お願いシンデレラ、舞踏会に行かないなんて言わないで。困った義母は魔法使いに助けを求めますよ?
我が家の義娘、シンデレラは今日も働き者だ。
「カロリーナお義姉様!卵の欠片が入ってます!あー油を敷く前に卵入れたら焦げちゃう!!」
「レオルナお義姉様!前から見たらキレイだけど、後ろはぐっちゃぐっちゃのシワシワよ!アイロンかけ直すからドレス脱いでちょうだい!!」
「お義母様!コーヒーはわたしが淹れるって言ってるでしょ!お義母様が淹れたらただの苦くて黒いお湯になってしまうんだから!!」
長女のカロリーナはちょっと大雑把で、次女のレオルナはちょっと不器用。かくいう義母のわたしはちょっとだけ、何かしら。どうしてコーヒーが美味しく淹れられないのかわからないわ。
「もう、三人は大人しく座って待っててちょうだい!!」
「はーい」
おのおの返事をしてダイニングの自分の席に座り待つことにする。
貧乏男爵家の我が家は手伝いの者を雇う余裕がなくて、家事は義娘のシンデレラが一手に引き受けてくれているのだ。それは申し訳なくて、自分で出来ることは自分でしようと長女も次女もわたしも、それぞれ動くのだが、毎回シンデレラに怒られて終わりとなる。
几帳面な彼女のおかげで今日も我が家はピカピカでご飯も美味しい。
シンデレラが作ってくれた美味しい朝食を食べた後は、わたしは外出の準備をする。控えめなエメラルドの指輪に小さなアメジストのイヤリング、髪は水色のリボンでまとめ、いつも通りの装いで家を出た。
「はぁーーーー」
幼馴染で魔法使いでもあるヨシュアの小さなお店で、今日もため息が出る。
「どうした、今日も怒られたのか?」
「怒られたんだけど、そうじゃなくて。うちの末っ子ちゃんがいい子過ぎて困っているの」
わたしの再婚相手でシンデレラの父、クレイグ男爵が商談に向かう途中に事故にあって亡くなり一年。一応男爵家は妻であるわたしが相続したけれど、ゆくゆくは本来の跡取りであるシンデレラに婿をとってもらい爵位を譲らなければならない。
しかし幼い頃に病気で母を亡くし、父まで亡くした彼女は幸せに後ろ向きだ。結婚なんてしなくていい。お義母様とお義姉様たちのお世話をして細々と暮らせればいい。と頑なになってしまっている。
美しく輝くプラチナブロンドの髪に、パッチリ二重の大きな瞳。採れたての苺のような瑞々しい唇。どこからどう見ても美少女なシンデレラは社交界に出れば必ず殿方の目に留まるだろう。
「長女のカロリーナは野菜の配達をしてくれてるトドロニさん家の息子さんといい仲みたいだし、次女のレオルナは家庭教師の仕事が決まりそうなのよ。わたしは少しだけどこの店に商品を卸させてもらっているから、自分のことは何とかなると思うの」
わたしは自分で作ったアロマを使ったいい匂いのハンドクリームや石鹼を魔法使いの店の隅に置かせてもらっている。
幼馴染のヨシュアは数年魔法修行で留学していたが、気が付くとわたしが住む街の一角に魔法使いの店を構えていた。
魔法薬を中心としたこの店に品物を持ってくるついでに、わたしはここでゆっくりと過ごさせてもらう。
「長女も次女も末っ子も、全員義理の娘だろ。そう年も違わない娘たちの面倒見て、あいかわらずお人好しだな」
呆れたように肩をすくめる魔法使いはすらりと背が高く、襟足で綺麗にそろえた黒髪に晴れた春の日の空色の瞳。魔法使いとなったため、実家の貴族籍は抜けたものの、つちかった上品さはそのまま。しかも整った顔のわりに気安く話しやすい。
街のお嬢さん方にも人気があると聞くが、浮いた噂は聞いたことがない。
「わたしが今19歳で、カロリーナが18歳、レオルナは17歳。シンデレラは16歳。みんな一歳違いなの。女学院みたいで楽しいわよ」
「俺が魔法修行に出ている間に子持ちのおっさんと結婚して、おっさんが死んだら前妻の息子になぜか義娘と一緒に追い出されて、すぐにまた違う子持ちのおっさんと結婚して、修行終わって帰国したらバツ2で三人の子持ちって、ビビるわー」
