婚約破棄されたので、会場皆殺ししていいですよね?
来賓の集まるパーティの場で、婚約破棄を発表したのは、完全に悪意あってのことである。婚約者にふさわしくないと言うフワッとした原因を理由に、相手に与える社会的制裁は並大抵のものではない。
ゆえに、沙汰を言い渡された令嬢は取り乱し、醜いまでに媚を売ってくるはずであった。
たとえそれが、王族にも近い家の生まれだとしても。
「ナオミ・マニエラ! 私は次代の王として、ここにおまえの不釣り合いを糾弾する。わが王国の未来に、貴殿は必要ない!」
ぴたり、と空気が凍りつく。会場にはむしろ、件の令嬢にたいし同情に似た眼差しが向けられている。
王太子が無能であることを望む勢力は諫言しようともしないし、同情を抱いても同じように睨まれることを恐れて、表だって彼女に味方するものはいない。
さてここで婚約破棄された令嬢の様子はと言えば、グラスのなかのジュースを舐めるようにして飲みながら、一言も発しない。
そこに苛立ちを覚えた王太子が、大股で歩み寄ってくる。
「私の話を聞いていたのか?貴様は、私によって婚約を破棄されたのだ。もはや、貴様にとって、貴族社会での未来は……」
「貴族社会の未来はない、とおっしゃりたいのですか?」
「無論、おまえの出方次第では、私も最低限の助力を……」
「殿下」
令嬢は、どこか晴れ晴れとした顔で言う。
「貴族社会だけでなく、明日も未来もないと言うのは、殿下がたですのに」
「なに……」
気色ばむ王太子からするりと視線を外した彼女は、パーティのため供出した公爵家のワインボトルを従者から受け取った。
両手で抱えたそれを、突如王家に連なるものたちの前へと放り投げる。キラキラと光を反射して飛んだのもつかの間、ワインボトルは床に叩きつけられて粉々になった。
動揺の声が広がった。
割れたボトルから噴き出してきたのは毒々しい赤色のガスだった。それがなにかを確めるまもなく吸引したひとりは、たちまち咳き込んだ。
途切れることのない咳の中に、ごぼ、と水音がまじる。ワインより赤い血反吐を吐き出した男性は、そのまま床に突っ伏した。
それが始まりだった。赤い気体を吸い込んだり、触れたものたちは、たちまち苦しみ始めた。首を顔を、眼球をかきむしり、むくんだ顔から血を流す。
肌に火傷のような、疱疹のような大きなできものが顔を覆い、その小さなニキビがぱちぱちと弾ける度に、尋常ではない血が飛び散った。
「これは、どういうことだ!?」
王太子の大声をよそに、ガスマスクをつけた家人が寄越すワインボトルを、会場の至るところへと投げていく。砕けるボトルが無惨な死と混乱を振り撒いていく。
「どういうつもりだと聞いている!」
「私は殿下に袖にされたのですから、自暴自棄になってもおかしくはないでしょう?」
「たかだかその程度のことで!?この国を担う貴族たちを皆殺しにするつもりか!?」
「殿下はよい口実を与えてくださいました」
こもった声のなかで、少女が歌う。
「皆様、私の欲望のために、大義名分の下に、死んでくださいな」
一夜にして王国が滅んだ。血反吐の中に沈む子息に悲鳴を上げる親たちは、なぜこのようなことが起こったのか理解できなかった。
「人間って、何もかもを終わらせたくなることってあるでしょう?」
葬儀の行列が町のあちこちで見られたとき、少女の笑い声が、黒い風に乗って聞こえてきたという。
「チャンスが来たら、逃さないようにしなきゃ!」