接近 3
しばらくすると救急箱を持った男性の使用人が1人、リンの部屋に訪れた。歳はフェリア嬢より少し上だろうか?茶色の髪に黒い瞳、一般的な身長と体型。これといって特質するような特長はないが…部屋に入って直ぐ睨まれる辺り嫌われているのだろう。いや、嫌われていると言うよりも何故か彼から敵意を感じる、と言った方が良いかもしれない。
(もしかして、フェリア嬢のその手首のアザは私がやったとでも思われているのか?)
リンは軽くため息を吐き、治療が終わるまで先程手に入れた新聞に目を通すことにした。
「ああっ〜お嬢様の手首に怪我だなんて……僕は使用人失格です」
一方ダンは救急箱から包帯と消毒液を取り出し、脱脂綿をピンセットで摘みバシャバシャと消毒液をかけるがその行動はフェリアに止められた。
「……ダン、傷口があるわけじゃないからそれはしなくて良いのよ?」
そう、ただのアザが出来ているだけだ。少し熱をもっているだけなのだから冷やしておけば良い。
「何を言っているんですか!!誰がどう見ても誰かがお嬢様の手首を掴んだ跡でしょ!?汚らしい輩がお嬢様に触れたんですから念入りに消毒しないと!」
ダンはそう言って、言葉通りフェリアの左手首を念入りに消毒し始めた。
「………」
フェリアはしょうがないわねといった表情で、ダンにされるがままの左手首を眺める。
これは、たぶんあの時のモノだろう。玩具屋のお店から出て脇道に入った時にふらついた私の手首を掴んだあの男。フェリアの視線は正面に座るリンに向けられる。
(一応、別人だと納得はしたけれど……やっぱり似てるのよね)
マジマジとリンを見ていたら、見られている事に気づいたのかリンの視線が新聞からフェリアに向けられた。
「真剣に私の顔を見ているけど、もしかして私の顔に何か付いているのかい?」
ニッコリと微笑むリン。
「……何でもないわ」
(何故かしら?いつの間にか最初の印象と随分と違って見えるのよね。最初はもっと分厚い壁の様なモノがあったのだけど……)
手当を受けているフェリアがそんな事を思っているのではないか?と、予想を立てていたリンはつい笑ってしまった。
(……最初は無表情かと思っていたけど…結構顔に出るタイプか。分かりやすいな)
「あら?何かしら?面白い記事でも載っていた?」
「面白い……そうだね。面白いと言えば面白いんだけど。少し前から私はその紙袋から出ている見慣れないモノに興味があるかな」
リンがチラッと視線を向けるのは、フェリアが最初に部屋を訪れた時に持っていた紙袋だ。玩具屋で買ってきた物をそのままフェリアは自分で持ち歩いていた。
「これ?これは今噂の珍しい玩具よ。制作者も謎なの、だけどチェスやカードゲームみたいに小難しくなく子供達でも遊ぶことが出来るって聞いて孤児院の子達にどうかと思って買ってみたの」
「成る程……君は使ってみたのかい?」
「いえ、まだよ。試しに気になる物を買ってみたの。後で使用人達と使ってみる予定なのだけど……貴方、気になるの?少し遊んでみる?」
「……今、私は怪我人で部屋で療養中だからね。少し退屈していたんだ」
読んでいた新聞を傍に置きニッコリと笑うリンを見て、フェリアは了承と捉えた。
そして現在。
「NOよ!別のゲームを希望するわ!!それと、その果物は私が勝ちとってきた優勝賞品なの!そんなにパクパク食べないで頂戴!!」
フェリアはソファから立ち上がり、ビッと指をリンに向けそれ以上食べないでと注意する。リンはと言うと山盛りだった苺の乗った皿をテーブルに戻す。食べられ過ぎて今はもう平地くらいの量しかない。
「食べるなって言うけど、君が言い出したんじゃないか“ただ遊ぶだけはつまらないわね……どう?勝ったら好きな果物総取り”って言っただろ?」
リンがフェリアの真似をしながら次に手を伸ばすのは葡萄。プチプチっと取って口に放り込む。
「う〜…そうだけど……こんなに強いだなんておかしいわ」
「そう言われてもね……」
私が強いのではなく、フェリア嬢が弱いのでは?とは思うが心の中に閉まっておく。リンは葡萄を房から取り、次いで先程爺が持ってきた竹串を今手に取った葡萄に刺していく。その様子を不思議そうにフェリアは見ていた。
「それは?さっき貴方が爺に頼んでいた物よね?……それに何だか甘くて美味しそうな匂いが充満しているわ」
リンは竹串を刺した果物を幾つか作り、その中の一本を手に取るとニッと笑った。
「正解。とても甘くて美味しいものだよ」