四年前にヨシュアが国を出てから、わたしの人生は荒波の連続だったのだ。
大雨被害で領の大きな橋が流され、作物も不作。貧乏子爵家の我が家は一たまりもなく、わたしは両親にお願いして我が家を援助してくれる嫁ぎ先を探してもらったのだ。
ご子息に爵位を譲ったばかりの元エンゲル―ア侯爵様が我が家の境遇に同情してくださり、わたしを後妻に望んでくださったおかげで、実家も領民も飢えずにその冬を越すことができた。
25歳年上の元侯爵様は三人の子供がいて、わたしより年上のご子息様はすでに結婚して子供もいた。二人の娘はわたしと一歳、二歳しか年が違わず姉妹のように仲良くしてくれた。
ご隠居様と呼ばれていた夫は数年前から病を患っており、外出は車椅子に乗っての数回のみ。結婚式も挙げず、ほとんどの時間は彼の寝室。ベッドに横たわる彼の横で刺繍をしたり読書をしたり、穏やかな時間を過ごした。
約二年間の結婚生活はご隠居様の死で終わりを告げた。喪に服す時間も与えられず、なんとわたしだけでなく、義娘二人までも家を追い出されてしまったのだ。
侯爵様である彼のご子息の奥方は気の強い女性で、義母であるわたしや小姑である義娘たちを快く思っていないのは感じていたが、まさか旦那様に毒を盛ったと濡れ衣をきせて家を追い出すとは思っていなかった。
途方に暮れていたわたしたち親子に救いの手を差し伸べてくれたのが、侯爵家に商談でよく出入りしていたシンデレラの父であるクレイグ男爵様だった。
わたしたちの境遇に同情してくださり、わたしを後妻に迎えて、義娘ごと面倒をみてくれると言ってくださった。
シンデレラの母親は彼女が幼い頃に病で亡くなっており、男手一つで育てられたシンデレラは淑女教育は行き届いていなかったものの、元気で明るく働き者の少女で、すぐにわたしたちとも打ち解てくれた。
結婚の書類にサインすると、それを提出に行った後、商談へ出かけ、その途中でクレイグ男爵様は事故に遭われた。
なんと結婚0日で、またも未亡人になってしまったのだ。
わたしの手に余る商会は手放し、わずかな貴族年金とわたしの少ない売り上げでなんとか日々をしのいで今にいたる。
ここ数年の怒涛の展開を思い出し、遠い目になってしまう。
「そういえば、王子様の婚約者選びそろそろだろ。招待状届いた?」
この国の王太子は自国の貴族籍の娘と結婚するのが習わしで、年頃になると王太子の婚約者選びの大掛かりな舞踏会が開催されるのだ。
招待客は国内の貴族籍をもつ15歳から25歳までの未婚女性。
「この前届いたわ。でもシンデレラったら『こんなのどうせ出来レースでしょ』って行く気ゼロなのよー」
少し考えた幼馴染はニヤリと笑った。
「こじらせ末っ子ちゃんにほんの少し魔法をプレゼントしてあげよう」
舞踏会当日、シンデレラに手伝ってもらいカロリーナとレオルナを着飾った。元は侯爵家の娘だった二人に高いドレスは用意してあげられなかったものの、さすがに気品のある美しさにため息が出る。
自分は行かないと意固地になるシンデレラを家に残し、わたしは義娘たちと王城へと向かった。
舞踏会が始まり、王太子がファーストダンスを誘おうと以前から有力候補と言われていた令嬢の元へ歩み始めた時、妖精かと見まがう美しい娘が会場に入ってきた。
見たことのない美しい娘に会場内がどよめくが、わたしと義娘たちだけは彼女が誰かわかった。
いつもの見慣れた簡素なワンピース姿ではないが、まぎれもなく彼女はわたしたちの自慢の末っ子だ。
ヨシュアによってかけられた魔法でドレスもティアラも一級品の輝きを放っている。彼がシンデレラにかけたのはほんの少しの非日常。カボチャの馬車にトカゲの従者、ねずみの白馬。ほんの少しの変化が、きっと彼女を変えてくれる。制限があったほうがドキドキするから魔法が続くのは0時の鐘が鳴るまで、と彼は言っていた。
