第1話 死亡、そして転生
カタカタカタと音が聞こえる中、視界がぼやける。
ヤバいな。何徹目だっけ……。
「神守! 早く書類を出せ!!! 」
部長の声が聞こえてくる。
あのクソオヤジ。自分は仕事をしないくせに!
頭に血が上ると更に視界がぼやける。
「これは本格的にまずい」
独り言ちて椅子を引く。
腕を伸ばしてストレッチをする。肩を鳴らしながら周りを見ると半透明の人間が見えた。
あぁ~、今日はやけに多く見える。
――チリン。
大きく息を吐きながらぐるりと見渡す。
見慣れてはいるけれど、普通に幽霊が見えるってヤバいよね。
多分家が神社だった影響だとは思うけど。
一人思っていると隣から声が聞こえてきた。
「陽子ちゃん。大丈夫? 」
「ちょっとまずいかも」
「休んだ方が良いんじゃない? 」
「休みたいけど……、ねぇ」
体を気遣っているくれている彼女も青い顔をしている。
だが彼女は大丈夫だろう。
何せ彼女には、――めっちゃ強そうな守護霊がついているから。
もうね。周りの幽霊達がビビって逃げてるよ。
いつもながらすごいなと思いながらも「はは」と軽く笑いもデスクに着く。
再度パソコンを叩きながらもこの仕事に就いた自分を呪う。
――チリン。
労基法とは何か。
誰かが声を上げれば会社の上層部は反省するのかもしれない。
しかしこの場合社員に多大な犠牲が出る。
裏切り者狩りが始まり上層部による粛清が終わった後、更にきついシフトやノルマが課されるだろう。
声を上げた結果どうなるか分かり切っている今の状態で声を上げる者はいない。
結局の所、見栄えだけの労基法なんて意味はない。
そんなことを考えながらひたすらデータを打ち込んでいく。
また、視界がぼやける。
また、鈴の音が聞こえる。
頭を振って横を見ると隣の屈強な武士がどこか一点を見つめていた。
何を見ているんだ? と私もその方向を見たら――。
「!!! 陽子ちゃん?! 」
「おい! 神守が倒れたぞ! 」
「救急車を呼べ! 」
「呼ぶな馬鹿野郎! 」
「我慢ならねぇ! おい! 老害を取り押さえて救急車だ! 」
★
目が覚めると白い空間が目に映る。
気怠い体をむくりと起こすと、そこには女性とも男性ともとれない子供が一人胡坐をかいていた。
「貴方は死にました、という定型文を言った方が良いのかな? 」
「オーケー。ある程度察した」
「流石娯楽に精通していただけはあるね。話が早くて助かるよ」
神様らしき人物はニシシと笑みを浮かべながらそう言った。
しかし……人型か。
うちの神社。稲荷神社だったのにな。
この様子を見る限り信仰対象の神様の所へ送られるわけではないようだ。
「と言うわけで転生します」
「えぇ~」
「強大な力も与えます」
そう言った瞬間神様の肩をガシっと掴んだ。
「え? ちょっと?! 」
「神様らしき人。今さっきなんてった? 」
「らしきじゃなくて本物なんだけど」
「なんてった? 」
「……転生します」
「その次! 」
「強大な力を与えます」
「ばっきゃろぉ―――!!! 」
怒鳴りつけると「ひぃ」と神様は軽く悲鳴を上げて距離を取る。
この神様。わかってない!
