接近 4
同時刻。
フェリアがバルコニーから飛び出している頃。部屋で寛いでいたリンも外の異変に気づいた。素肌がザワザワするような感覚に思わず眉間に皺が寄る。
「……何だ?」
ピリピリとした何かが肌を纏う。慣れ親しんだ殺気とは違う何かにリンはバルコニーを見やる。
「……剣戟音?」
微かに聞こえる音を不審に思いリンはバルコニーに続く窓に近づき開く。その瞬間、夜なのに生暖かい空気と微かに聞こえていた剣戟音が直ぐそばで聞こえてきた。
すぐさまバルコニー下を覗き込めば、白いショールを羽織ったフェリアと黒い服を纏った侵入者が戦っていた。
「フェリア嬢!!?」
リンはバルコニーに足をかける、が。立ち眩みの様な感覚に一瞬ふらついた。そのまま手でバルコニーの縁を掴むがズルっと滑ってしまう。
(しまった!!手が…)
滑った拍子にバルコニーの外側に体が飛び出しこのままでは落ちる!と、思った瞬間。
「ダン!!」
下のフェリアが叫ぶ。
「はいはい……俺はお嬢様以外に触りたくないし助けたく無いんですけど、そのお嬢様のお願いならしょうがないですね」
落ちかけたリンの襟首をグイッと引き上げ後ろに放り投げるのは、ダンと言う名のフェリアにべったりなあの使用人だった。
「…いッ…!!?…ゴホッ、ゴホッ!!」
引き上げた際に首が締まり咳き込むリンを冷たい瞳でダンは見ていた。
「お客様〜危ないので下がっていて下さ〜い」
まるで道端のゴミでも見るような目つきのダンは、リンを一瞥しリンの正面に立ちはだかるようにこちらに背を向け立つダンの姿は少し気怠げだ。
「ダン!そっちに行ったわ!」
バルコニー下から聞こえるフェリアの声に欠伸を隠そうともしないダンは。
「はいは〜い。お任せ下さ〜い」
緊張感のまるでない間延びした言葉と共に、全身黒い服を着た侵入者がバルコニー下から数人現れた。
「餌が部屋から出て来た瞬間に寄ってくるとかっ…虫ゴミ以下だな!」
ダンは侵入者の顔を素手で掴みそのまま床に引き摺り倒し手刀を加える。そして、別の侵入者には足払いを加えバランスを崩した所をそのまま腕で首を締め上げ意識を奪った。
(……素早いっ)
「ごめん!もう1人行った!」
フェリアが叫んだその瞬間、もう1人が背後から現れリンの首を絞める。
「っ!?」
「あっ……俺、今手が空いてないんだけど……自分で何とか出来る?」
ダンは気絶した2人を手に何ともない顔で自分で何とか……普段ならそんな言葉に苛立ちは覚えない方だが、今日は何故か非常に苛ただしい。
リンは自分の首を掴む侵入者の指を数本掴み捻り、そのままくるりと侵入者を床に転がした。
「おおっ!偉い偉い!お客様もやれば出来るじゃん」
パチパチと拍手するダン。
「ダンっ!怪我させたの!!?後でお仕置きよ!!」
「えっ!!お仕置き!」
何故か嬉しそうなダンと裏腹にリンは。
(兄が兄なら妹とも……いや使用人でさえもこれか……)
グレイス伯爵家は階級で言えば中位の貴族階級だ。一般的な貴族で模範的、至って普通に見えるのだが一部の限られた人間の間ではその名を知らない者はいない。
『神の末裔』
彼ら一族はそう呼ばれている。容姿端麗もそうだが、個々に能力を持っているそうだが詳しい事は限られた人間の中でもネフェルモア帝国の皇帝に近い者しか知らされていないらしい。
何故なら、彼らの力を利用しようとした何処かの国が逆に利用され滅んだ。別の話では、グレイス家の娘を無理やり力ある権力者に嫁がせたらその一族は貴族名簿から消えた等と怖い噂話を聞く一方で、滅びかけの国を一晩で復活させたとか、海の真ん中で道を作ったなんてまるで何処かの国の神話の様な噂話があるのがグレイス家だ。
そんな一族を野に放つのは危険でもある、かと言って『神』と名のつく様な彼らを閉じ込めておくことも出来ないのでネフェルモア帝国の何代か前の皇帝は彼らを敢えて辺境の地に追いやり階級を中位の伯爵とした。
彼らの名は次第に聞くこともなくなり、現在では辺境の地にある数ある伯爵家の1つとして認識されている。
(皇帝の思惑は叶ったと言うわけか)
リンは自分の首をさすり、拘束した男をひっくり返し被っていた黒い布を引き剥がした。
「……………チッ」
リンは思わず軽く舌打ちをした。
「何?そいつ死んだの?」
ダンはリンの舌打ちに気づき自分の拘束している男の口に手を突っ込み、ゴリっとした音ともに男の口から何かを引き摺り出した。
