接近 2
夜。
グレイス家の客室の1つであり、現在使用中のその部屋でフェリアは眉間に深い深い皺を寄せて目の前の盤面に釘付けになっていた。
「そろそろ諦めたら?」
男はそう言って白黒の駒をひっくり返す。
「……ん゛ん゛〜!!」
盤面は黒に支配されつつある。
「これじゃなくってさ、さっきのボードゲームにしない?あっ、君は置く場所がないから私の番だね。はい、オールブラックでパーフェクト勝ち……あれ今ので何勝したかな?」
男が最後のマスに黒の駒を置いた瞬間、僅かに生き残っていた白の駒は黒の軍勢に蹂躙された。
「クッ……また、負けた……」
フェリアはガックリと肩を落とし最後の一口を差し出した。現在、怪我の治療の為療養中の部屋の住人であるリンは戦利品のいちごを口に放り込んで咀嚼する。その様子を恨めし気に見ているフェリアの今の『オセロ』と、言うボードゲームにおいては全敗。気づいた時には黒に攻められているのだ。
「ねぇ、これにしようよえっと……『人生ゲーム』?」
リンは『私だけが勝ってもつまらない』なんてほざきながらオセロを片付け、先程終了したばかりのボードを取り出した。つまらないなら少しは手加減して欲しいと思いつつも、それはそれで腹が立つのがフェリアだ。
「……また私に借金背をわせる気かしら?それとも一家離散の危機に陥って闇の商人に転職し、波瀾万丈なドン底人生で幕を閉じたと思ったら死んでからも墓荒らしに墓を暴かれ……」
「分かった、分かった。ごめんって」
人生ゲームを作った制作者が随分と闇が深いようで、堕ち始めたらどこまでも堕ちて行くようなゲームだった。内容が内容なだけにリンは苦笑いしながら改めてボードに書かれている人生の縮図を眺め。
「……でも、これ子供達が遊ぶんだよね?大丈夫なの?」
大丈夫なの?の中に、これから未来ある若者達に対する心配が見えた。この人生ゲームで遊んだ子供達が未来に希望が持てなくなってしまうのでは?
「大丈夫、……ほら見て。ここに“ブラックバージョン”って書いてあるでしょ?子供達に寄付したのは普通ので私が買ったのはまた別の物だから大丈夫……うん、私大丈夫今度は上手くやるわ」
途中、ブツブツと独り言を言い始めたフェリアは放っておいてリンは窓の外から見える月を見上げた。月はまだ鋭い三日月。
「私と同じ顔の、男か……」
窓に映る自分の顔にフッと笑いかけた。
二人がゲームに明け暮れる数刻前。
部屋で本を読んでいたリンの元にいちごの山盛りを持って乗り込んで来たのは、たった今街から戻って来たばかりのフェリア。
「やぁ、お帰りフェリア嬢。随分と馬車に荷物を積んでいたようだけど……まさか全部それだったの?」
窓辺に座っていたリンは、外から帰って来る馬車に気づいたが何やら馬車らしからぬ状態で帰って来たのを、上から見ていた。
「まさか、そんな事あるわけないでしょ?新鮮採りたての他のフルーツもあるわ」
ドヤ顔でそう言ったフェリアの背後に控える爺は、ワゴンの上の白い布を取る。すると、いちごの他に葡萄やバナナ、知ってはいるが食べた事がない南国のフルーツなどが盛られたワゴンが一台、二台……何台部屋に入れる気なのだろう?
「………フェリア嬢、君専用の果樹園でもあるのかい?」
そう聞かれたフェリアが一瞬『果樹園か……良いかもしれないわ』なんて呟いていたことは聞かなかったことにしよう。リンは立ち上がり読みかけの本をベッドのサイドテーブルに置き、執事からフルーツの乗ったワゴンを受け取る。勿論、一台だけだ。
「私が持つよ」
わざわざこの部屋まで運んで来たのだからフェリア嬢だけではなく、リンの分も含まれているのだろう。……多分。
「恐れ入ります」
深々と腰を折る執事の脇に挟まれたモノにリンは気づいた。端から見えるソレは帝国新聞と書かれている。
「それは今日の新聞ですか?」
「ええ、私が先程まで読んでいた物です。帰ってくるなり突然厨房にいらっしゃって、持ち帰って来た果物をそのままワゴンに乗せすぐにこちらのお部屋に伺ったものでして……申し訳ありません」
きっと、フェリア嬢が自ら運ぼうとした所を慌ててこの執事が奪ったかしたのだろう。眼鏡が頭の上に乗ったままだ。言った方が良いのか迷う所だが、取り敢えず苦労しているねと労いの言葉をかけつつ、この部屋で暇を持て余しているリンはその新聞も時間潰しでもらっておく。
「そうだ…厨房にアレはあるかな?」
老犬の様な真っ白でフサフサの眉が持ち上がるも、目は相変わらず何処にあるのか分からない。だが、アレとは何かと聞いていることは分かる。
「フルーツ盛りも美味しいけど……アレならもっとフルーツが楽しめるんじゃないかな?」
「楽しむ?」
リンはニヤリと笑い、執事に自分の知るアレを説明した。
「で?君はさっきから何をしているんだい?」
執事との密談が終わり、ワゴンを部屋の中に運び山盛りのフルーツをテーブルに並べたリンは部屋の中を見てまわるフェリアに声をかける。
「この部屋に秘密の出入り口がないかチェックしてるのよ」
「秘密の出入り口?そんな物がこの部屋にあるのかい?」
