出会い 2
グレイス家にある修練場。
普段は剣戟の音が鳴り響くその場に、モアスの叫び声が響いていた。
「痛いっ!痛いってばフェリア!そんなに引っ張らないでよ!!そんなことしたら僕の頭がどっかに行っちゃうてば!!」
広い修練場の中逃げ回っていたモアスは背中に感じる固い感触に絶望した。正面には可愛らしいリボンを片手に、息1つ乱さずに追いかけ壁際に追い詰めた彼を見下ろすフェリア。その顔は『深窓の令嬢』と呼ばれる彼女とは似ても似つかないほどの、邪悪な笑みだった。ジリジリと距離を詰められ、しまいにはドンッと、女子の憧れの壁ドンを頂くもモアスは抗議の声を上げる。
「僕にソレは似合わないから!」
「何を言っているの?似合う似合わないじゃないわ」
イヤイヤと迫り来るフェリアの手を躱すが、そんなもの受け入れられるはずもなくモアスのワカメの様な頭はフェリアの手によって呆気なく鷲掴みにされ、フリフリレースの付いた可愛らしいリボンが頭の上で不恰好に結ばれた。
「……………酷いよフェリア」
ブスッとした顔でモアスは正面に立つ彼女を見上げる。
「何言ってるのよ。お兄様から頂いた新しい剣の稽古に付き合ってもらうのにその髪じゃ前が見えなくて邪魔でしょ?」
やり切った!と、いった顔で僕を見下ろすフェリアの今日の服装は真っ白なワンピースでもなく、動き辛そうないつものドレスではなく簡易的ではあるけれどちゃんとした稽古着だ。胸にもしっかりとガードをつけ腰には細長い剣をぶら下げている。
そんな彼女の深い海の様な長い髪は紐で適当に括り背に流し、日に当たった事がないのではないかと言う程の白い肌には既に粒の様な汗が浮かんでいた。そして水面の中から空を見上げたような不思議な色合いの青い瞳と視線がぶつかる。
「さっ!始めるわよ!!」
そう言って突きつけられるのはキラリと光る剣先。先程まで腰にぶら下げていた剣をモアスに向けて振り下ろした。
「えっ!!ちょっと!僕まだっっ!!」
彼女の持つ細身の剣をヒュっと交わしながらモアスも同じ様に剣で応戦する。
「良く避けたわね」
「あ、あた、当たり前だろ!!避けなかったら怪我するじゃないか!!」
「まぁ〜そうなるわね」
「そうなるわね。じゃ、ないからっ!!」
何度か打ち合うも彼女から勝ちを貰えるのは稀で、下手をしたら一本も取れないなんてこともザラにあるのが日常だ。
「でも、モアスなら大丈夫でしょ?」
剣を打ち込み、フェリアは不思議そうに首を傾げる。剣の重さはそこまでないとはいえ何度もぶつかり合う剣にモアスの手は次第にジンジンと痺れてきていた。
(後一撃でも喰らったら終わりだ!僕の握力がもう持たない……ここは逃げるが勝ち!!)
「大丈夫……な、わけないからっ!!」
鍔迫り合いの剣を弾きながらモアスは叫ぶ。
「あら?今日はやる気かしら?」
やる気を見せた彼にフェリアは嬉しくなり、ついモアスに弾かれた剣を素早く持ち替え、スピードを殺さずにそのまま打ち下ろした。
グレイス伯爵家の長女フェリア・グレイスは、表向きは身体が弱いと言う理由であまり外に出ない。
貴族の通う学院には在籍はしているものの殆ど通うこともなく、必要最低限学院側からのお願いで行事に参加するくらいだ。そして極め付けは人目を引くその容姿に皆は『深窓のご令嬢』と呼ぶ。学院での彼女はその名の通り優美で上品な所作に加え、儚さのある笑顔を振り撒く。人とは当たり障りない話で如何にもな感じで過ごしていた。だが裏で『深窓のご霊嬢』と呼ばれることもある。真っ白な肌に青い髪、節目がちな瞳に落ちる長いまつ毛の影がより一層不健康そうに見えてしまうのもあるが、一度だけ心霊スポット巡りの帰り道に同じ学院の生徒と鉢合わせた。その時着ていた服は真っ白なワンピース。容姿とその時の状況も相まって『幽霊の様だ』と噂されてしまっているのを僕は知っている。
だが。実際には。
「ひぃぃ!!」
モアスの情けない叫び声と共に、カランと軽い音をたてて真っ二つに落ちるモアスの剣。そして股の間にザックリと細身の剣が刺さった。
「……………ゴクッ」
「今日はこのくらいで良いかしら?さっ、汗もかいたし爺にお風呂の準備をさせるわ。モアスもお風呂に入って食事にしましょ?」
