表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/6

第5話 治安維持

 

 大宮駐屯地。

 陸上自衛隊第1師団第32普通科連隊の第4中隊は今後被災地域が拡大することを念頭に、さいたま駐屯地に待機していたが、命令が下った。


 治安出動により、大宮駅にただちに出動せよ。

 また、治安出動に基づき、警察等連携して、都内の治安の維持に当たれ。

 なお、実弾を配給し、発砲も想定するも、実際の発砲は部隊指揮官の命令に従え。


 隊員たちは外に集まり、小隊ごとに弾薬箱を配給し、中身をあけた。

 89式小銃に用いる5.56ミリNATO弾が入っていた。


 隊員たちは89式小銃の弾倉に実弾を込めていく。


「小隊長、これ怪獣に撃つんですか?」


 まだ顔にあどけなさが残る新人隊員が聞いた。


「お前話聞いてたんかよ」


 若い小隊長がそういうと、ベテランの曹長が補う。


「治安維持だよ。いざというときに、命令があったら撃つんだ。俺たちは今から警察官だ。避難誘導したり、雑踏警備したりするんだよ多分」


「手当は出ますか?」


 メガネの士長が言った。


「出るよ」と小隊長。

「いくらか忘れちゃったけど」


 ふーん、メガネの士長はそういって弾薬を詰めた。


「まさか、災害派遣に回されるかと思ったら、治安出動で出るとは思わなかったよ」


 小隊長がぼやくと、同感です、と曹長がぼやいた。


 小隊長は銃口を市民に向ける可能性を考え、そのあとは考えることをやめた。




 官邸地下では、綿貫分析官が机上の埼玉県地図を見ながら唸っていた。

 地図の上、さいたましの北西には黄色いマグネットが置かれている。


「怪獣は現在、時速6キロ程度の速さで南西方向に向かっています」環境省の職員が答えた。


「なんてこった。大宮駅に衝突するコースだぞ……」綿貫はぼやいた。


「大宮駅には。数万かそれ以上の単位で避難民が県外に逃げようとしています」と総務省の職員。


「JRなどでは危険性を鑑みて、いつ鉄道を止めようかという話をしています」


 疲労と困惑と難題で吐き気がしはじめてきた綿貫は、おでこに手をあてながら、うーん、と唸った。


「とりあえずギリギリまで列車を運行しよう。機械的な故障があったらそこで全面停止。少なくとも怪獣が大宮駅10キロ地点まで来たら、大宮駅の電車発車をとりやめ、首都圏の電車は安全圏内で全て止める。そのあと地下道などへの避難を促す―――」





「―――えー、それでいかがでしょう」


 綿貫防災担当分析官の意見をそのまま取り入れた、高田防災担当政策統括官は危機管理センターの幹部会議室で提案をした。


 総理以下、出席者に疲労の色が見える。


「もっと早く止めたほうがいいんじゃないかな」と法務大臣。


「しかし、いきなり止めるとなると、余計に混乱します。乗客乗員双方に時間的猶予を与え、準備をある程度させるのです」

 高田は、さっき自分が質問して、綿貫が答えたことを言った。


「自衛隊の攻撃は?」防災担当大臣が言った。


「多数の国民が近くにいる現状で攻撃をするのはリスクが大きいです」


 全員がしばらく沈黙した。


 重く口を開いた総理が言った。


「それでいこう」


 ため息交じりの声だった。そして、続けた。


「被害は最小限で、国民の生命を最優先で頼む」





 怪獣は桶川市に入っていた、


 辺りは夕暮れで、オレンジ色の光の中を怪獣が一歩、一歩とすすんでいる。


 怪獣の足元から煙や埃の類が消えることはない。車などの燃料の爆発の黒煙、破損した水道管の中の水が跳ねあがった時の水柱にミスト、瓦礫などの埃……。

 

