」


「何いってんだよ。お前だって狙ってるんだろ?」


「? 何が?」


 何か言いたげな昇也だったが、突然咳払いをすると食事を再開した。僕は首を傾げ、続きを読み取ろうとしたが見当もつかないため、取り敢えず水を口へと運ぶ。


「話しかけないのか?」


「向こうだって食事中だし、邪魔しちゃ悪いよ」


「お前がそう言うんだったらいいんだけどよ。ただ、傍観してるだけじゃ何も始まらないぞ」


「わ、わかってるよ。取り敢えず、食堂出ようよ。時間取らせてごめんね」


「なーに気にすんな。大親友のお前の頼みならいくらでも聞いてやるよ。もちろん飯付きでな」


 昇也はそう言ってニカッと笑う。改めてこれほど頼りになる同級生はいないと実感する。


 僕と違い、昇也はコミュニケーション力に長けており人望も厚く、僅か2週間足らずでクラス委員に推薦されるほどだ。大親友を豪語してくれてはいるものの、それも友人のいない僕を気遣ってのことだろう。とはいえ、僕からしたら感謝しかない。


 食器を戻し、食堂を後にすると昇也は財布から五百円硬貨を差し出す。


「別に返してくれなくていいのに」


「そうは言っても、お前金欠って言ってたろ。さっきも水と食パンしか食べてないだろ」  


「あはは⋯⋯実は昨日自転車が故障しちゃってね。お父さんたちも海外出張で振り込みも遅れちゃうみたいだから」


「それは災難だな。とにかく餓死だけはするなよ」


「そのことなら大丈夫。明日から叔母さんが経営してるシェアハウスで暮らす予定なんだ」


 僕はポケットからシェアハウスのチラシを昇也に手渡す。ログハウスタイプの四階建てのハウスであり、四階以外は住民の自由に使えるといった情報がポップな文字と共に全面的に押し出されていたが昇也は一通り読み込むと少し渋い顔を見せる。


「ここって裏山の頂上か⋯⋯立地悪くないか? 俺が口出しする権利はないがこれじゃあ人が集まらないぞ」


 昇也の言い分は最もである。僕たちが住む街の裏山は中々の高山だ。ハイキングコースなど道の整備がされているがそれでも往復三十分は有する。  


 しかし、これは叔母さんの仕事柄仕方のないことなのだ。山の頂上なら余程のことがない限り邪魔が入らず、仕事に集中出来るらしい。


「山⋯⋯見晴らし⋯⋯お前の叔母さんって画家かなんかか?」


「よく分かったね。まだ関連する話すらしてないのに」


「いや、アニメとかであるだろ? 余生は富士山が見える山の頂上で作品作りに没頭するとか。ちなみに名前は?」


秋山(あきやま)優希(ゆうき)って名前なんだけど」


 叔母さんの名前を告げた途端、一瞬の静寂が訪れる。しかし、刹那でその空気を切り裂き昇也は僕の肩を掴むと大きく前後に揺らし始める。


「お前⋯⋯! あの『月華』の作者の秋山優希かよ!」


「し、知ってたんだ」


「当たり前だろ! 日本国民なら知らないやつはいない紛れもない天性のセンスをもつ画家だぞ!」


 こ、こんなに興奮する昇也は初めてだ。とはいえ、やはり叔母さんの実績の偉大さを改めて理解する。


 秋山優希。齢31歳にして美術界の頂点に君臨する女性だ。代表作『月華』は国内外問わず高い評価を経ており、日本国民ならその名を知らぬものはいない⋯⋯らしい。だが、大凡の認知度の高さはやはりあの発表が原因であろう。


 一年前、突如として発表された秋山優希の活動休止。このニュースは世界中を衝撃の渦に巻き込み、本人にインタビューするも「自分で考えな」と一蹴するのであった。不治の病、スキャンダルといった憶測が飛び交うものの未だにその真相は不明であり、誰も所在を知るものはいない。身内以外は。