「……レベルを上げる余地のない強大な力。最悪だ」
「泣き崩れる程に嫌だったんだね……。もう体作っちゃったから後戻りできないんだけど」
「こういうのは徐々にレベルを上げたりスキルを創意工夫するのが楽しいのにっ! その楽しさを私から奪うというのかっ! 」
「それを異世界でやると本気で死ぬよ? 」
神様が呆れているような気がする。
けどこれだけは譲れない。
だからとるべき選択肢をとろう。
「よし。記憶を消して日本に転生させてくれ」
「え……」
「いや何その意外そうな顔」
「さっきもいったけどもう手遅れなんだけれど」
「そんな……」
「まぁ君の事情は別にいいか。君に頼みたいことがあるんだ」
「絶対にどっか引き籠ってやる」
「縞パンロリっ子に興味はないかい? 」
「話しを聞こうじゃないか。神様君」
神様君に真剣な表情で言うとニシシと笑みを浮かべながら事情を話してくれた。
食事でも、ということで一瞬にして風景が日本家屋の台所に変貌する。
気が付くと私の前には食事が置かれている。
神様君の勧めで味噌汁やご飯を食べながら話を聞くことになり、ウィンドウを出して説明が始まった。
「つまり神様君が管轄する世界の食文化を成長させてほしいと? 」
「そんなとこ」
「自分でやれば? あ、神様自身は手を出せないってやつ? 」
「いやそんなことないんだけどね。こと食文化に関しては無理なんだ」
どういうことか話を聞く。
聞く準備に入るといつの間にかおちょこが目の前にあった。
それを手に取りながらもウィンドウを見る。
「これでもボクは何でもできる」
「言いきったなぁ」
「でもね。……、そうだね。百の内百を作る事が出来ても九十九を作ったり五十三を作ったりするのはかなり難しい。それこそ世界一つを作るよりも」
「……大雑把すぎるだろ」
「そんなことないよ。大体の神様はこんな感じだもん」
「本当か? 」
「ホントウダヨ」
嘘くさい、とおもいながらも考え何となく理解する。
つまり微妙な匙加減というものがむずかしいということか。
料理のような「不完全さ」が時に最大の味を出すような事柄が苦手と。
なるほど。だから自分を全能と言わない訳か。
「その通り! わかるね、君! 」
「それほどでも」
そう言いながらおちょこを口に運ぶ。
「んんん~~~!!! 染み渡る!!! 久しぶりの酒最高!!! 」
「でしょう? もう一杯、飲む? 」
「頂くよ」
――チリン。
鈴の音が鳴ったと思うといつの間にかおちょこにお酒がなみなみと注がれていた。
おっとっと。
こぼれないようにしないと。
「染み渡るぅ~。気のせいか気怠かった体が軽くなってる感じする。これなんてお酒? 」
「アムリタ」
「ごほっ!!! 」
一気にむせた。
軽く胸を叩きながらも「なんてものを出すんだ! 」という。
「これから地上で活動してもらうからね。精神的な疲労にも効くし」
「……限度ってものがあるだろ」
「ま、それほどに重要な任務ってこと。だから完遂できれば褒美も与えるよ? 」
「褒美? というよりも完遂の基準がわからないが」
「完遂の基準は簡単。ボクが「もういいよ」というまで」
「……永遠に終わらないやつ~」
そんなことないよ、と言いながら神様君は味噌汁をすすって続ける。
温かい味噌汁を飲んだおかげか神様君の頬は少し赤みを帯びる。
コテリ、とお椀を置くと立ち上がった。
「見事任務完遂できれば現実世界に戻してあげよう」
「いえ。良いです」
もうあんなデスマーチはこりごりだ。
「そう言わずに。現実世界に戻ると能力そのままで一生遊んで暮らせるほどのお金を授けよう! 」
「トラブルの予感しかしないのでいいです」
「縞パンもふもふロリっ子もつけるよ? 」
「よし早く行こうじゃないか。異世界」
意気込んだ瞬間視界が暗くなる。
最後に聞いた音は「チリン」という鈴の音だった。
新しく公開しました。
少しでも面白く感じていただけたらブックマークへの登録や、
広告下にある【★】の評価ボタンをチェックしていただければ幸いです。
こちらは【★】から【★★★★★】の五段階
思う★の数をポチッとしていただけたら、嬉しいです。