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出会い 1

 ある新月の晩。

 湿った空気と古臭いカビの匂いがとても良く似合う如何にもなボロ屋敷に、不釣り合いな二人組が現れた。

 1人はこの場にそぐわない真っ白なドレスを(ひるがえ)しながら意気揚々と、それでいて興奮した様子でオレンジ色に輝くランタンを掲げズンズンと前を歩いていく。

 そのすぐ後ろからは、ほんの微かな音でさえも敏感に反応し普段から青白い顔をしている顔を更に青白くさせた少年が1人。前をズンズンと歩いて行く彼女から離れない様に彼女の服の袖をギュッと握りしめ必死に付いて行く。

「ストップ!!」

 前を行く彼女は古めかしい壊れかけの扉の前で突然止まり、僕はそのまま彼女の背中に顔面衝突した。

「うわっ!!ブッ!!……ちょっと!突然止まらないでよ!僕の鼻が潰れちゃうじゃないか!」

 そんな僕の文句は届かずに彼女は手に持ったランタンを高く掲げ。

「匂う!匂うわよ!この先に心霊ポイントがあるはず!行きますわよ!心霊探検隊!」

 そう言って蜘蛛の巣のかかった扉を細い指で突く。ギィギィギィーと耳障りな音をあげながら扉はあっさりと倒れその拍子に床に散り積もった埃を舞い上げた。

「行くわよ」

 暗闇の中でも分かるほどに真っ白になった空間へと彼女は勢いよく飛び込んで行った。

「うわぁ!まっ、待てよ!!ゴホッ!ゴホッ!っ…こんな汚い場所、僕嫌だよ早く帰ろうよ!」

 舞い上がった埃で()せた少年は一瞬離しかけた手に力を込め、慌てて彼女の服の袖を引っ張る。が、見た目の清楚な彼女からは想像出来ない程いくら引っ張てもビクともしない。ピンっと張ったドレスの袖を掴むモアスはこちらに背を向ける彼女小さな背を不安気に見つめる。

「帰る?何言ってるのよモアス」

 振り返った彼女は舞い散る埃が落ち着いたその(ひら)けた真っ暗闇の部屋をバックにニタリと笑む。

「ヒッ……!!」

 彼女の笑った顔とその闇が、まるで地獄の入り口の様に感じてしまう。

「夜は、これからでしょう?」

 足元からはどこからか冷んやりとした空気が徐々に纏わりつくように身体を登ってくる。

「いや、でも……」

 突然の寒気にモアスは身体を震わす。彼女の袖を握る手とは反対のランタンを持つ手はカタカタと小刻みに鳴いている。

「じゃあ、貴方はここで待っていて」

「えっ!!待つ?ここで?」

 モアスは頼りないランタンの灯りを左右に向けるが手元の光から先は闇だった。漆黒の闇の奥からは時折何かが廊下を歩く音が耳に届く。


 ミシッ、ミシッ…


「どうするの?」

 そう聞いてくる彼女は相も変わらず涼しい顔をして闇の奥を見つめていた。

「い、行くよ……行けば良いんだろ?」

 ゴクリと喉を鳴らし彼女の袖から手を離し、ランタンを前に突き出し闇の中に足を一歩踏み出す。

「……ねぇモアス」

 今にも抜けそうな床を慎重に一歩一歩踏み出すモアスに、彼女はランタンを向けそして指で別の方向を指した。

「そっちじゃないわ、階段はこっち」

「っ……知ってるよ!」

 モアスは体を半回転させ彼女―フェリアの指す方向へと足を向けた。ミシッ、ミシッと慎重に階段を登るモアス。時折外では動物の遠吠えが聞こえて来る。モアスが階段の踊り場まで無事に辿り着くと、すぐ後ろを登っていたフェリアが怖がらせる様なことを言ってきた。