そもそも、そんな物があるならば屋敷の住人であるフェリアが知らないはずはないのでは?と、疑問を持つ。が。
「さぁ?私が知らないだけでもしかしたらあるかも知れないじゃない?」
「……………」
リンはため息をつきソファに腰をかけ、山盛りフルーツに手を伸ばし口に放り込む。いちごは瑞々しく甘酸っぱい。自国にいる間は殆どこういった嗜好品を口にする事がなかったので、もう2、3個口に放り込んだあと新聞を広げた。
新聞の名は『帝国新聞』一般的な記事の多い大衆向けの新聞だ。帝国の中心ネフェルモアや周辺の国々の事件や、小さな街の噂話程度の記事なんかも載っていたりするので端から端まで読むと意外と情報量も多く読み応えのある新聞の1つだ。その中でも1面を飾る記事にリンは目を細める。
「私の気のせいだったのかしら?それに遠目だったし……見間違い?ハッ!!それともアレが噂のドッペルゲンガーだったとか!?」
部屋の中、一人で嬉しそうにキャッキャッしているフェリアを横目にリンはその一面の記事をサッと読む。一通り部屋を見回ったフェリア、見回ると言っても別段見る所の無い部屋なのですぐにリンの向かいのソファに座りフルーツ盛りに手を伸ばした。
「それで?秘密の出入り口らしき物はあったのかい?」
リンはページを捲りつつ、平然とした顔で次の記事に視線を逸らす。
「ないわね……んっ!このいちご最高ね!傷みが早いから残りはジャムにする予定だったけど……もったいないわ」
凄い勢いでフェリアの口にいちごが次々と吸い込まれていく様子に、リンは驚きつつも新聞の記事の1つに視線が止まった。
(これは……)
もしかしなくても、と言う確信があるなか一応訪ねてみる。その記事を指差しながらこの山盛りフルーツが何処から来たのか聞いてみた。
「フェリア嬢、もしかしてこの『大食い大会』にでも出てたの?場所もこの屋敷から遠くはないし何より、女性限定の果物の大食いに賞品は果物特盛りって書いてあるけど……」
止まる事を知らないのか、それとも止める気がないのか視線はこちらに向いてはいるが手は果物の山と口を忙しなく往復している。
「YES!正解よ。果物特盛りって言うからあまり期待はしていなかったのだけど、思っていた想定外の量で私も驚いたわ」
イエス?……正解?当たりってことかな?リンはフェリアの謎の言葉に笑顔のままスルーした。もしかして大会自体も彼女自身が参加していたのだろうか?だとしたらこの食欲は……凄まじいを通り越して怖い。一体、その身体の何処に消えていってしまっているのだろう。
「そう……で、君は何が気になっているのかな?」
フェリアの言葉の端々から予想はつくが念の為に聞いておく。
「貴方と同じ顔を街で見かけたの」
予想は的中した。ドッペルゲンガーとは自分に瓜二つの顔を持つ人物の事だ、この部屋に来て秘密の出入り口がないかなどと言っていたのは、私がこの部屋から出て街に居たのではないかと確認しにでも来たのだろう。一応、怪我人ではあるが初対面の知らない人間を一人にするはずは勿論ない。しっかりと部屋の前に二人いる事はリンも知っている。
「それはまた、不思議な事があるもんだね。君が見ている私が幻ではなければ私は一体誰だろ?」
フェリアの目の前に座るリンは少し悲し気に笑った。
「……そうね、やっぱり見間違いだったみたい。貴方はここに居るもの。失礼な事を言ってしまったわ、ごめんなさい」
フェリアはリンに向かって頭を下げた。
「……そんな頭を下げて貰いたい分じゃなかったんだけどな……顔をあげてくれるかな?フェリア嬢」
リンは苦笑し、頭を下げたままのフェリアの肩に軽く触れた。頭をあげたフェリアはじっとリンの顔を見て、何か納得したのか『やっぱり、気のせいね』と言っているのが聞こえる。それを聞き、リンはニッコリと笑みを浮かべいちごを美味しいそうに食べるフェリアを見ていた。だが、ふと視界に気になるモノが映りこむ。
「フェリア嬢、これどうしたの?赤くなってるけど?」
リンが自分の手首を指し、首を傾げた。
「手首?……あら?少し腫れてるわ」
フェリアは自分の服の袖を捲りあげ、白く細い手首をあらわにしたがその細い手首には誰かの指が付くくらい赤黒く変色し少し腫れていた。
(そんなに強く掴まれた感じはしなかったのだけど……折れてはいないようね)
クイックイッと動かせば少し鈍い痛みがあった。
「こらこら、動かしたら駄目だよ」
リンは机の上に置かれたベルを鳴らし使用人を呼ぶ。メイドがすぐに来て、リンが怪我の具合を説明するとすぐに救急箱を取りに飛び出していった。
「このくらいの怪我なんて大したことではないわ、応急処置なんて不要よ」
と言っていたフェリアだが、仮にも貴族令嬢である。リンはその様子から普段も、怪我をしてもそのまま放置でもしているのだろう。そしてそれをメイドが見つけ叱っていると予想した。
もう一度言う。仮にも貴族令嬢が外で怪我をした、何て言ったら大事になりそうなはずなのにフェリアもとい救急箱を取りに行ったメイドも以外と冷静だったからだ。
リンは長い足を組みかえ頬杖を付いたまま、目の前の変わった少女を観察した。