そう言って机の上に置いてある小さな鍋の蓋を開けると、鍋蓋で抑え込まれていた甘い匂いが一気に飛び出す。中は茶色の液体。すんすんと鼻を鳴らすフェリアは瞳を輝かせリンを見た。
「もしかして……チョコレート?」
「そう、これをこうしてっと……」
温められたチョコレートの中に果物の刺さった竹串を入れる。クルクルと串を回しトロリと溶けたチョコが果物に絡みつく。チョコの泉から引き上げられた果物はそのままリンの口の中に消えていくのをフェリアは目で追った。
「うん…美味しい」
ペロリと食べるリンは何とも美味しそうな表情をしている。その一連の流れをポカーンとした表情で見ていたフェリアは、ハッとし眉を吊り上げ。
「………なっ!ずるいわ!リンばかりずるいじゃない!!私も食べたい!!」
「……じゃぁ、次は何で勝負する?」
足を組み替え、微笑みを向けるリン。勝負は既にここで決まっていたのだと気付くのはもっと後で、今のフェリアには気づかない。
夜中。フェリアの部屋。
「悔しい〜〜〜!!」
ご立腹な顔のフェリアは鏡に映る自分と、濡れた髪を丁寧に拭いてくれる爺に話かけた。いや……頬を膨らませ愚痴を言い始めた。
「おかしいわよね!?絶対絶〜〜〜対におかしいくらいに強すぎるのよっっ!!あの後一度も勝てないなんてありえないわ!!」
フェリアは鏡台をバシバシと叩きながら文句をぶち撒けていた。あの後の勝率。計算しなくても分かる、リンの圧勝。しかも勝率100パーセント。手も足も出す事なく完敗だった。
「……ハッ!!そうだわ!剣で勝負を挑むのはどうかしら?」
良い考えだ!とでも言うような顔で鏡の中の爺にフェリアは提案した。だが爺は頭を横に振り。
「駄目でございます。今は手首も怪我をしているのですから大人しくしていて下さい。それに、リン様もまだ療養中の身なのですから少しは休ませてあげて下さいませ」
リンとフェリアの勝負は深夜まで行われていた。自室に戻っていないフェリアを探しに爺がリンの部屋を訪れると、鍋に入ったチョコを持って逃げるリンとそれを追いかけるフェリア。何故そんな事になっているのか詳しく聞くこともなく爺はさっさとフェリアを回収し今に至る。
「そうね……まだ療養中だったわね。それより、結界陣に異常は無かったのかしら?」
「ええ、ダンと共に確認しましたが許可無き者が出入りした形跡は何もありませんでした」
「そう……ならあれはやっぱり別人なのかしらね」
フェリアは思案顔で顎に指を添える。昼、街であったリンと同じ顔のフードの男。リン本人か確認する為、屋敷全体に施されている結界魔法の確認をお願いしていた。その名の通り結界魔法は屋敷の主人またはそれに連なる者から許可がなければ侵入者とし、警報石が報せてくれる仕組みになっている。現在、この屋敷の主人は不在の為警報石が知らせる先はフェリアとなる。そして許可印の付いたリンが中にいる事で警報石がなる事はないが、一度外に出て屋敷の敷地内に入れば警報は鳴らないが代わりに退出記録が魔法石につく。その確認を爺とダンに頼んでいたのだが、結果は白と言う事だ。
「あら?でも言っているそばから石が反応しているわね」
鏡に映るフェリアの耳に飾られた、シンプルな赤い小さな魔石のピアスが微かに輝きを増しそして熱く反応する。侵入者があると屋敷内に設置された結界魔法の礎になっている親石が反応し、その魔石から作られたこのピアスが連動する仕組みだ。
「私が見て参りましょう」
フェリアの濡れた髪を丁寧に拭いていた手を下げ、侵入者の確認に向かおうとする爺をフェリアは引き止めた。
「大丈夫よ、私が行くわ。少し風に当たりたいと思っていたところだから」
「ですが…」
「前回みたいに迷い込んだ動物かも知れないでしょ?それに危険だと思ったらすぐに呼ぶわ」
フェリアは椅子から立ち上がり、白いショールを羽織り部屋の窓からバルコニーに出る。外は暗い。今日の月はまだ鋭いくらいに細く月明かりは期待できそうにない。
「行ってくるわ」
フェリアはバルコニーからそのまま飛び出した。
「……行ってらっしゃいませ」
爺はバルコニーの窓を閉め、フェリアが戻ってすぐにベッドで寝れるようにベッドメイクをすます。サイドテーブルの小さな明かりだけを残し、部屋の明かりを消して退出した。フェリアがバルコニーから飛び出して行くのは今に始まった事ではないが。
「……もう良いお年頃ですからね。そろそろご主人様に報告でしょうか?それとも奥様の方が宜しいですかね?旦那様だとお嬢様には甘過ぎてしまいますから」
そう呟きながら当直部屋へと向かう。