「……ん〜。ただの毒だね。速攻性はあるけど、それ以外は他に何も無さそう」
ダンは男の歯の裏側に仕込んでいた小さな透明なカプセルを、歯ごとむしり取り中の液体を揺らしていた。
「みただけで…ゴホッ…分かるのか?」
「もちろん!俺は専門家だから」
ダンはニヤリと笑い、そのカプセルを握り潰した。トロリとした液体はダンの指を伝ってポトポトと真下に拘束された男の口の中に落ちていく。
「がぁっ!!ぁあっ!!……ぐっ、ふぁ゛!!」
男は苦しみ悶えるが、ダンに拘束されているので首の上しか動けないでいた。
「たっ…たす……けっ、て」
涙を浮かべダンに助けを求める侵入者の男は次第にプルプルと痙攣しだし、そのうち泡を吐きながら力なく横になっている。
「……死んだのか?」
「まさか、あんな量で死ぬわけないじゃん。全然致死量には足りてないし。せいぜい苦しむだけだよ」
ダンはつまらないとでも言う様に倒れた男を一瞥し、バルコニー下のフェリアに声をかけた。
「お嬢様〜終わりましたか〜って、アレ?居ない」
ダンはキョロキョロと辺りを見回している。どうやらフェリア嬢が見当たらないらしい。
(……そう言えばさっきまで聞こえていた剣戟音もいつの間にか聞こえなくなっている)
リンも何かあったのでは?と、気になりバルコニー下を見やる。が、下にあったのは山積みにされた侵入者達。
『神の末裔』と、呼ばれていた彼らが個々の能力を秘めた代わりに得たものがある。
『武神』
と、いう二つ名。辺境伯の元には二つの武神がおり帝国有事の際にはどちらか一方が駆り出される事が決まっている。リンがこの世に生を受けてからはそんな話は聞かないが、何代か前はそんな事もあったのだと聞いた。
(神の末裔に武神……改めて考えるとグレイス家とは凄い一族だな。伝説の様な逸話ばかりで信じてはいなかったが……あの侵入者達の山を築いたのがフェリア嬢1人であれば、武神に愛されていると言う話は本当かもしれない)
リンはグレイス家長男ではなく、一族全体がそうなのだと認識を改める事にした。
(だが……アイツは『ウチには俺なんかよりもっと強いヤツがいるぜ!!』とかぬかしていたが……目の前のダンと言う使用人。確かに彼は武器を使わずに侵入者を制圧していた。けれど、アイツより強いとは感じない……なら、屋敷の主人である伯爵?彼も武に優れていたがどちらかといえば文官よりだ………アイツの弟も騎士になる為に学院に入学したようだが、彼もまた父である伯爵に近い印象を受けた)
なら、残る1人は。と、考え出したところで部屋の扉が勢いよく開く。肩で息をしているところを見ると相当急いでこの部屋に来たらしいフェリアは、ズカズカと部屋に入ってくるなり白く細い腕を振り上げ。
「お嬢さ……ま、あっ♡」
細腕に叩かれたダンは軽々とバルコニーの外へとスローモーションで飛んでいく。その顔が嬉しそうに歪んでいたのは言うまでもない。
「………えっ?」
見事、場外に押し出されたダンは侵入者達の山の上でピクピクと鼻血を出し……動かなくなった。
「………彼は、大丈夫なのかな?フェリア嬢」
リンの隣では鼻息荒く両手を腰に当てて立つフェリアの姿。
「問題ないわ。ダンはそんな生優しい男じゃないから」
「そう、君がそう言うなら良いけど。君は大丈夫なのかい?」
リンは血飛沫を浴びたフェリアにそう聞いた。多分、本来なら真っ白な色だったのだろう服が今は無惨にも赤く染まっている。
「私?私は大丈夫。怪我はしてないわ。これは侵入者達の血ね。突然仲間割れを始めてしまったものだから止める暇がなかったわ」
せっかく気に入っていた服だったのにと、文句を言っているフェリア。リンは突然の仲間割れ?に疑問を持ちつつも。侵入者の心当たりを聞いた。
「知らないわ。ただ、この侵入者達は貴方を探していたみたい」
「私を?」
「ええ“ミルドレッド・ネフェルモア”貴方の事を彼らは探していたのよ」
感情の揺らぎのない綺麗な海のような瞳がリンを見上げた。
「………知っていたのか?私がミルドレッド・ネフェルモアだと」
「偶然知ったの。あの侵入者達の話でね」
偶然……知った?リン―ミルドレッドは顔を険しくする。最大級の警戒をフェリアに向ける。
「そうか、偶然。……でもねフェリア嬢。彼“ミルドレッド・ネフェルモア”は数年前に亡くなったんだよ」
ミルドレッドは闇夜の中、微笑みを浮かべた。




