第1話 怪獣、出現
お久しぶりです。
相当久しぶりの更新になるかと思います。
群馬県の山岳部に怪獣を発見したという通報が複数入ったのは、202X年6月上旬の深夜3時頃のことであった。
はじめ、群馬県警は半信半疑だった。それでも現地への出動に踏み切ったのは、同時多発的に複数人の通報があったことによる。
「ありゃ、怪獣だ……」
派遣された所轄のパトカーにのっていた巡査部長は、暗闇の山間部を背景に、山村を破壊する全長100メートルはあろうかという怪獣を見てぼやいた。
巡査部長は本部に怪獣出現の一報を報告するとともに、ペアを組んでいた若い巡査は怪獣の写真を業務用スマホで撮影し、その画像を県警本部に送った。
いくつかの家の明かりか道路の灯を頼りに、全体的あまりはっきりしない映像だったが、ないよりはましだった。
この時点で、巨大生物ではなく、怪獣と皆呼び始めていた。
そう呼ぶにふさわしい脅威を本能的に感じたのだろう。
群馬県警本部は自宅で寝ていた本部長を呼び起こし、状況を説明した。
賢明な本部長はすぐに本部に登庁し、その脅威を確認した。県警本部主要幹部を全員招集し、群馬県知事に報告した。
その頃には日が昇りつつあった。
「えー、ご覧いただけるでしょうか……怪獣です」
すでに全テレビ局が朝のニュースから報道特別番組を流していた。
6時30分、朝日を浴びて全身が明らかになった怪獣の姿をテレビは映していた。
高さは高層ビルのようだった。
二足歩行で、頭から角が伸びている。目は丸の形をしている。体に対してとても小さい。
胴体、特に胸板は暑い。
口から牙は伸びていた。全身うろこに覆われ、短い手からは鋭い牙が見える。
背中には甲羅のようなものを背負っていているようにみえる。
太くて短い足に、怪獣の身長くらいに長く、まるで別の生き物のように動く尻尾。
全国の視聴者は驚愕した。そして首都圏及び群馬県隣県の人々は思った。
(うちのところに来やしないだろうか)
国立城帝大学汎用生物学者の菊池佑香准教授は、東京のアパートで、トーストに納豆、昨日の余りの豚汁を朝食を用意しながら、首都圏の多くの人が考えていることを思った。
やや小柄で、大きな目をしている。たれ目気味のその目は、周囲に温和なイメージを与えていた。
(そもそもこれは何だろう……怪獣とはいうけど……)
佑香がそう思っているうちにパッと画面が切り替わった。画面右上に『予想進路図(内閣府発表)』とかかれ、群馬県西半分の地図に赤い丸から一線が敷かれ、線の先頭には矢印が付いていた。
キャスターが補足説明をする。
「これは内閣府が発表した、怪獣の進路予測図です。この線の上やお近くにいる方はただちに避難をお願いします」
「……いまいちわかりにくいな」
佑香がふとそんなことをぼやいていたら、納豆を挟んだトーストを食べようとしたとき、スマホが鳴った。着信だ。
「はい。菊池です」
同じ大学の、生物学の教授からの電話だった。
首相官邸には災害対策本部が設置された。
ここで情報は一元化される。
巨大なモニターには各局の映像と、上空を飛んでいる自衛隊ヘリのカメラが分割されて映されている。
メインモニターの前には4つのホワイトボードが置かれ、様々な情報が書き込まれた。
内閣府災害担当分析官の篠原美幸はパンツ姿のスーツで腕を組みながら、そのホワイトボードをにらんでいた。
美幸の肩書である災害担当分析官は、昨年新設されたばかりの役職であった。
これから起こる災害、及び現在起こっている災害を分析し、内閣などにアドバイスするのが仕事だ。
(とはいえ……)
美幸は切れ長の目をじっとホワイトボードに向けて思った。
こんな非常識な災害、どうしろっていうんだ。
大雨や地震ならともかく、巨大怪獣の出現など、日本の法令は想定していない。
警報や注意報の類は出せず、総理も群馬県知事も怪獣が近づいてきたら進路上から離れて避難を、というしかなく、怪獣が現在進行形で蹂躙している市町村は警察や消防を使って、住民を踏みつぶされないように避難誘導に当たるしかなかった。
だが一たび進路を変えれば。その予想進路も無意味になってしまう。
そして、新しい予想進路上にいる住人の避難誘導に追われるのだ。
「もっと良い避難計画はないものか」
そういって横にきたのは、内閣府防災担当分析官である綿貫健だった。
綿貫は、ほぼ同時期に災害担当分析官になったということもあり、同僚として親しい仲だった。
「それが今回あなたの仕事よ」と美幸。
同格の分析官がいると混乱するということで、綿貫は専属でこの災害に分析官の仕事につくことになった。
美幸は、今回の災害では綿貫の補佐という形で業務にあたっていた。
「今、台風の進路予想をモデルに、怪獣の移動に際してわかりやすいモデルを気象庁と内閣府防災担当で作っている。午前中には政府公式として公表されるはずだ」
「篠原君!」
小柄な男が走って、二人の目の前に現れた。丸メガネをかけており、全体的にふくよかだ。高田次郎政策統括官だった。災害担当の政策統括官で、内閣府の災害担当は彼がトップだ。
「篠原君、現地に飛んでくれ」
美幸は突然の言葉を数瞬失ったあと、あ、はい、と答えた。
全く未知の事態だ。