「ねぇモアス。何か聞こえない?」

「聞こえない!……なんだって僕がこんな」

 モアスの不満が溢れる中、フェリアはランタンの僅かな明かりを頼りに暗闇の中をキョロキョロと見回した。

 今日は新月。窓から入る月明かりもなく本当に真っ暗な夜だった。そんな暗闇の中、動く白いモノをフェリアの目が捉えた。

「モアス!前!」

 踊り場のモアスに注意を促すが間に合わない。

「ん?前?」

 モアスは足元を照らすランタンを正面の暗闇へと向けた、が。ガクンと身体が後ろに引っ張られる。

「えっ?」

 引っ張られながら落ちていく浮遊感を感じながらも、モアスの目は別の物を捉えていた。

「なっ!フェリっ……」

 引っ張ったのはもちろんフェリア。そして正面からは白い何かが僕たち2人に向かって襲いかかってきていた。

「大丈夫よモアス!私が悪い幽霊なんかけちょんけちょんにしてあげるわ!!」

 そう言って腕を捲り上げるフェリアの顔がなんとも凛々しいことか。白いドレスを翻し白い何かに立ち向かって行く彼女の小さな背を最後に僕の意識は闇に落ちた。


 フェリア・グレイス―10歳

 モアス・オルランド―8歳



 ***



 時は流れ、7年後。

「なぁモアス。今日も行くんだろ?」

 午後の授業が終わった教室でモアスは1人の男子生徒に声をかけられた。

「………行くけど。何?」

 バタンと分厚い本を閉じ鞄にさっさと放り込む。午後の授業は眠たくなるような歴史の授業で、建国からこれまでの歴史が書かれている教科書は尋常じゃないくらいにズッシリと重かった。

「これ、フェリア嬢に宜しく頼むよ」

 渡されたのは幾つかの封筒。宛名は全て『フェリア・グレイス嬢』と書かれていた。

「…………分かった」

 モアスは受け取った封筒も鞄に放り込みさっさと席を立ち教室を出ていった。それを見送った男子生徒の1人が隣の男子生徒へと話かける。

「おい、アイツに手紙なんか渡して良かったのか?」

 男子生徒は少し気まずそうに話かける。

「ん?大丈夫、大丈夫いつものことだから」

 そう言って自分も薄い鞄を手に取り歩き出す。教室を出ると同じ制服を着た取り巻きの1人が近づいてきた。

「いつもって……アイツあれでもフェリア嬢の()()()だろ?」

「だから?」

 男子生徒は鞄をその取り巻きに渡し、広い石造りの廊下を優雅に歩いていく。

「だから、その……」

「ふん。貴族同士の揉めごとになるからやめとけとでも?君は……アイツを知っているかい?」

 そう言って見下した様な表情で、顔にかかる茶金の髪をかき上げる。

「アイツ?あぁ今のモアスって……オルランド男爵の息子だろ?確か元商家の」

「そう、金で爵位を買った成金貴族の息子さ。それにグレイス伯爵家のフェリア嬢の婚約者でもある。だが……君も彼を見て思わなかったかい?」

 何を?とは言わない。たが彼の言いたいことは分かっている。彼―モアス・オルランドが深窓の令嬢と言われるフェリア・グレイスと釣り合っていないことに。フェリアもこの学院に在籍しているはずだが来るのは年数回、自分も一度遠目で彼女を見た事はあるが遠目でも分かる程人形の様に綺麗に整った顔をしていたのを覚えている。

「それに、ただの男爵位の息子。爵位でみれば僕の方が上だし顔だって僕のが数倍整っている。あんな根暗な海藻頭の彼に来月の舞踏会(パーティー)でエスコートされる彼女が可哀想だと思わないかい?」

 男子生徒が学院の入り口に着くとそこには色とりどりの馬車がズラリと並んでいた。そこに並んでいるのは上位貴族の馬車達、その中の1つに近寄ると御者にしては随分と身綺麗な格好をした男がサッと御者席から降り扉を開けた。

「君も、来月行くのだろう?」

 茶金髪の男子生徒はその馬車に乗り込み、彼の取り巻きの1人が持っていた鞄を彼に渡した。

「あ?ああ、もちろん。主催がネフェルモア皇室なんだから行かないなんてあり得ないだろ?」

 座椅子に座り足を組んでいた彼は、それを聞きニッと笑う。

「なら、やはり彼女はこの僕と行くのが一番良いと思うだろ?」

 また明日、学院でと言って馬車の扉は閉められた。カラカラと車輪が音をたてて動き出す。御者が「ハッ」と一声、馬に鞭を打つと速度をあげ馬車が学院を出ていった。

 その馬車が見えなくなるのを確認した男子生徒は小さなため息を吐き出し、帰路へと足を動き出す。

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