「だからさ、この話は内緒にしてね。叔母さん、騒がしいのは嫌いみたいだから」


「あ、ああ。おっと、そろそろ授業だな。奏では今日は早退か」


「うん。荷物を纏めないといけないし、それじゃあまた来週」


※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※


「もしもし、叔母さん」


「⋯⋯⋯⋯」


「叔母⋯⋯優希さん」


「何度言ったら分かるんだ。アタシはババアって呼ばれる歳じゃないよ」


 ババアって言ってないんだけどな、と文句でも言ったら更にヘソを曲げるため心のなかにしまっておこう。


「明日からよろしくお願いします」


「だから身内に敬語はいらないって言ってるだろ。アタシの方がむず痒くて仕方ないよ。それで、荷造りは済ませたんだろうね」


「えっと、うん。後は業者さんに運んでもらうだけだよ」


 そうかと優希さんは呟き、カチッと電話越しにライターを点ける音が聞こえた。恐らくタバコであろう。


 テレビ越しでしか優希さんの姿を見たことがない。(幼少期に一度会ったことがあるらしいがあまり見覚えがない)後ろに綺麗に束ねたれた赤髪に紫色の双眸、クールビューティーとはまさにこの人の為にあるのだろうと放出させるオーラがテレビ越しだというのにピリピリと肌に伝わってきた。ファンの間では「紅蓮の貴公子」といった二つ名がついてるとかいないとか。そんな優希さんがタバコを吸う姿を想像するだけでも様になってしまう。


 息を吐く様子も聞こえると何かを思い出したかのように優希さんが話し始める。


「そうだ。奏、オマエの他にもシェアハウスに住むやついるからな。しかも、女子だぞー光栄だろ?」


「⋯⋯別にそんなことないよ」


「チッ。もっと面白い反応が見たかっただがな。ウヒャー! ぐらいの」


 どんな反応だよ。


 心のなかでツッコんだ僕は軽く挨拶を済ませた後に通話を終了し、ソファに寝転ぶ。


 誰かと同居するなんて些細なことだ。寧ろ無償で住まわせてもらえるのだから何か反応するのは失礼に値する⋯⋯はずだ。


 とにかく失礼のないようにしないとな。


 僕は電気を消して、そのまま眠りについた。


※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※


 土曜の朝。引っ越し業者さんを見送り、家の前で待っているとけたたましいエンジン音が接近してくる。速度を落とさないまま急カーブを曲がり切ってきたのは赤色のスポーツカーだ。しかも、ラグジュアリーな雰囲気を漂わせており無知な者でも高級車であることを見抜くのは容易であろう。


 サイドウィンドウが下りると中から顔を覗かせたのは優希さんであった。しかも、タバコ⋯⋯いや、あれは棒付きキャンディだ。流石に車内タバコは躊躇しちゃったのかな。


「大きくなったな奏。ビックリしたぞ」


 ニヤリと口角を上げた優希さんは後部座席のドアロックを解除し乗車を促す。高級車という緊張感もあり、ドアの開け閉めも慎重になるものだ。


「ったく、バーンって思い切り開けてもいいんだぞ」


「いや、流石に無理だよ。これ何千万でしょ」


「別にいいんだよ。壊れたらまた買えばいいし」


 ⋯⋯お金持ちの考えはやはり恐ろしい。


 優希さんはスポーツカーをアトリエ兼シェアハウスが存在する裏山へと走らせる。高級車故に通行人の注目を集めはしたものの、目的地に到着する。


 シェアハウス「海風(かいふう)荘」と表札に記されていた。情報通り四階建てのログハウス型の建築であり、普段は見かけない構造に少し高揚を隠せない。


「まずはアトリエに案内するぞ。既にアタシの弟子が到着してるんだ」


「あれ? 確かメディアの情報だと優希さんは弟子を取らないって」


「⋯⋯気まぐれだ。アタシだって取りたいときと取りたくない気分があるんだよ」


 何処かバツが悪そうな優希さんであったが僕には全く意図が読み取れなかった。


 ログハウスの階段を登っていくとアトリエエリアである四階へと到着する。今までの階層とは違い、美術室に備蓄してあるような塗料の匂いなどが漂っており鼻が慣れるまでに少しの時間を有した。


 階段近くの扉を開けるとアトリエ内には既に一人の少女が作業をしていたが音に反応したのか筆を置き、こちらに振り返る。


 だが、そこにいたのは僕には予想外の人物であった。


「スズ、コイツがアタシの甥っ子の宮下奏だ。アンタも挨拶しな」


 スズという愛称で呼ばれた姫川さんは深く被っていたパーカーを取ると首を傾げながら僕の方をじっと見つめる。


「? 私の顔、何か付いてる?」


「え、えっと⋯⋯少し緊張しちゃって⋯⋯宮下奏です」


「⋯⋯七文字か⋯⋯覚えるの大変だな⋯⋯」


 どこか抜けたような声色で姫川さんは呟いた。七文字、僕の名前の文字数なのだがそんなに難しい名前だったのだろうか。


 姫川さんは余程作業に没頭していたのか小さく欠伸をした後に目を擦り、再び僕の顔を見て首を傾げた。


「⋯⋯ごめん、もう一回名前教えて」


 ⋯⋯な、なんだかイメージしていた雰囲気と全く違うな!


 前途多難ではあるものの、僕の新たな生活が始まろうとしていた。


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