他の官庁や大学などと同行して、うちからも人を派遣して、早急に現地視察をすべきだと考えた。
そこで現在、綿貫君の補佐をしている君に飛んでもらうことした。
他と連携して、有益な情報収集を頼む。
自衛隊のヘリが10分後に屋上に着くから、ただちに頼む。
美幸は、高田政策統括官の言葉を反芻しながら、最低限の荷物をもって、ヘリの爆音が聞こえる屋上の隅にいた。
他にも官邸から2,3人ほど現地に飛ぶようで、ヘリの着陸を待っていた。
陸上自衛隊のUH60JAヘリコプターが着陸すると、彼ら彼女らはヘリコプターに向けて走った。
副操縦士が後部座席のドアを開けると、そのまま乗り込んで座席に座った。
すでに7人くらい乗っているらしく、美幸たちが乗ると、ヘリコプターは満席となった。
ヘリコプターの中は爆音でうるさく、会話もできる状態ではなかった。
ヘリコプター後部座席のドアが、副操縦士の手でしっかり締められ、副操縦士が操縦席に戻ると、UH60JAヘリコプターはただちに離陸する。
怪獣は少し動きを速めつつあった。
四方を山に囲まれた群馬県渋川市を破壊した後、関越自動車道沿いに南下をしていた。
一軒家を一蹴りで吹き飛ばし、自動車を軽々と踏みつぶした。地面は怪獣の重みで深い足跡が出来ている。
歩くと足元の電線がひっかかり、そのまま前進するとプツッと電線が切れた。
その度に停電世帯が増える。
街はその機能を失い、破壊されていく。
怪獣は南下を続けている。
怪獣はついに前橋市に突入した。
その頃、美幸を乗せたヘリは群馬県上空に達していた。
しかし、地上では県庁所在地である前橋市に怪獣が侵入したことにより、混乱が起こっていた。
美幸を乗せたUH60JAも本来ならば前橋市の群馬県庁に降り立つ予定だったが、怪獣による被害が予想されることから、前橋市南端にある群馬ヘリポートに着陸した。
群馬ヘリポートにもヘリコプターが次々と離発着し、地上には自衛隊の車両やテントが置かれていたことから、さながら野戦基地の様相を呈していた。
「降り立ったはいいけど……」
美幸はそう呟き、リュックサックを背負いながら、困ったように視線を右往左往している。
現地との連絡要員兼怪獣の監視役を命じられた彼女は、それどころではない現場に圧倒されながら困惑していた。
他にヘリに搭乗していた人々のほとんどは、各々の配置に向かっていったようだ。
ふとお腹を押さえる。空腹を感じたからだ。そういえば昨晩から何も食べてなかった。
「どーしよー……」
その時、横からブロック形の栄養補助食品を差し出す者がいた。
佑香だった。今はフィールドワーク用に明るい色の長い袖とズボンをはいて、大きめのリュックを背負っていた。
実は同じ機体に搭乗し、現地調査を依頼されていたが、とりあえず県庁に行けという指示ができなくなった今、彼女もまた手持ち無沙汰になっていたのだ。
「お腹すいてそうだったんで……食べます?」
美幸は、ありがとうございます、とやや困惑気味に一つ、受け取った。
「貴方もどこいっていいかわからない感じですか?」と佑香。
「え、ええ……」美幸はちょっと困惑気味に頷く。
「そうですよね……私もいきなり現地調査に飛べと言われて……あっ」
佑香はリュックサックから名刺を取り出し、美幸に渡した。
「私、こういうものです」
「大学の先生だったんですね……」美幸はそう呟いたあと、自分も、とリュックから名刺を取り出した。
「内閣府……」佑香はそう呟いた。
「ええ、防災担当分析官なんてのをやってます。今は現地調査を依頼されてここに飛んできましたが……」
美幸は片手に名刺、片手に栄養補助食品を持ちながらぼやく。
「大変ですね。まあ、私も現地調査をお願いされた身ですが……」
佑香がそう言ったとき、怪獣が県庁にあたるぞ! という大声が聞こえた。
二人とも、リュックから双眼鏡を取り出し、見えやすい場所を探した。
怪獣は利根川に入って南下を続けていた。
地上33階の群馬県庁舎のビルを見ると、その方向に体を転回させた。
利根川から上がり、少し歩いたかと思うと、川辺にある県庁舎に右腕を突っ込んだ。なにも反応がなく、右腕を引っ込んで、今度は左腕を突っ込んだ。
いずれにせよ反応がなかったため、怪獣は後ろをふりむいて、その時に思いっきり尻尾を当てた。
尻尾は強力で、下階に、一気に絡めついてへし折り、そのまま高い県庁舎を倒した。
白い砂埃がたつ。もと県庁舎があった場所を怪獣は何事もなかったように通り過ぎた。
「県庁、破壊!」
佑香と美幸はその一報をきいたとき、まだ県庁が見れる場所を探していた。
しかし、群馬県ヘリポートからでは遠く、住宅などに阻まれて見れなかったのである。
「篠原さん!」
そう声をかけたのは佑香だった。
「群馬県庁に行こう、何かわかるかもしれない!」
気迫ある佑香の顔、そして何かわかるかもしれないという言葉に美幸は動かされた。
彼女は近くにいる自衛官に声をかけ、身分証を出しながら、動かせる車はないか、と尋ねた。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
更新は不定期になるかと思いますが、もしよろしければ、次回も読んでいただけると幸いです。