ふらりふらりと花に誘われるミツバチのように、王太子がシンデレラに歩み寄る。会話の内容は聞こえなかったが、二言三言言葉を交わし、二人は中央で優雅に踊り始めた。
それから二曲目三曲目も踊り続け、やがて時は進み午前0時の鐘が鳴ると、シンデレラは慌てたように王太子の手をほどき、駆け出していった。
王太子は後を追うものの、彼女に追いつくことは出来ず、彼の手には1つのガラスの靴だけが残されていた。
もともと参加予定ではなく、さらに開場後の入場だったためシンデレラの身元をきちんと確認しなかったようで、王太子が惹かれた彼女の素性を城では突き止めることができなかった。
手掛かりは王太子の手に残された片方のガラスの靴だけ。
王太子はあの夜の美しい少女を追い求め、彼の従者が秘密裏に年頃の娘のいる家を訪ね歩いていると噂を聞いた数日後、彼らは我が家にもやって来た。
「このガラスの靴にピタリと足のあう者を探している。屋敷内の女性は幼子から老女、当主から使用人まで全てここに集めてください」
もう何十件、何百件と捜し歩いたであろう男たちは慣れた口調で定型文のように淀みなく口上を述べた。
シンデレラを求めていることをすぐに察したわたしたちだったけれど、彼女は今ジャムを煮ている。目を離すと焦げてしまうその作業の途中で呼び出すなど、正直、怖くて出来ず、シンデレラの存在を口に出す事が躊躇われる。
そもそも、我が家のような弱小男爵家では王太子に「あなたが探している女性はうちの子ですよ」と進言するツテすらなかったため、こんな状況である。
突然の城からの使者に驚いた長女のカロリーナは爪切りの途中だったため足の親指の爪を深く切ってしまい、つま先から血を滲ませている。
次女のレオルナは惰眠を貪っていたため驚いて飛び起き、ベッドから落ちた際に踵をケガしてしまったようで、こちらもまた血を流しながら登場した。
もうこんなことしたくない、という疲れた態度丸出しの城からの使者は、娘たちのそんな惨状には配慮してくれず、痛がる娘たちに無理やりガラスの靴を履かせ、透明なその靴に血をのっぺりとつけた。
「……水で流して来ますわ」
ガラスの靴をお預かりして台所へ向かおうとしたところ、大事な靴だから、と使者の一人がわたしに付き添う。
「お義母様どうしたの?そちらは誰?」
突然知らない男を連れて台所に入って来たわたしに、シンデレラは不審な目を向ける。この子は警戒心が強いのだ。
「お城からいらしたのよ。ちょっと流しで靴についた血を流させてちょうだい」
「あら、その靴、そこにあるのと同じじゃない?」
台所の窓際に置かれたもう片方のガラスの靴をシンデレラが指さす。
そこには野菜や果物の皮が無造作に突っ込まれていた。調理の際に出たそれらは後で畑の肥料にするために寄せているのだ。
「ガラスの器に入れるとなんでもオシャレに見えるから不思議ねー」と家族で会話したのは昨夜。
「あ、あの靴はあなたの物で?」
使者がおずおずとシンデレラに尋ねる。
「ええ、そうですけど……」
名乗りもしない男に「そうですけど、なにか?」という態度丸出しのシンデレラに、男はわたしが手に持っていた靴を履くように願った。
わたしは靴の血を洗い流し、乾いた布で水気をふき取り、シンデレラに靴を差し出す。
シンデレラは有無を言わさぬ態度で使者の男にジャムをかき混ぜていた木べらを渡し、ガラスの靴に足を滑らせた。
彼女のために誂えられた靴は当然シンデレラの足がぴったり収まる。
貧乏ながらも靴だけは、とわたしは三人の義娘たちにそれぞれ靴を用意していたのだ。シンデレラの分は彼女を変身させた魔法使いのヨシュアから渡してもらったけれど。
「ついに、ついに見つけましたぞ!!王太子殿下の想い人!!」
使者の男は涙を流し雄たけびを上げて喜びながらジャムを煮ている鍋の中身をぐるぐるかき混ぜ続ける。
焦がしたらシンデレラにめっちゃ怒られるからね。
「これでやっと家に帰れる……」
涙を流してつぶやく彼に、疲れて態度も悪くなってしまったのか、と少し同情するが、それはそれで、態度が悪いのはよくない。
