捨てられた令嬢の再婚
婚約破棄された公爵令嬢。よくある境遇のわたしに提示されたのは、2つの選択肢だった。
顔は最高だが性格が最悪な男に嫁ぐか。
顔は微妙で性格も微妙な男に嫁ぐか。
わたしはちょうど、顔のいい男と性格の悪い男には今回の王子との件で飽き飽きしていたところだった。
自然、わたしは顔も性格も微妙な男に嫁ぐことになった。
相手はフォーラー伯爵。わたしと同じ十九歳で、家格が高く領地も広く、影響力は少なくない。
が、顔も性格も微妙と。能力に関しては、特に良くはないが悪くもないぐらい。
まあ、貴族で美形じゃないのも珍しいので、落ちぶれたわたしの結婚先として提示されるぐらいには不良物件なのだろう。
公爵家と違って、フォーラー家は、というか伯爵は領地に住んでいる。長年暮らした王都からはかなり遠い所だ。
少し前なら、寂しさに泣いていたかもしれない。でも、今となっては一刻も離れたい場所かもしれなかった。
婚約破棄から2週間。あまりに早い結婚だ。向こうもよくこんな急に準備してくれたものね、と思いながら、馬車に揺られる。
見慣れた町が遠ざかり、辺りに平原が広がり、やがて長閑な農村が見えてくる。
フォーラー伯爵領まで、馬車で1日半。最初の1日で、伯爵領に到着した。ここから屋敷まで、更に半日かかるのだと言う。
「本当に広いのですね」
伯爵領に入ったところで、王都からわたしを送ってくれた人たちと、伯爵が送ってくれた人たちが交代したので、親睦を深めようと思いながら話しかけてみる。
「ええ。だからこそ、伯爵様も王都ではなくご領地にいらっしゃいます」
人の良さそうな執事さんが答えてくれた。風景は、あいも変わらず長閑な田舎のそれだが、今のわたしにはむしろそれがありがたかった。
気取った都会の風景は、あの記憶を思い起こさせる。
『悪いが、彼女と出会ってしまった以上、君に魅力は感じられなくなってしまった。第一、この1年で彼女があげた実績の一つでも超えるような実績を、君は十年かけてあげられたかな?』
ああ、やめよう。わたしはもう、あそこから遠く離れたのだから。
今思えば、遠くに嫁がせるというのは、父の愛情だったのかもしれない。出かけるとき、もう少し名残を惜しめばよかったかしら。
「奥様、ここの特産品のハチミツを塗ったパンです。農業が盛んな土地ですので、このパンに使われている小麦も、それから朝食べていただいたサンドイッチの野菜も、すべてこの領地で穫れたものですよ」
とても美味しかった。顔も性格も微妙な夫。でも、住んでいる所だけなら、今のわたしからすると満点なのかもしれない。
「奥様、到着いたしました」
少し前まで公爵令嬢だったのが、ここではすっかり伯爵夫人として扱われている。なんだか少しおかしい。
「式は本日中に執り行います。お疲れの所恐縮ですが、お着替えとご用意をよろしくお願いいたします」
田舎と言っても、さすがは伯爵家。優しそうな執事さんは、礼儀も所作も完璧だった。
「病めるときも健やかなるときも、お互いを愛し支え合うと誓いますか?」
式は教会でしめやかに行われた。出会ったばかりで誓えるのかと思ったが、十年かけても育たなかった愛もある。それなら逆に、出会ったばかりで芽生える愛があったっていいだろう。
「誓います」
旦那様は、わたしにアメジストの結婚指輪をくれた。私の瞳の色だ。
食事の後、2人で寝室へ向かった。
少し下世話かもしれないが、これから一生を共にするのだ。少しくらい観察したってバチは当たらないだろう。
黒髪に黒い目。金髪紫眼のわたしとは真逆みたいな色だけど、わたしは金髪の男性は苦手になってしまったからちょうどよかった。
顔立ちは、なるほど前評判通り、まさに微妙だ。ブサイクではないが、派手さはない。
貴族らしく色白で、少したれ目、鼻の形は悪くない。口は小さめで、なんというか、愛嬌がある。わたしとしては、むしろ好ましいくらい。
というか、二人きりになってから明らかに伯爵様の顔が赤い。
初対面の感想としてはどうかと思うが、その、かわいらしいと思う。
「旦那様、セレナーデと申します。これからどうぞ、よろしくお願いします」
「テジオン・ル・ファーラーだ。夫婦となるのだから、敬語はやめて、お互い気安く話そう。ぜひ、私のことはテジオンと。その、セレナーデと呼んでもいいだろうか」
これは、れ、練習してくださってたっ? でも、最後は照れてたっ!
「もちろんよ、旦那様……いえ、テジオン。それにわたしのことも、できればセレナと」
「あ、ああ。……セレナ、服の着心地はどうだろうか。領内産の絹を使っているのだ。寝るときには良いと思うのだが」
「ありがとう。とても素晴らしい触り心地だわ。デザインもかわいらしくて」
「それはよかった。……よく似合っている」
か、かわいい。あらやだ、まあもう、おほほほ、おほほほほほほほ!
かわいい……っ!
ど、どうしましょう。もしかしてテジオンって、ものすごく魅力的な男性なのではないかしら。妻となった身としてはうれしいけれど、でも、またあんなことにならないか、不安だわ。
「どうかしたか?」
「あ。……わたし、あんな経緯でここに来たものだから、もし同じように、誰かにテジオンを取られてしまったらと思って」
平気でいたつもりだったけれど、そうでもないみたい。わたしはやっぱり傷付いている。
「私は浮気はしないぞ? 第一、私のような男、そう相手が見つかるものでもない」
「まあ、何を。テジオンは魅力的だわ。わたしが心配しているのは、あなたの浮気ではなくて、あなたを自分のものにしたいと思った誰かにはめられることなの」
「それは大丈夫だ。生まれてこの方モテたことがない。地味だとか微妙だとか言われているらしいし、君と結婚するのもなんだか申し訳なかったぐらいだ。実際会うと君はあまりにきれいだし……」
「えっ」
「あっ、いやいや、その、酒が入っているから。でも、きれいだし、それに、やさしいし」
ん、んんんんっ。
ま、まあ、そうね、テジオンを信じましょう。
「あれ、赤くなっている。ふふ、僕だけ赤くされっぱなしだったけど、君も照れるんだな」
「な、なんのことかしら。それより、テジオンさっき、僕って」
「えっ、いや、これはその」
「良いと思いましてよ。お貴族様としては私がマナーでも、わたしはテジオンが使いやすい、しっくりくる方が良いもの」
「じゃあ、2人のときは、それで」
「ええ」
わたしたちは微笑みあった。テジオンは、イケメンじゃない。でも、性格はわたしから見れば魅力的だ。素朴で、かわいらしい。確かに、王都で女の子たちにキャーキャー言われるようなタイプではないけれど。
わたしは良い結婚に巡り合えた。良い縁に巡り合えた。
願わくば、この幸せが、この平穏が、長く長く続いていきますように。
1月8日までに、続きを公開する予定です。公開したら、あとがきを再度更新します。
1月8日10時 続編公開しました。シリーズに入れています。