第9話 オーク丼と牛丼
香ばしい匂いが漂い、腹が鳴る。
お腹が空いて仕方ないのだが、それ以上に私は前に置かれたほくほくの食事に衝撃を受けていた。
「米?! 」
「お米ですね」
「ん? お前らコメを知っているのか? 」
親方ドワーフが大きな肉を載せたご飯を口にして言った。
まさか異世界に米があるとは思ってなかった。
大きな衝撃を受けつつも親方ドワーフに詰め寄り聞く。
「これどこで?! 」
「お、おう。まぁまて」
彼は最後の一口を食べ終わりこちらに向く。
少し目線を下にずらしたかと思うと逆に首を傾げられた。
「腰にしているのは刀か? ならお前らイルネスの出身じゃないのか? 」
「「イルネス? 」」
「違うのか? コメについて知ってて、刀を腰にしてるっちゃぁ皇国イルネスのもんかと思ったんだが」
尚も首を傾げる親方ドワーフに別大陸から来たことを伝える。
すると「なるほど」と頷いて説明してくれた。
「ここより東にある国でやつらはそれを食べているんだ」
木のスプーンで私のご飯をさしていう。
「その中間には色んな国がある。だが他の国とは違う点が幾つかあるんだが……」
「それは? 」
「刀だ」
この世界にも刀があるんだ。
だが考えてみれば当然か。この世界にない武器を、――例えあの神様君とはいえ、おいそれと私に渡さないだろう。
神様君が私をここに呼んだのはあくまでも食文化の発展だ。
それを考えると食文化の発展に関りの無い技術を持ち込む気はなさそう。
転生されて動いた結果、副次的に何か生まれるかもしれないが。
「コメもその一つ。イルネスで食われているものの一つだな」
「ここいらだとパンばっかりだからな。時にはこうして違うもんをくわねぇと元気でねぇんだ」
「そうそう。特に俺達のような肉体労働をするもんにとっちゃぁ元気の源よ」
親方が話していると他のドワーフ達が話に加わってくる。
話によるとコメを主食にしている皇国イルネスというのは遠いらしい。
このコメも年に数回しか出回らないとの事。
イルネスでの収穫のこともあるが、皇国とこの国の距離も関係しているみたい。
しかし、となると私がコメを使った料理を作っても不自然ではないということになる。
あとで「交換」を使ってコメ料理、何ができるか調べておくのもいいかもしれない。
「親方はそのイルネスという国にお詳しいですね」
ハクアがさらりと親方に聞く。
すると顔を逸らして微妙な表情をした。
「俺は昔イルネスで刀鍛冶見習いをしていたんだよ」
「へぇ」
「使っているお前さんは知っていると思うが、その刀ってのはよく斬れる。その技術を学びに行ったことがあるんだ」
苦い思い出なのか難しい顔をして言う。
周りのドワーフ達は知らなかったのか顔を見合わせ「え? 本当に」や「親方すげぇ」とか言っている。
「世界には多くの技術がある。その中でも刀の製法は、ある種魔道具の製法を凌ぐ」
「そんなにすごいのか、これ」
「知らずに使っていたのか? 」
親方は呆れながらも話を続ける。
「で「俺こそは! 」と意気込んで行ったはいいものの玉砕。刀鍛冶になるどころか見習いの見習い。百年経っても見習いの域を出なかった」
はぁ、と息を吐きながらも私を見る。
「百年もいるとあっちの味に慣れちまってな。この国に帰る時、あっちの農家に頼み込んでエヴァンス商会にコメを運んできてもらっているというわけだ」
肩を落として席を立つ。
ドワーフ達は親方を見るも私は見ることができない。
私はコメがあることにとても驚き喜んだ。
しかしこれが親方の百年の結晶と思うと重すぎる。
職人気質なドワーフ達ならば本懐を達成できなかった親方のくやしさがわかるのかもしれない。
だけど私がそれをわかるはずもなく――。
「お前ら冷める前に食っちまいな」
食べたオーク丼は、重く冷たかった。
★
冒険者ギルドに報告した後私はエヴァンスホテルに向かった。
エヴァンスホテルは周りの宿屋とは全く違う宿泊施設で豪華そのもの。
あのトト・エヴァンスという人がどれだけすごいのか伝わってくる。
受付で手続きをした後カードを見せるとスイートルームを紹介された。
慣れない豪華なホテルの中を、体をカチンコチンにして部屋に向かう。
扉を開けるとネットでしか見たことのない煌びやかな一室が目に入る。
その様子に緊張しながらも、ハクアを連れて中に入った。
「さて。あるかなっと」
ふかふかのベッドに腰を降ろしてウィンドウを開く。
さーっと目的のものを探していると隣に気配を感じた。
「牛丼をお探しですか? 」
「あぁ。悪いが食べたオーク丼は美味しいと言えるものじゃなかったからな。牛丼を食べて何か参考にならないかなって」
「オーク丼を牛丼風にアレンジするのですね」
ハクアの言葉に大きく頷く。
味の改善をしてみたいのは本当だ。
がどうしても沈んだ親方の表情が頭を過る。
米文化で育った者として、米を食べてあんな表情をされたくない。
出来れば美味しい新オーク丼で元気になってほしいものだ。
「お、あった」
ウィンドウの中に牛丼を発見。
二つ注文して私は机についた。
遅れてハクアも席に着く。
その頃にはホクホクの牛丼が机の上に置かれていた。
「「いただきます」」
手を合わせて噛みしめる。
「んんん~~~!!! やっぱり日本人といえば米だな」
「何ですかこれ!? 濃厚な味が口の中に広がりますぅ」
噛みしめると、米特有の甘さと歯応えがぶわっと口の中に広がる。
頬を綻ばせながらもハクアをみると、ぷるんとした肉が小さな口に運ばれ、彼女は頬を膨らませ幸せそうにもぐもぐしている。
そのおかげか沈んでいた空気が一気に軽くなる。
私も肉を口に入れて肉を躍らせる。
「肉汁が溢れてくるな! 」
「うまうまです」
けれど少し物足りない。
「これに卵があれば文句なしなんだが」
「かけるものは人の好みによるんじゃないですか? 」
「確かに。因みにハクアは何をかける? 」
「わたしは牛丼なるものを食べたのはこれ初めてなので色々と試してみたいです」
「試す、か」
頭の中にレシピをインプットしながら彼女の言葉を反芻させた。
恐らく今入って来たレシピは一般的なものだろう。
これを使ってオーク丼を作れば、少しは改善するのかもしれない。
けれどそれは最適か?
この世界の「オーク丼」として最適でないかもしれない。
ならば幾つか試す必要がある。
それに人により好みは変わる。
種族の多いこの世界だ。種族によっても味の感じ方が違うのかもしれない。
「ハクア。明日から忙しくなるぞ」
私が気合いの入れた瞳でハクアに告げると、彼女は背筋を伸ばして一礼した。
「畏まりました。ヨウコさま」
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