そうして、あれよあれよという間にシンデレラは王太子に嫁ぐことが決まった。
最初はわたしたち家族と離れることを嫌がっていたシンデレラだったが、王太子に求婚されるとあっさり頷いた。顔がドストライクらしい。
社交界デビューしていなかったシンデレラに、ダンスを二回続けて踊るのは求婚の意思、三回続けて踊るのは婚約者や結婚相手など、パートナーと特定されている場合、ということを誰も教えていなかったらしく、舞踏会の日は会場に着くとすぐにダンスを申し込まれそのまま踊り続けるので、そういうものだと思ったそう。
外見も好みだし、踊りなれないシンデレラを優しくサポートしながら踊ってくれていい人だった、という感想。
引きこもりがちなシンデレラが外に出て、異性と知り合うきっかけになれば、と考えていたお城での舞踏会であったが、まさか王太子殿下に見初められるとは思っていなかった。
まあ、うちの義娘たちは世界有数の可愛さだから、当然といえば当然かもしれない。
父であるクレイグ男爵の買い付けの旅に同行することも多かったシンデレラは各国の言葉、文化に精通しており、人脈もある。見聞も広く、新しい世代を築く王太子の側にふさわしい人材といえる。
気が強くてちょっと言葉使いが乱暴だったりすることはあるが、相手が得意とすることや苦手なことを見抜く目も抜群だ。
彼女の結婚式にはもちろんわたしたち家族も招待された。真っ白な花嫁衣装に身を包んだシンデレラは世界で一番キレイで幸せそうだった。
豪華絢爛なお披露目会が始まると、慣れない華やかな場に疲れたわたしは夜風にあたりにテラスに出る。
「泣いてる?」
振り向くと幼馴染の魔法使いがジャラジャラと豪華な装飾のついた魔法使いのローブを纏って微笑んでいた。
彼は下町で小さな魔法使いの店を営んでいるが、実は魔法大国で修行してきた凄腕魔法使いらしいので、今回も国を挙げての催事に賓客として招かれている。
「会場が暑くてちょっと汗ばんだだけよ」
ずびずびと鼻を鳴らしてこっそり涙を拭う。だってしょうがないじゃない。人一倍気遣い屋の末っ子ちゃんが結婚したんだもの。嬉しくて涙くらいでるわ。
泣いたことを認めないわたしに、彼はそっとハンカチを差し出してくれた。
「よくここにいるってわかったわね」
この人混みの中、知り合いを見つけるのは至難の業だ。
「わかるよ。きみだってわかってるんだろう?」
クスクスと笑って、ヨシュアは私の顔を覗き込む。撫でるように頭に手を乗せ、結ったリボンに触れる。
それは、彼が修行へ出る前日にくれた贈り物。彼の瞳の色のリボン。そこには細かな刺繍が施されていた。
「きみがどこに行っても見つけることができるように、術式を組んでいるんだ。たとえ実家から遠く離れた男の領地に嫁いでいようと、ね」
彼はそのリボンを頼りに、わたしの二度目の嫁ぎ先の領地に小さな店を構えたのだ。
「長女も次女も将来の目処はついてる。末っ子もお嫁に行った。きみもそろそろ自分の幸せを考えていいんじゃない?」
「わたしの幸せは家族が笑っていて、毎日のご飯が美味しく感じられることよ。もう叶っているわ?」
大きな手がそっとわたしの手を取り、薬指に嵌めた指輪を撫でる。
「最初の夫からもらった指輪に、二番目の夫からもらったイヤリング。揃いも揃って、自分の瞳の色をきみに纏わせたがる。まぁ、俺もだけど」
指輪もイヤリングもリボンも、どれもわたしが望んで身に着けている物だ。最初の夫も二番目の夫もとても優しくていい人だった。出会えたことに感謝している。
彼から逃げられないこのリボンも、わたしは自分の意思で毎日結った髪に結んでいる。
「ずっと一緒にいよう、てシロツメクサの冠をくれたじゃない。なのに、リボンだけ残して突然遠くへ行ってしまったじゃない」
はらりはらりと、涙が頬を伝う。
「ごめん。急に修行の許可が下りて、帰ってきたら説明すればいいと思っていた。まさか、災害が起きて、きみが他の人に嫁ぐなんて想像もできなかった」