地面に刺さった剣を抜き、モアスに手を差し出す。その顔は皆が噂をする深窓のご令嬢でも霊嬢でもなく、相変わらず冷たい印象の整った美しい顔立ちは、ニッと笑うと年相応の健康的で可愛らしい僕の良く知るフェリアの顔になる。
いつまでも、これからも。
僕だけのフェリア―
差し出された手を握り。モアスとフェリアは修練場を後にした。
「えっ?明日はあの廃屋敷に行くの?」
風呂上がり、濡れた髪を拭きながらモアスは驚いた表情でベッドにくつろぎ本を読むフェリアを見た。
「そうよ!私、前々から気になってたの!あの廃屋敷!!」
勢いよく本を閉じ、フェリアは窓際に立ち日が落ちた空を見上げた。目を凝らさないと見えない様な細い三日月が夜空に浮かんでいる。
そう、明日は新月。
フェリア達は新月の夜になるとお互いの家を抜け出しある場所を巡るのが日常の一部となっていた。
その場所とは。
『心霊スポット』
誰が好き好のんで行くのか?と、問われればかぶせ気味で手をあげてしまう程その場所が好きなのがフェリアである。何がきっかけなのかは僕も知らない、気づいた時にはその『心霊スポット』に僕まで連れて行かれる羽目になっていたのは幼馴染の宿命なのだろう。
「明日の廃屋敷は少し郊外から外れた森の中にあるらしいの、ここからだと馬車で随分かかるわね」
そう言ってワクワクした顔で地図を広げるのはいつもの事だ。
「楽しそうで何よりだよ」
モアスはぼそりと呟きながら濡れた髪をガシガシとタオルで拭く。手近の椅子に座り明日行く廃屋敷の事を考えた。そう言えば最近、新聞であの辺りの地名を目にした事を思い出した。
「あれ?郊外…って事はあの山の手前だったかな?確かあの辺りって最近物騒な事件が多いって新聞に載っていたけど……大丈夫かな?後でフェリアの執事に言っておいた方が良いよね」
「何が言っておいた方が良いの?」
ぶつぶつと独り言を呟いていたモアスの背後にはフェリアがキョトンとした顔で立っていた。モアスの手からタオルを奪い代わりにフェリアが頭を拭いてあげる。
「うわっ!ぷっ!ちょっと……フェリア!僕の頭が取れるからやめてよっ!!」
「大丈夫よ。そんな簡単に頭は取れないわ」
見た目とは裏腹にフェリアの馬鹿力で髪なんか拭かれたら本当に頭まで持って行かれる…物理的に。
「まだ水が垂れてるじゃない、ちゃんと拭きなさいよ。夏だからって裸で寝てたら風邪は引くのよ?」
「………それは君の実体験じゃないか」
「なんのことかしら?」
僕の頭を拭く力が強くなった気がする。
「そう言えば、フェリアのお兄さん達はいつ帰ってくるの?」
「兄様達?たしか……1番目は予定より遅くなるって聞いたわ。2番目のお兄様は来週末にはこちらに着くそうよ」
フェリアが僕の髪を手で確認するとヨシっと小さな声が聞こえた。軽く櫛で梳き、もう良いわよと声をかけられる。どうやら満足してくれた様だ。
「それにしても、モアスの髪はサラサラで綺麗ね」
梳き終わったモアスの髪は、学院にいる時のボサボサのクネクネとしたワカメ頭からサラサラのストレートになっていた。闇夜の様な艶のある真っ黒な髪は今はなんの癖もない。学院に行く時はあえてあの髪型にしているのには理由がある。その1つは普段なら髪で隠した見えない顔も今は見えている。その顔、額の辺りから左目の下まで何かで切られた様な傷があった。
「それはどうも、でもフェリアの髪だって深い海の色みたいで綺麗だよ」
モアスもフェリアに習ってニッと笑い明るい黄緑色の瞳で彼女を見た。
「ふふ、ありがとう。あっ爺が来たみたい。はぁーい、どうぞー」
フェリアが部屋の扉を開ける音を聞きながら、モアスは今日のフェリアを心の中に刻みつけた。
僕のフェリア。
僕だけのフェリア。
いつまでも、これからも君は僕だけの物だ。
そう思っていた、アイツが来るまでは―。
夜。
暗い森を照らす月明かりは無く、辺り一面は真っ暗な闇。その中で微かな衣擦れの音が近くから聞こえた。
「居たか?」
「いえ、この辺りのはずなんですが…」
情報ではこの辺りに今は使われていない屋敷があるらしい。その屋敷周辺で人影を見たと言う情報があった。
「引き続き頼む」
「はいっ!」
微かな衣擦れの音が今度は離れていく。それを確認した男はふぅとため息を吐いた。空を見上げれば細い三日月が捜索の邪魔をしていた。
「いったい、どこにいる」