 怪獣が進んだ地域は粉みじんになって、原型をとどめることはなかった。


 怪獣はゆっくりと、しかし確実に前進し、桶川市を超え、上尾市に入り、10キロ圏内に入りつつあった。





 JR東日本 東京総合指令室


 首都圏の在来線24路線を運行統括するその巨大な部屋に、大宮駅10キロの地点まで怪獣接近という報告が入った。


「よし、大宮駅での運行をストップする」


 指令室の責任者が号令を発した。

 該当各線の指令員は「大宮駅運航中止!」などと声を上げる。

 責任者はその様子をふとみて思った。畜生、一言自分たちにも相談すればいいのに、お上は気楽なもんだ。

 しかし、その責任者もすぐに指令業務に没頭して、そんなボヤキは忘れていた。




 大宮駅構内は人で一杯だった。いつ群衆事故が起きても不思議ではなかった。

 そこへ大宮駅運行中止だ。

 群衆の波は駅員たちに食って掛かった。

 同じように警備していた自衛官や警察官にも殴りかかろうとしている者もいる。


 陸上自衛隊第1師団第32普通科連隊第4中隊に所属する、若い小隊長は大宮駅構内の中央改札で他の38名の部下たちと一緒に群衆にもまれながら言った。


「威嚇射撃、1発ずつ上に向かって撃て! 注意しながら撃て!」


 小隊長は絶叫した。内心は、誰かを刺殺してしまったかのような心境だった。

 こんな形で射撃なんてしたくなったよ。


 そう思いながら、89式小銃の銃口をしっかり大宮駅天井に向けると、1発発砲した。

 他の隊員たちも続けて発砲する。

 群衆は渦を巻いて反対側に向かおうとするが、反対側でも発砲音がして、群衆は完全な渦巻きを描いた。


「今のは威嚇射撃です!」


 北側の改札から、拡声器で響く声。

 多くの人は姿は確認できないでいたが、陸上自衛隊の三佐だった。


「誰の殺傷を目的としておりません! 落ち着いて、駅員、警察官、自衛官の指示に従って、駅地下への退避、および駅構外への退避をお願いします!」






「とうとう撃ったか!」


 官邸地下の危機管理センターの幹部会議室で、治安出動命令を出したはずの当の総理が両手で顔を覆って、うめいていた。


「これで俺の内閣もぶっとんだ」


 総理にはまだやることがあった。現行内閣の責任問題について議論するのは、この災害が一段落した時だ。

 だが、一部野党は、すでに内閣総辞職のシュプレヒコールを上げようとしていたし、与党のなかでは水面下ではあるが、次の内閣についての動きが活発化していた。






 怪獣は埼玉県上尾市内を歩行していた。


 怪獣は桶川市のある点からやや南に移動していた。


 その怪獣の屈強な足は、湘南新宿ライン、上野東京ライン、そして高崎線の線路を押しつぶし、沿線にあったショッピングモールの一部を破壊した。


 怪獣はぎろっと真横に広がるショッピングモールをみて、そこに顔を向けると、光線を吐いてこなごなにした。


 再び怪獣は歩き始め、大宮駅の方角へ歩き始めた。




 大宮駅で避難誘導に当たっていた第1師団第32普通科連隊の第4小隊が数回の威嚇射撃を行ってから、多くの群衆は冷静さを取り戻し、駅員や警察官、自衛官のいうことを聞き始めた。

 多くの人が恐れた、暴徒対自衛隊の構図は発生しなかった。

 これが必然なのか、偶然なのか、そもそも威嚇射撃の結果かわからないが、もしこれが威嚇射撃の結果なら、目的は狙い通りになりつつあった。


 若い小隊長は89式小銃を背負い、群衆たちを誘導しながら思った。


(自衛隊辞めたくなってきた……まさか一般人に威嚇射撃するとは思わなかった…)


 この若い小隊長がどういう意思をもっているかはともかく、この若い小隊長の意思が実現するのはこの事態が収束した時になる。


 まだ怪獣は進撃を続けている。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