彼の指が涙を拭ってくれる。
彼は建国当初から続く由緒正しき侯爵家の次男として産まれた。母親同士が仲が良かったため、子爵家のわたしと幼少期に出会って幼馴染になったが、本来は気安く話すことがないほど家柄としては離れている。
跡取である彼の兄は病を患っており、長男のスペアとして望まれる彼とわたしに未来はなかった。しかし、彼は魔法修行の末に兄の病気を治癒する魔法薬を開発し、今ではお兄様も元気になり、まだ小さいがお子さんも産まれたと聞く。
幼馴染のヨシュアは自由に結婚を望める立場を手に入れたのだ。
「エンゲル―ア元侯爵様も、クレイグ男爵様も、とてもご立派で尊敬できる人たちよ。義娘たちもとってもいい子。でも、寂しかったわ」
「うん。いい人たちに出会えて良かった。次からは俺がきみを助ける。もう離れない。まぁ、どこに行ってもすぐ見つけるけどね」
いたずらに笑う彼に、買い出しに出た街で、彼の店を見つけた時の驚きを思い出す。
「わたしが住む場所があなたの生きる場所ですものね」
そうだよ、と笑って彼はわたしの唇を塞いだ。
それから
長女の嫁ぎ先のトドロニさん家は大きな野菜農家さんで、他領にもたくさん出荷先をもっているらしい。長女であるカロリーナが嫁いでしばらくすると、取引先の一つのとある侯爵家へ、ピタリと出荷を止めた。
トドロニさん家の美味しい人参を食べて野菜嫌いを克服したその家の主人は、他で採れた野菜を美味しく食べることが出来ずに子供たちにバカされているらしい、とカロリーナは笑っていた。そういえば、最初の旦那様の義息子の妻は毎朝スムージーを飲んでいたわね、と思い出す。甘い物が大好きだが、そのスムージーで食欲を抑えて体型を維持しているとか言っていた気がする。今頃、美味しいスムージーが飲めなくなってぶくぶくと太ってしまっているかもしれない。
次女のレオルナは王太子妃の姉として、家庭教師業が引っ張りだこだ。シンデレラにはお世話してもらってばかりで、教育と呼べるほどのことはしていないのだけれど。それでも聡いシンデレラは普段の食事の作法などは見て勝手に覚えていた。
いつしかレオルナに家庭教師についてもらうと良縁に恵まれる、という噂が流れるようになって、彼女は勤務先を掛け持ちして毎日忙しくも楽しそうにしている。
縁談の相談に乗ることもあるようで、娘さんの嫁ぎ先を探していらっしゃるお家に没落しかけた侯爵家の年若いご子息のことを教えてあげていた。その家の娘さんは加虐趣味があるが多大な金銭的援助が期待できる方として有名らしい。
わたしは、魔法使いと小さなお店の二階に暮らしている。
クレイグ男爵領は国に返還して、次の領主が決まるまでは国から派遣された方が治めてくれることになった。
わたしの幼なじみはシンデレラに魔法をかけたお婆さん魔法使いの姿が気に入ったようで、時々お婆さんの姿になって出かけていく。王子様を蛙にしただの野獣にしただのと話を聞くたびに、バチが当たらなければよいのだけれど、とちょっと心配している。
最近では膨らみ始めたわたしのお腹に手を当てて幸せそうに笑う。産まれてくる子供のために準備したおくるみにも産着にも帽子や靴下にも、彼は呪文を唱えながら刺繍を施していた。きっと幸運を贈ってくれているのだろう。
かくいうわたしの靴にも様々な術式が組み込まれている。もしも彼から逃げようとするならば、文字通り裸足で逃げださなくてはならない。
逃げ出そうなんて思いつきもしないまま、きっと明日も明後日もあなたと一緒に幸せでしょうけれど。数年間離れていた間に二回も結婚をしていたことで、かなり心配性になってしまった三人目の夫のために、わたしは今日も彼の瞳の色のリボンと、靴を身に纏う。
数ある作品の中から見つけてくださり、読んでくださり、ありがとうございます。
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